ラ・ウール防衛組~ 闇を食む獣 ~

 「右の奥」


 「……(ヒュン)」


 「ぐはっ!!」


 「左のちょっと前」


 「……(ヒュン)」


 「っなぁ!!」


 「前、前のちょっと右、そのまま奥、あとは……」


 「……(ヒュン、ヒュン、ヒュン)」


 「ぐぶぅ!!」

  「だ、だいじょう、ぶはぁ!!」

   「っく!!て、てきしゅ、うがぁぁ!!!」


 「こ、このぉ!!」


 「すぐ後ろ」


  振り向ざまにナイフを一閃。


 「ぐはぁぁぁ!!!!」

 

 今まさにゼノを押し潰さんと、先端が無骨な鉄球になったメイスを振り上げていた大柄な男の隙だらけな両手が、手首の根元からスッパリと切り離される。


 「あがががががぁぁぁぁ……」


 即死には至らなかったが、吹き出す血液の量は明らかに致死の域。


 放っておいても、あと数秒の後にはこと切れてしまうだろう。


 「…………(ぐるん)」


 しかし、闇夜の暗殺者は、その数秒を待つことはしない。



 ヒュン……パァン!!


 

 もう一度その場で回転すると、今度はいつの間にか弓につがえていた矢を男の顎下に添え、そのまま発射。


 水気を含んだ何かが弾け飛ぶ音を残し、男の命が穿たれる。


 なんの躊躇いもなく人の頭を射貫く手際は無機質にして無慈悲。


 しかし、たとえ数秒であったしても、男を生の苦しみや痛みから解き放ってあげたことは、ある意味で慈悲深い行いなのかもしれない。


 ……もちろん、プロの暗殺者たるゼノがそんな標的に対する仏心を抱くわけもない。


 あくまでも、これは自分のため。


 油断をしていると、今わの際の数秒に思わぬ反撃を受けてこちらがやられるかもしれない。


 与える死は迅速に、寡黙に、そして何より確実に……。


 幼い頃よりその身一つで生計を立ててきた彼にとって、それは積み重ねてきた経験から得た教訓のうちの一つであり、彼の性格が根っから真面目であることの表れでもある。


 「……どうだ?」


 「うん、だいじょうぶ。もう近くには誰もいないゾ」


 「そうか」


 「あとちょっと左の先に、またかたまってるみたい」


 「また固まり、か……」


 「うん、それもいっぱい」


 「……どうやらそろそろ本隊のど真ん中みてーだな」


 「どーするんだゾ?」


 「ま、様子見。いけそうならいく」


 「じゃー今までとかわらないってことだゾ?」


 「そーゆーこった。変わらず頼む」


 「うむり、らじゃでーっすだゾ♪」


 「……気に入ったのか、それ?」


 「うん♪みんながゆってたから。お揃いだゾ♪」


 「……そうか、楽しそうで何より、だ!」


 そして跳躍。


 ココが示した、ちょっと左の先に向けて再び森の木々の間を駆けていく。


 「…………」


 常人であるならば夜目など利かない夜の森。


 しかし、ゼノの足には躊躇いもなければ迷いもなく、目的の場所までの最短ルートを突き進む。


 彼ら獣人族という種族特有の『獣化』という能力。


 その基本は身体能力の向上であり、すなわち五感の向上でもある。


 聴覚、嗅覚、触覚、味覚……。


 この場合、視覚の向上とは、純粋な視力の増加や視界域の拡張に加え、このように光が射さない夜の森においても昼と変わらないだけ物が見えるようにもなることだ。


 定義の中では半獣人に分類されるゼノの普段の身体能力は、決して常人という括りでは縛れないほど優秀であるし、非常に夜目も鼻も利く。


 しかし、仕事の確実性を信条にしている彼は今回、一部の器官だけを僅かに『獣化』。


 魔力の消費量は、大気中の魔素から自然に蓄えられる供給量と同じか少ないかくらいに調整しているので、半永久的な稼働が可能。


 もしも、厄介な敵との交戦に入る場合を想定し、魔力量は常にベストを維持しておこうという彼らしい周到な備えであった。


 そして、そんな仮定に備えることのできる余裕をゼノが持てるのは、他でもない……。


 「……ゼノ君、右ななめちょっと奥。一人だけ」


 「おう(ヒュン)」


 「……がぁ………」


 背中に有能な観測手……スポッターの役目を担う頼もしい相棒がいるからだ。


 ココは獣人族の純血中の純血。


 たとえばヒト種の中でも貴族などの一部古い血族の間で、一族以外のものが混じらない生粋の血のことを『ブルー・ブラッド』と称したりするが、ココの小さな体に流れるのはまさしくコレに当たるだろう。


