帝都組~ チート持ちですが、何か? ~

 「柊木圓明流弐の段、絶章……活殺鬼神斬デモニック・スラッシュ(改)!!!!!」



 ドゴバガガァァァァンンン!!


 

 「ギャレェェェッツ……メガ・スラァァァァッシュ(真)!!!」



 バギャラァァァンンン!!!

  ドゴゴゴゴォォォォォンンン!!



 「りりかる・りりらる・り~るりる♪脳殺♡抹殺♡ろろらるる♪……キャラメル・抹茶ホイップ・シュガーレイズド・スラァァァァァッシュ!!!!(甘)」



 パギャァァァァァンンン!!

  ドギャラァァァァァァァンン!!

   ババババァァァァァァンンンン!!



 たとえ舞台の背景が夕方から夜へと移ったとしても。

  たとえ戦う相手が帝国軍の主戦力へと代わったとしても。


 討伐連合軍が誇るラ・ウール分隊の三巨頭のやっていることは何も変わらない。


 過去の映像を何度も何度もリピート再生でもしているかのように、彼らがもたらすものは、混沌と絶望とに彩られた破壊と破滅の限り。


 それはまるでいにしえの神々による黄昏の最終決戦。


 人知を超越した力を持つ神同士がぶつかり合った熱量がとうとう人界へまで影響を及ぼし、津波となり大嵐となり豪雨となって、無力な人々を巻き込む厄災となって降りかかる。


 まさに阿鼻叫喚。

  ことさらに死屍累々。

   すなわち地獄絵図にして暴力絵巻。


 『正義』の側からも『悪』の側からもはた迷惑な三柱の暴走は、それでも止まることはない。



 「ちょ、ちょっと二人とも!僕の必殺技パクらないでほしいっす!!」


 小さくて丸い、破壊神Aが憤る。


 「なにを言っておるのだ!!これは苦節5年の年月を要して編み出した吾輩独自の技である!!」


 大きくて大きい、破滅神Bが吠える。


 「そうじゃ、そうじゃ!何が柊木圓明流じゃ!なにが弐の段の絶章じゃ!厨学二年生も大概にせんか!!キモイんじゃ!!」


 小ぃちゃくてロリぃ、大邪神Cが荒ぶる。


 「いいえ、こればっかりは言わせてもらいます!なんすか、あの『スラッシュ』しばり!お題・『スラッシュ』で必殺技を考えてください、って大喜利やってるわけじゃないんすからね!!」


 「否否!!『ギャレッツ・メガ・スラッシュ』から『スラッシュ』を取ったらそれはもう『スラッシュ』ではない他のものになってしまう。現に吾輩はこの愛斧である『スラッシュ・アクス』を横なぎに振るって『スラッシュ』しているのだから『スラッシュ』以外の名前にしたら、そもそも技の型を『スラッシュ』から変えなくてはならず、それはもう『ギャレッツ・メガ・スラッシュ』ではなくなってしまうのである!!」


 「『スラッシュ』の大氾濫!!せめてそのバトルアックスの名前だけでも違うものに変えてほしいっす!!」


 「むむむ……しかし『スラッシュ・アクス』から『スラッシュ』を取ったらそれはもう……」


 「ああもう、いいっす!ギャレッツさんはそれでいいです!『スラッシュ』の使用を許可するっす!!でもリリーたんは違うっすよね!?明らかに僕らの起こしたビッグウェーブに乗っかっただけっすよねぇ!?三段落ちみたいな流れの波に!!」


 「いやいや、我の放った『キャラメル・抹茶ホイップ・シュガーレイズド・スラッシュ』から『スラッシュ』を取ったらそれはもう……」


 「取れるっすよね!?絶対に取り外し可能っすよね!?だってあれ『スラッシュ』してないもの!全然『スラッシュ』要素がないんだもの!!……てゆーか、だからと言って『スラッシュ』を取って残るものといえばタダのドーナッツだけれども!!余分なトッピングのかかった、タダのスイーツだけれども!!必殺技と違う!!」


 「タダぁ?のぉ、モブ男?今、お主タダと言ったのか?言っちゃったのか?おいおいおいおい、なめてもらっては困るのじゃ」


 「な、なんすか?なんか間違ったこと言ったっすか?」


 「よいか?かのドーナッツは、創業200年の老舗和菓子店が昨今の洋菓子ブームの煽りをうけて経営不振に陥り、時の店主たる8代目社長が老舗のプライドと時流との狭間でもがき苦しんでいた時。……先代からずっと仕えてくれている職人のテツさんが、『時代遅れのジジィにゃ、これっくらいが精一杯ですわ』と頭を抱える8代目の前に少し恥ずかしそうにしながらスっと差し出した皿の上。そこにはココナッツバウダーをまぶしたチョコ生地のドーナッツの上に、抹茶という和のアイテム、実は割と和菓子の間でも使われる食材であるキャラメルを合わせたホイップクリームを乗せたものが置いてあり、それを食した8代目は『いける!これ、いけるよテツさん!』と感涙。『先代に、若旦那のことを頼まれちまいやしたから。こんなロートルで良かったらこき使ってやってください若……いや、8代目』、『て、テツさん!!』と熱い抱擁を交わしたのじゃ。……そしてその和菓子屋は和洋の特性をそれぞれに活かした新時代のスイーツを次々と考案、経営は瞬く間に持ち直し、今ではセレブな主婦の間でちょっとした土産物の際には御用達となっている有名店にまでのし上がったという、ハートフルなサクセスストーリーのきっかけとなった、愛と涙とお砂糖と小麦の結晶なのじゃ」


 「結果としてタダのドーナッツ!!長々と語ったイイ話だけれども結局、技と違う!!」


 「じゃからほれ、我が放った四色の鮮やかなドーナツ状の光が敵を挟み込んでギュゥギュゥに縛った後に爆発四散したじゃろ?つまりはそういうことじゃ」


 「つまりはやっぱり『スラッシュ』要素がないってことじゃないっすか!?」


 「あ」


 「あ、とか言っちゃった!!」


 「ヒイラギよ。吾輩たちの技に難癖ばかりつけておるが、お前のものとておかしなところはままあるぞ?」


 「そうじゃそうじゃ。自分はどーなんじゃ」


 「ぼ、僕の技がな、なにか?」


 「うむ。活殺鬼神斬デモニック・スラッシュはいいとして、後ろについておるあの(改)はなんなのだ?吾輩は(改)される前の活殺鬼神斬デモニック・スラッシュを見たことがないのでなんともいえんが、どの辺りを改善なり改良なりしたゆえの活殺鬼神斬デモニック・スラッシュ(改)なのか気になってしまってな」


 「そ、それは……い、色々っす。色んなところが変わってるっすよ」


 「ほう、具体的には?」


 「だから……だから……それはひ、秘密っす。おいそれと他人には教えられない秘伝扱いの技なんっす。ほ、ほら、なにせ弐の段の絶章、つまり四段あるうちで速度を重視する弐の段の中でも最速・最強な技っすからね……」


 「なんと、秘伝?なれば仕方がない。やはりそれぞれの流派には死してもなお守り抜かねばならぬ奥義というものは得てして存在するものであるからな。尋ねた吾輩の方が無粋であった」


 「い、いえいえ。わ、わかってくれれば全然いいんっすけど」


 「しかし、その秘伝をおいそれと(改)していいものなのであるか?柊木圓明流の教えとしては?」


 「あーあー、そ、そうっす!ギャレッツさんも後ろに(真)ってついてたっすけど、あれはどんなところが(真)なんっすかね!?」


 「吾輩か?あれは元から存在した『ギャレッツ・メガ・スラッシュ』という斧を横一直線に薙ぐ技があったのだが、なにせ未だ未熟な我が身ゆえ、実は刃の角度が平行とはいえず、厳密には美しい直線を描けなかったのだ。それを先ほども申したが、苦節5年の修練を重ねてようやく真っすぐに振るえるようになったがため、ここで初めて『ギャレッツ・メガ・スラッシュ』は完成し、その証として(真)をつけるに至った次第だ」


 「思っていたよりもまともな理由!?なんかすいませんっす!!ノリで(改)をつけたり、5年の苦労をパクり呼ばわりした自分が恥ずかしいっす!!」


 「己が浅慮を恥じるがいい、モブ男よ」


 「はいっす……。それじゃ、リリーたんの(甘)にも実は何か深イイ理由が?」


 「いや、我にはあのドーナッツ、ちょっとクドかったんじゃよね」


 「台無しっす!!」


 神々の黄昏は、まだまだ暮れることはないようだ。



            ☆★☆★☆



 柊木京介ひいらぎ・きょうすけ(17)は、一度、『死』というものを経験している。


 それは臨死体験をしたとか、九死に一生を得たとかいう限りなく死に近づいた経験ということではなく。


 何かとんでもない犯罪行為を犯して社会的地位を失ったなどの、世に数多あるどのような種類の概念的な死を迎えたことがあるという話でもない。


 実にシンプルに、実に明確に。


 どこまでも混じりけのない、ぶっちぎりの『死』そのものを、彼は経験した。


 彼は今でもあの時の心臓に突き刺さった出刃包丁の冷たい感触と、その刃が反射させたコンビニの電灯の煌めき、そして自分のものか他人のものかもわからない大量の血液の赤色を覚えている。