 その顔から零れ落ちんばかりの大きな瞳には何をせずともクッキリと標的の姿が映り。


 その耳、その鼻、その舌、その肌、そして五感を越えた第六感という勘の部分で、常に一定範囲の敵の存在を感じ取っている。


 そして見て聞いて感じた敵影を瞬時にゼノへと報告。


 方角や距離の指示が『左』だの『ちょっと』だのと、かなりフンワリとしたファジーなものであることはご愛敬。


 そのわずかなニュアンスの違いだけで正確な標的の位置を捉え、弓矢やナイフ、その他の暗器を使い分けてゼノが屠ることが可能なのは、これもひとえに培ってきた経験と、何より二人の相互的で絶対的な信頼関係が成せる離れ業ということでしか説明ができない。


 それは夜だ昼だのはまるで関係なく、漂う暗闇などことごくんで邁進する獣。


 二人はこうして生きてきた。


 誰とも深い縁を結ばず、一所には決して留まらず、ラクロナ大陸中を転々と。


 ただ二人きり、二人で一つとしてずっと、ずっと生き抜いてきた。


 先祖代々……それこそ彼らの種族が≪王を狩る者セリアンスロープ≫と呼ばれていた頃からまだ遡る原初の時代から脈々と粛々と、密やかに秘密裏に、大事に大切に丁重に血を受け継いできたココと、ヒト種の血が混ざりに混ざり合った混血のゼノ。


 そんな彼女と彼とがどうして出会い、どうして行動を共にするようになったのかはまた別の話。


 ここで語らなければいけない物語は他にある。


 彼ら獣人コンビが今こなすべき仕事は、このズペリン公国方面から進行してくる、依頼主ラ・ウール王国の敵、ドラゴノア教団の足を遅らせるということだけなのだ。



 「っと……」


 ココならずとも、獣人族ならずとも簡単に感じ取れるほどに人の匂いが濃くなってきたラインで一度ゼノは立ち止まり、元よりほぼゼロである気配を更に潜めて木の陰に身を寄せる。


 「……これはまた大所帯だな……」


 闇夜の中でポツポツと灯る松明。


 そのユラユラと揺れる灯りを反射させながら進む白装束の集団。


 数はざっと見た目算だけでも数百から千に届くかというところ。


 森の間にどうにか拓かれた畦道あぜみちを、細く長く展開している。


 「本隊で間違いない……つってもなぁ……」


 無理矢理に森と岩肌をくり貫いてできたような道を上から眺めながら、ゼノは少し疲れたように愚痴をこぼす。


 「前から順々に潰すんじゃ埒が明かねーな、こりゃ……」


 「はい、ゼノ君。これ」


 ココが何も言わないうちから自分の背中に背負った小さなリュックへと手を入れ取り出したのは、魔道具。


 戦いの前に、タチガミ・イチジより手渡された暗視スコープだ。


 「まんなか、さがすんだゾ?」


 「あーそうだ。……そうだけども……」


 「ここね。ここを回しながらあわせるんだゾ」


 「……ここか?」


 「ちがうゾ、ここ。ココが回してるここ、こーこ」


 「……ここか?」


 「そう、ここ。まったくゼノ君きよーなくせに、なんでこんな簡単なことがわかんないんだゾ?」


 「……いーじゃねーか別に」


 「あー、これ、おにぃさんがくれたやつだからホントは使いたくないんだゾ?」


 「……いーじゃねーか別に」


 「ココが預かっておいてせいかいだったゾ。せっかくゼノ君のためによーいしてくれたんだから、かんしゃしないとダメなんだゾ」


 「……はいはい、あんがとよ」


 「ココにじゃないぞ。ちゃんと帰ったら、おにぃさんに言うんだゾ?わかった?」


 「……はいはい……」



 ―― 随分とまぁ懐いちまったもんで ――



 などと思いながらゼノはキリキリと片目で覗き込んだスコープの照準を合わせる。


 誰とも深い縁を結ばない、一所には決して留まらない……。


 それは彼らが生き残るため、逃げ抜くために必要なことであった。


 そんな生活を送る中で、ゼノはココに自分とは別の繋がり……たとえば同性の友人の一人でも作ってやりたいと考えたことがないわけでもない。


 強靭な肉体を持ち、ちょっとやそっとのことでは死んでやるつもりはなかったが、こんな物騒な業界で身銭を稼いでいるのだから、いつかちょっとやそっと以上のことが自分の身に降りかかるともわからない。


 そんな時、残されたココが一人でこの世界を生き抜いていけるのか?