 痛みよりも混乱よりも前に、いち早く自身へ覆いかぶさってきた死の予感とその恐怖を覚えている。


 そしてそんな死の影からどうにか逃げ出そうとフラフラ飛び出した道路の向こう側。


 本来ならば一方通行、本当ならば制限速度20キロ、普段ならばまず通り抜けることはない大型トラックが、それらことごとくを太い車輪でもって轢きにじりながら自分の方に突っ込んできた、そのヘッドライトの眩しさと……。


 よく死の間際に見るという、それまでの経験を凝縮・濃縮した人生の総集編のような走馬燈が本当に頭の中を駆け巡ったのを、柊木京介はしっかりと覚えていた。


 とはいえ、どれだけその生涯をまとめてみたところで彼の人生に、たった一皿のドーナッツにさえ込められた他人に語られるべきドラマが存在したかと問われれば、柊木京介は苦笑いと共に静かに首を振るのだろう。



 たぶん、彼はどこかで退屈していた。


 朝起きて夜に眠る。


 学校に行き、授業を受け、部活をこなし、学校から帰る。


 母と言い合い、弟に強がり、幼馴染の女の子とギクシャクし、友達と笑い合う。


 将来について考え、小遣いのやり繰りについて考え、異性の裸について考え、色々なことについて考える。


 そんな、ルーチンワークのようにただ繰り返される毎日を不満になど思ってはいなかった。


 そんな、おおむね平穏で、ほどよく怠惰で、それなりに充実していた毎日を愛してもいた。


 どこにでもいる普通の男子高校生が送る普通の日常生活。


 幸福と不幸の割合でいえば、なんとなく6:4くらい。


 これ以上、何かを望むのはきっと贅沢なんだろうと思えるくらいの良識と常識もあった。


 ……ただ、心のどこか。


 願望や欲望とまでは強くなくとも、本当に心の隅の割と目立つところ。


 そんな部分で柊木京介はこの退屈な日々から抜け出したいと思ってもいた。


 子供の頃から空想や仮想の世界に思いを馳せては、諦めと羨望が共にこもった溜息をよく吐いていた。


 ゲームやアニメなども好きだったが、やはり一番は本。


 視覚ではなく、より好き勝手に想像力をもって頭で話を追える本。


 紙の上に記された物語に強く心を惹き付けられてしまう傾向は、体と、それ以上に心の成長と一緒になって肥大していった。


 活字の海の中には、それこそ彼が密やかに求め続ける非日常が無限に溢れていた。


 ただ復讐にのみ生涯を捧げた男の弛まぬ精神力に魅せられた。


 ただ愛しい男を振り向かせるためだけに他の男との子まで孕んだ女の情念におののいた。


 母親の死のショックを殺人という形だけでしか表現できなかったフランス人青年の不器用さと弱さに同情した。


 余命幾ばくもない恋人のために、楽しい思い出をたくさん作ってやろうと常に笑顔でいる同い年くらいの少年が一人布団の中で枕を噛みながら嗚咽する姿に涙した。


 剣と魔法と勇気を駆使して魔王を倒し、世界を救おうとする主人公に憧れた。


 適当そうに見えるのに要所要所で実はもの凄い実力を持っているところが露呈し、反面で抱えた過去のトラウマに度々無残をさらし、その強さと弱さのギャップを見た色々な種類の美少女たちが簡単に惚れてしまうハーレムものの主人公に嫉妬した。


 多感な時期が人よりも幾分か長かったというのはあるだろう。


 人よりも幾分か感受性が強かったということももちろんあるのだろう。


 しかし、適当にパラパラとめくった職業別電話帳にのった『小川畳店』の広告から、その畳屋を中心とした笑いあり涙ありの商店街ホームコメディを想像したり。


 『大沢スポーツ用品店』という字面にインスピレーションを受け、かつて怪我のために現役を退いたプロ野球選手の中年オヤジが、ひょんなことから弱小中学女子ソフトボール部のコーチとなって地区予選を突破するまでを描いたスポコン小説を一本書き上げて、文芸部の大会で入賞を果たすほどの妄想力が、果たしてただの感性で済まされるだろうか。


 そう、柊木京介はようするに極度の妄想家であった。


 穏やかな日常を大切に思い現実は現実、虚像は虚像と切り離して考えて生きてはいたが、その頭には常に空想が、想像が、妄想が渦巻いていた。


 彼が現実と虚実を絶妙なバランスで保っていたのは、ある意味で奇跡的と言ってもいいかもしれない。


 そんな彼のライフスタイルは読書の仕方に例えるのが一番手っ取り早いだろう。


 登場人物たちの心の動きや言葉に感銘を受け、モテモテの主人公たちに本気で嫉妬や憧れを抱きつつも、決して過度な感情移入はせず、自分を物語の中に透過させることは絶対にしない。


 感動もする感涙もする感慨だってこぼす。


 しかし、それはあくまでも自分とは違う世界、違う場所で起きている他人事であり、彼はそれを常に第三者目線を持った観客……一人の名も姿もない観測者として物語の成り行きを眺めているだけなのだ。


 だからあくまで柊木京介は柊木京介であり、エドモン・ダンテスでもなければスカーレット・オハラでもない。


 その物語で繰り広げられる愛憎の嵐はあくまで架空の世界で巻き起こり。


 その物語で大地を染め上げた血の赤さやヌメリは所詮仮想の戦争によって流されたものである。


 たくさんの登場人物たちの生と死を見つめてきた。


 その誰かの命は単なる活字であり、物語を動かすための装置だった。


 その誰かの死は結局、文字でしか追えない、頭でしか描けない絵空事だった。


 そう思っていたし、今だってその考えの根幹は変わらない。


 ……では、そんな彼に、今一度問いかけてみることにしよう。


 Q・実際に絵空事であった『死』を味わった気分は?


 Q・この≪幻世界とこよ≫を現在とりまく戦争という物語を動かす一つの命としてここにいる気分は?


 Q・柊木京介は『死』に、幼き頃より夢想していたような≪剣と魔法の世界≫の真っ只中に、ヒイラギ・キョウスケとして『生』まれ変わったその感想は?



 そして。



 Q・果たして君の新たな人生は、ドーナッツごときに負けないほどの実りあるドラマを残せることができるのかな?




              ☆★☆★☆


 

 「うりゃぁぁぁぁ!!!!」



 ドゴバァァァァァァンンン!!



 ヒイラギが手に携えた剣を地面に突き刺すと、途端にそこから青白い衝撃波……≪幻世界とこよ≫的な表現でいえば凝縮された魔力の塊みたいなものが地走りとなって帝国軍人の固まる場所へと打ち込まれる。


 「うがぁぁぁ!!」

  「うわぁぁぁぁぁ!!!」

   「ぐがぁぁぁぁぁ!!!!」


 次々と弾け飛ぶ帝国軍人。


 どれだけ体や武術を鍛えても、どれだけ兵士としての練度が高くとも。


 横にも上にも自分の体躯以上に伸び、触れただけで為すすべもなく吹き飛ばされてしまうほどの質量を有して迫りくる衝撃波には耐えられない。


 「そこぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 休む間もなく、地面から引き抜くと同時に斜め下から剣を振り上げるヒイラギ。


 

 シュゥゥイィィィィィィンンンン!!

   ボガァァァァァァンンンンン!!!



 「うががががぁぁぁ!!」

  「どわぁぁぁぁぁ!!!」

   「く、くががぁぁぁぁぁ!!!!」


 今度は音速の刃と化した魔力が、一撃目で打ち漏らした者たちを一掃して、やはり吹き飛ばす。


 「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅ……」


 ラクロナ帝国軍の規定である一個小隊・20名がただの二撃で戦闘不能。


 その滅茶苦茶な戦闘力を目の当たりした別小隊がわずかにでも反抗を躊躇う。


 そんな間隙にヒイラギは目と両手に構えた剣でもって周りを牽制しながら息を整える。


 そして、息を整えながら彼は思う。



 ―― 僕程度にビビってたら、他の人たちに簡単にやられちゃうっすよ ――



 そういうヒイラギからほんの少し離れたところでは。


 「ギャレッツ・インパクトォォォォォォォ!!」


 「幼女・ラディカル・インパクトーーー!!(きらりん☆)」


 同じように地面へ穴を穿ち、同じように魔力を飛ばしているだけだというのに、その威力も規模もケタ違いの暴力が絶賛振るわれていた。


 「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ホント、おっかないっす、ふぅ……」


 荒く息をしながらもヒイラギは苦笑いをこぼす。


 そこには頼もしい仲間たちへの呆れと感心。


 そして、自分の体たらくを自虐するような色が見受けられた。


 肩を大きくいからせ、額には汗をかき、心臓はいつまでたってもバクバクとしている。


 夕方から戦い続けた疲労か?