 ……間違いなく、いけるだろう。


 実のところ自分以上に丈夫な体を持ち、秘めたる潜在能力だけなら、まさしくかつての覇王・ドラゴンを単騎で狩ることすら可能なくらいであるだろう。


 幾らでも生きていける。


 誰よりも強く、生きていける。


 ……しかし、その横には誰もいない。


 誰かが一緒にいるところを想像できない。


 ココの強さに、ココという存在のあまりの強さに、おそらく誰もついては来れない。


 それは純粋に強度の問題であり、長命な寿命の問題であり、そして精神の問題である。


 生半可な精神力では、彼女が無自覚のうちに漏らし続ける……ゼノのイメージを借りれば、純血の獣人族の持つ肥大すぎる魂の圧力みたいなものに、誰もがおののき、ひれ伏し、最後には屈してしまう。


 どうして先ほどから出会うのはドラゴノアの僧兵ばかりで、長年この森の開拓を阻み続ける魔物や魔獣が一匹もいないのか。


 どうして行きかう有象無象の人間たちがココの存在に気付きづらいのか。


 それはココの存在感が規格外に圧倒的だからだ。


 人の脳が怖いものやあまりにも常識外のものを無意識に認識することを避けてしまうように、ココの存在から目を逸らす。


 そこまでの知能はなく、しかし本能だけは人間よりも研がれている魔物の類は、明確にココから離れ、逃げていく。


 そして魔物の中でもそれなりに強い個体……もしくは同じ獣人族であるならば逃げることはせず、今度は絶対の服従をしてへりくだるか、恐怖から襲い掛かってくるかのどちらかだった。