  魔力を使い過ぎたか?


 いいや、いいや。どれも違う。


 小太りで小さな体でも、魔素の恩恵をフルに活かせる異世界転生者として体力も身体機能も超人級の域に達し。


 魔力だって放出するそばからすぐさまに補給される。


 体力面、魔力面には何一つ問題はない。


 それどころか戦いが本格的に始まる前からずっと、息は荒かった。


 実は病気を患っていた?

  呪いの類を人知れず受けて異常をきたしている?


 いいや、いいや。どれも違う。


 では何が問題か?


 それは単に、極度の緊張状態が続いたことによる過呼吸の兆候だった。


 「ふぅ、ふぅ、ふぅ……くそ……」


 肉体の強さ、意気込みの高さ、事前に腹をくくった覚悟の本気さにも関わらず、思うように動いてくれない体に苛立ち、ヒイラギは握った剣の柄をギュっと握りしめる。


 ヒイラギのその剣……それは鉄や鋼でできたものではなく、彼が魔力によって自ら具現化した大振りな光剣だ。


 付与魔術や錬金術とも違う、純然たる魔力の塊を出力し、固定し、好きな形に安定させ続ける、超高位魔術。


 なんとなくカッコイイかなと思ってイメージしたら簡単に出来てしまったその光剣の輝きに、アルルやアンナなど魔術の心得のある面々は絶句したが、当人自体はそれほど自分が凄いことをしたとは思っていない。


 全長は身の丈をゆうに超え、ギャレッツが気ままに振るう大斧くらいに超大。


 長さも形状も魔力の注ぎ方やイメージの描き方で幾らでも調整が可能。


 しかし、どれだけ長くしても短くしても、重さという面ではほぼゼロに等しい。


 まるで小枝でも振るっているかのごとき軽さでブンブカと振り回すこともできるし、先ほどのように一部を切り取ってそのまま遠距離攻撃に応用することもできる。


 こんな利点しかないような独自の武器を、ヒイラギは正直、持て余していた。


 応用の仕方も巧ければ、出力の微調整も器用にこなし、イメージを最大の強みにしている彼にとってこれほど相性のいい武器はないだろう。

 

 そう、相性がいい。


 相性が良すぎる。

  武器の性能が良すぎる


 力が強すぎる。

  規格外すぎる。

   チートすぎる。

 

 だから自分の気分次第で幾らでも敵を倒すことできる。

 

 だから少しその気になれば幾らでも小隊どころか大隊でも師団でも屠ることができる。

 

 少しムカついたからといって簡単に人を殺せる。

  少し嫌いな相手だからといってあっさりと人を殺せる。

 

 殺す、死なせる、命を奪う、生を奪う、未来を奪う。


 ここは異世界であり、ここは戦場のど真ん中だ。


 自分や仲間を守るために相手の命を奪わなければ逆に奪われる。


 戦争という大義名分の前では殺しも殺されも許容され、それを承諾したからこそ、自分はここにいる。


 それに対する覚悟を決めたからこそ、自分はここで剣を握っている。


 ……そのハズなのに。

 

 ……そう、決めたハズなのに。



 「あ、相手は単騎だぁ!!怯まず進めぇ!!」

  「この、この逆賊がぁぁ!!」

   「帝国に仇なす悪党がぁぁぁぁぁ!!!」


 「く、来るんじゃないっすぅぅ!!!」



 ブォォォォッォォォンンン!!!



 「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」



 一際、光剣が太く長く伸びたところで力任せに横に薙ぐ。


 その光の刃に捉えられた帝国軍人5名がまとめて吹き飛ぶ。


 ……そう、吹き飛ぶ。


 本来、その胴体を真っ二つに割断するはずだった刃は、何一つ『斬る』という結果をもたらさず、羽根のように軽くて巌よりも重いという不可思議な質量に押し出されるまま、ただ吹き飛んでいく。


 「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ……くそ……くそくそ!!」


 本当に相性がいい。

 

 そして、その光剣は相性がいいばかりでなく、実に忠実だ。


 どれだけヒイラギが人を殺す覚悟を決めても、誰かをこの手で傷つけることも仕方ないと振るっても、彼の本心……誰も殺したくないし傷つけたくないという本心を敏感に汲み取り、直接的な殺傷を避けている。


 もちろん、斬撃が殴打になっただけで傷は付くし、骨折くらいはするだろう。


 吹き飛ばされた衝撃や地面や他の仲間に体をぶつけて失神だってするだろう。


 だから、大まかに言えばヒイラギのやっていることは殺人の手前。


 死ぬか死なないかの差はあれど、自分よりも力で劣る者に一方的な暴力を振るっているのに違いはない。


 ただ……殺すか殺さないか……その差はヒイラギにとってとても大きい。


 なにせ彼はついこの間までどこにでもいる、ただの空想好きな普通の男子高校生だった。


 普通の家庭で育ち、普通の倫理観を育み、普通の価値観を携えながら生きてきたのだ。


 口で言い、頭でわかっていても、本当に目の前で自分が誰かの生殺与奪を握るだなんて重たすぎる責任を負うことから、十七年の人生で培われてきた常識と本能が殺しを拒んでしまう。


 一度、本物の『死』を経験したからこそ。


 あの迫りくる恐怖と絶望、抗いがたい無力感。


 そんなものを実体験として知っているからこそ、ヒイラギはどうしても躊躇ってしまう。


 ―― なにが異世界転生だ!!アイツら、どうしてあんなに平気で人や魔物を殺せるんだ!? ――


 大事なものを守るため、大切な人を救うため。


 魔王や魔物、ときには悪党ではあっても同じ人間に剣を突き立てる物語の主人公たち。


 あちらの世界で生きていた頃は楽しく眺めていたチート持ちの主人公たち。


 途中でヒヨって倫理だなんだと女々しいことをグジグジと言い始め、話の展開を停滞させてしまうヘタレな主人公たち。


 ああ、今ならわかる。


 平和な世の中ではついに発揮できなかった内に抱える正義感。


 チートというトンデモな力を得た全能感と高揚感。


 そして、敵を前にして狼狽し、手が勝手に震えてしまう恐怖、恐怖、恐怖……。


 これはフィクションじゃない。

  これは空想でも夢想でも妄想でもない。


 帝国軍人の自分たちへ向けた憎しみは現実で巻き起こっている。


 大地を染め上げた血の赤さやヌメリは確かにこの戦場で流されたものである。


 その誰かの命は単なる活字でもないし、物語を動かすための装置でもない。


 その誰かの死は文字や頭で追うものではなく目の前で散っていく本物だ。

 


 ……誰かが……姿のない、たぶん自分で自分自身に問いかける。



 Q・実際に絵空事であった『死』を味わった気分は?

 

 A・……怖かった。嫌だった。怖かった。



 Q・この≪幻世界とこよ≫を現在とりまく戦争という物語を動かす一つの命としてここにいる気分は?


 A・……怖い。嫌だ。ホントに怖い。逃げ出したい。



 Q・柊木京介は「死」に、幼き頃より夢想していたような≪剣と魔法の世界≫の真っ只中に、ヒイラギ・キョウスケとして『生』まれ変わったその感想は?


 A・……怖い……怖い……こんな生まれ変わりなんて……嫌だ……。



 では、最後に……。



 Q・果たして君の新たな人生は、ドーナッツごときに負けないほど実りあるドラマを残せることができるのかな? 


 A・………………


 Q・できるのかな?


 A・……そんなの……絶対に……む……り……



 「ヒイラァァァァァァァァァァァァァァァァァギ!!!!!」



 ブウオォォォォォォォォォンン!!

  ズドォバァァァァァァァァァアアアアンンン!!



 自分の内側へと入り込み、マイナスな思考を自ら肯定するためだけの自問自答。


 そんな終わりのない……いや、終わらせようと考えてしまった思考世界の中からヒイラギを力強く引き戻したのは戦場中に響き渡らんほどの大声で自分の名前を呼ぶ声。


 ハッとして顔を上げると、目の前にあったのは散っていく本物の『死』ではなく、ヒイラギのするように体ごと弾け飛ばされて悶絶する複数の帝国軍人と。


 地面に開いた大きな一つのクレーターと、それをもたらした大きな一振りの斧。


 そして……。


戦場いくさばで考え事か。随分と余裕であるなぁ、ヒイラギよ!!がっはっはぁ!!」


 その場の誰よりも大きな体と、大きな大きな満面の笑みを浮かべたヒゲ面の漢の姿があった。

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