 ココ自身が無自覚だからこそうまく扱えることもできず、たとえば食事に夢中になっていたりする時になどはふと小さくなることはあるが、甚だ不安定で当てにはできない。


 ゼノもどうにかしてココが自由に抑え込めるようにと努力はしているのだが、なにせまだまだ幼い子供。


 彼が何を言っても、何をしても。


 本人に自覚が生まれないうちはどうしようもなく、せめてもう少し身体的にも精神的にも成長してからでなければいけないなと半ば諦めていた。


 長命な純血の獣人族。


 その成長速度がどれほどのものかは、ヒト種並みの寿命しか持たないゼノには皆目わからない。


 せめて、ココがいっぱしの大人になるまでは。


 自分の持った『強さ』を自覚できるようになるまでは。


 ……俺は決して死ぬことはできないんだ。



 「……ちっ……これじゃ、まるでどこかの死にたがり先輩じゃねーか……」


 「ん?誰だゾ?おにぃさんのこと??」


 「……そーだよ。あの女タラシのクソおにぃさんのことだ」


 「おんなタラシのタラチンはヒトのこといえないんだゾ、ゼノ君?」


 「……どこで、そんな言葉を覚えたんだったっけか?」


 「リリーちゃん!」


 「……だろーな。あのメスガキ……」


 「メスガキじゃないゾ!リリーちゃん!ココのオトモダチだゾ!!」


 「……そっか。わるいわるい」


 友達……。


 最近、ゼノの悲観的ともいえるココの将来像に、少しだけ変化があった。


 ココの放つ存在感に耐えうるほどの精神強度を持ち。


 そして何より、彼女自身が接触したい、自ら強さを抑え込んでまで関わり合いになりたいと願うような者たちが現れたのだ。


 たとえば、それは自分と同等かそれ以上に血生臭い無表情な男であり。


 たとえば、それはいかにも身持ちも頭も固そうな眼鏡の才女であり。


 ピーピーとうるさい頭が沸いているような姫様であり。


 にょほにょほと煩わしい性悪な幼女であり。


 色々な意味でいちいち暑苦しい赤毛の熊であり。


 色々な意味で逐一気持ち悪い変態的趣向を持った子豚である。



 そんな彼ら彼女らとの出会いが少しずつ、ココの内面を変えた。


 もちろん、それすらもまだ無自覚であり、安定と呼ぶにはほど遠い。


 さすがに独り立ちができるとまでは言わない。


 しかし、それでも彼女の成長に……自分一人だけでは決して与えることのできなかった、獣人ではなくヒトとしての大切な何かを。


 彼ら彼女らは与えてくれるのではないかと。


 ココに脅えることなく、自分のように微かにでも恐怖心などが混ざることなく、純粋に彼女を愛してくれるのではないかと。


 ゼノは思い始めていたのだった。


 ―― そしたら、安心して死ねるってか?……ちっ、何考えてんだ ――


 内心に芽生えた、そんな甘えというか希望というか。


 やはりどこかのミソクソクズ野郎の先輩たる男みたいな女々しい思考が頭によぎったゼノは、そんな考えを振り落とそうとするかのようにブンブンと首を振る。


 そして、仕事の方に集中しようとあらためて暗視スコープを覗く。



 ……覗いたところで……。


 「あん?なんだ、ありゃ?」


 「なにってなに?」


 「ちょっと待ってろ……」


 小さな円環越しにチラリと見えた違和感を肉眼でも確認する。


 「見えるか、ココ?奥の……ちょうどあの少しだけ道がカーブしているトコだ」


 「うーーーーん……」


 目を細めてゼノの指定した場所を凝視するココ。


 「ううううううう……あ、荷車?他のよりおっきいやつ?」


 「ああ、そうだ」


 「……しろい……ぬの?」


 「ああ、アイツらが着てるのと同じ色だからわかりづれーけど、白い布。デカい荷車に載っけて曳かれたデカい何かに覆いかぶされてる」


 「うん、あ、なんか書いてあるんだゾ」


 「そうだ。読めるか?」


 「うーーーんんんん……よめない。……けど、文字じゃない。もよう……ちがう、たぶん、ずけいだゾ」


 「図形?」


 「うん、ずけい」


 「確かに文字というより……文字も書かれた図形……か……なんだ?」


 「まじゅつの陣……だとおもうんだゾ」


 「魔術陣?……なるほど。封印術式を施されてるってわけか、あのデカ物」


 「ここからじゃちゃんと見えないケド、たぶん、そう。りんかくとか配置とかは、ふつーのふーいんじゅつしきの感じ」


 「……食えるか?」


 「たぶん」


 「ただ、封印を食ったとこで中身がどんなもんかわかんねーしな……」


 「でも、ふーいんとかないと中身がどんなもんかわかんねーゾ?」


 「……だよなぁ……」


 ゼノは考える。


 おそらく、アレがドラゴノア勢の切り札。


 先鋒隊を何十人と処理し、撹乱をしてきたからといって、さすがに足が遅すぎた原因はアレだろう。


 百人単位でえっちらおっちらとズペリンからここまで引きずってきたのだろうが、あんなものがあればどうしたって進軍は遅れがちになる。


 そんな早さと、兵士の体力を犠牲にしてまでラ・ウールまで運ぼうというからには、これ一つに敵勢は戦力を賭けている。


 これまで処理してきた兵士の練度を考えれば、逆説的にアレさえどうにかしてしまえば後は数頼みの雑兵だけしか残らない。


 「……ラ・ウールお抱えの諜報部隊からあんなもんがあるとは報告受けてねーけどな」


 「あんなにでっかいんだゾ?」


 「見逃そうにも一番に目につくだろーに。……じゃぁ、見えなかった?そんな隠形の術でもかけてんのか?」


 「わかんない。だけどココたちには見えてるゾ」


 「だよな。んじゃぁ、裏切り?」


 「わかんない。おねぇさんにはずっと連絡いってたんだゾ?」


 「ああ、俺らがこっちに来るまでな。……だから裏切って情報を撹乱したにしちゃ、中途半端すぎる」


 「うん。ココたちが見ればすぐにわかるんだゾ」


 「そっちの線は薄いな。……それじゃ、やっぱり何か視覚を誤魔化す術ってのが濃厚だな。俺たち獣人くらいの目には見破れるが、普通の奴らにはわからない程度のもんが」


 「もっと近づけばココにもわかるんだゾ」


 「……行ってみるか。……いや、それもめんどくせーな。……キメちまうか?」


 「ダメだゾ」


 強行というか荒行にうって出ようかと冗談交じりで言ったゼノの言葉を、ココはピシャリと切る。


 「なにをするにも、まずはおねぇさんに連絡するんだゾ」


 「……わーってるよ。嘘だ嘘」


 「うそつきは女泣かせのはじまりだゾ」


 「……どこで、そんな言葉を覚えたんだ?」


 「リリーちゃん!!」


 「……クソガキが……」


 やっぱりココの教育上、つるむ人間は選ばなくちゃなと思いつつ、ゼノはアンナに向けて通信を試みる。


 「クソガキじゃないってば!リリーちゃんはリリーちゃんだゾ!!」


 「……あんな性格の悪いガキを友達とか……おまえ正気か?」


 「だって、リリーちゃん、すっごくキレイなんだゾ♪」


 「キレイ?見た目はキレイって感じじゃねーだろ?」


 「ううん。みためはすっごいキレイなおねーさんだゾ。あと心も♪」


 「……ツッコミどころしかねーな、おい」


 「だってキレイだゾ!!そうだ!ゼノ君のお嫁さんにすればいいんだゾ!!」


 「いや、冗談でも嘘でもなんでもそれだけは勘弁してくれ、お願いだから……」


 「リリーたんはおれのよめ!!」


 「……それはどこで?」


 「コブタさん!!」


 「あのクソ豚……帰ったら三回は殺す……」


 などと、たとえこの戦いを生き残ったとしても、ヒイラギ・キョウスケには三度の死が待ち受けることが確定したのだが、その間にもゼノはずっとアンナへと通信の呼び出しをしていた。


 ……しかし。


 「……繋がんねーな……」


 ヘッドセットからは不快なノイズが聞こえるばかりで反応らしい反応がない。


 「壊れちまったか?」


 「……ココのやつもダメなんだゾ」


 「じゃぁ、眼鏡の姉さんの方か?クソ……ガラクタよこしやがって」


 「……そうじゃないかもだゾ……」


 「ココ?」


 「…………」


 露骨に眉をひそめ、険しい表情となるココ。


 例の彼女の持つ純血の獣人たる魂の強さが、集中力とともに一気に高まっていく圧力を、ゼノは敏感に感じとる。


 これこそが第六感。


 その中でも勘と呼ばれる類の、生物が持つ、決して数値では計り知れない本能的な呼びかけ。


 五感と同様、この六番目の感覚が常人の数倍、数十倍と鋭いココが何か不吉なものを察知する。


 「…………」

  「…………」


 何度となく、このココの能力に助けられてきたゼノは、黙って弓を構え、いつでも何が来ても迎撃できる態勢を整える。


 いつ来る?

  何が来る?


 ココがここまで、集中しているのは珍しい。


 いや、過去に一度あったかどうかというくらいか。


 あの時も、こうやってゼノは弓を構え、降りかかる何かに先制して対処し、難を逃れたのだった。


 いつ来る?

  何が来る?


 まさか、あの時のヤツらがまた?

  あんなヤツらがまた俺たちを……ココを狙って?


 ……いや、なんでもいい。なんだっていい。


 あの頃よりも、俺は更に強くなった。

  あの頃よりも、たくさん実戦を経験してきた。


 今度は逃げない。


 今度こそは真っ向からぶつかって……俺は……。


 「左!!!」

  「っつ!!!!」

 


 ヒュゥゥゥゥゥンンン!!

  ヒュゥゥゥゥゥンンン!!

   ヒュゥゥゥゥゥンンン!!



 ココが『左』と言い終わる前に、ゼノは三本つがえた矢を一気に左へと放つ。


 神速、

  音速、

   亜音速……。


 何を狙ったのか、何が来たのか。


 まるでわからなかったが、ギリギリまで弦を引き絞って放たれた矢は、それぞれにココの示した何かへと向かって風切り音を立てて飛んでいく。


 ……そして……。



 「ほうほうほう!!これはこれはこれは!!」


 三つの穴を穿つはずだった何かは、まったくの無傷で……。


 「なんとも恐ろしい!!!恐ろしいですぞぉぉぉぉ!!!」


 文字通りに闇夜を切り取ったような空間の隙間からヒョッコリと顔を出して絶叫するのだった。


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