第八章・そして、始まるタクティクス ~ La・WOOL side② ~

 「では、続いて……あ、少々お待ちください……」


 次の作戦の詰めを行おうというちょうどそのタイミングで、おもむろにアンナが自身のこめかみへ指を添えた。


 あの仕草は何度か見たことがある。


 確か≪テレ・パス≫とかいう『白光』属性の念話式通信魔術だったか。


 「……うーん……」


 短い念話でのやり取り。


 しかし、それを終えてもアンナは指を下ろさず、目を瞑りながらそのままこめかみをグリグリと解すように揉み込む。


 「大丈夫?」


 「……はい、大丈夫。ありがとうございます」


 そう細く微笑みながらも、アンナはこの会議中だけでもう何度目になるかわからない溜息を吐く。


 またしても何某かの問題が、彼女の疲労を増長させたようだ。


 「……諜報部からの通信でした。このラ・ウールの南西部、隣接するズペリン公国との国境にある関所を『革命の七人』と思しき白装束の集団が通過したとのことです」


 「関所なんてあるんだ」


 「はい。その周囲は危険度の高い魔物・魔獣の類が数多く生息しているので開拓が思うように進まず、未だ原初の頃に近い深く暗い森が鬱蒼と広がる場所。関所は入国する者の身分確認や危険物の持ち込み防止、物流品などの検閲業務以外にも、人々が互いの国を安全に行き来する防衛目的に重きをおいて建設されたものです」


 「ふむ、ズペリン公国と言えば……」


 そうしてギャレッツが顔を向けるのに釣られ、一同が視線をやった先には。


 「…………」

  「んん??」


 腕を組んで壁に寄り掛かったゼノ君と、その傍らで首を傾げるココがいた。


 「ゼノ青年。貴殿が主に活動の基点としていたのがズペリンであったな?」


 「……ああ、そうだ」


 「ゼノ君の生まれ故郷?」


 「いや、全然。大陸中を流れ流れているうち、妙に居心地が良かったんで他よりも長く居ついちまったってだけの話だ」


 「カルダルシナっていうまちにいたんだゾ」


 「カルダルシナ……この王都ラ・ウールと同じように海洋資源が豊富な海沿いの街ですね」


 「だな。だが雰囲気はここと違ってもっとイモくせーよ。海運とか貿易とかよりも、ただ毎日魚とって売ってその金で酒飲んで歌って踊って寝るってのを延々繰り返してるようなどこにでもある田舎街だ」


 「歌って踊るゼノ君か……」


 「萌ゆるのぉ」


 「萌ゆるなぁ」


 「……別に俺の話じゃねーよ……」


 「るんたった~♪るんたった~♪っておどるんだゾ」


 「なごむのぉ」


 「なごむなぁ」


 「ゼノ君は、たべものやさんでいっつもブスっとしてたんだゾ」


 「なんか目に浮かぶ」


 「陽気に歌い踊る者たちを横目に、カウンターの隅でバーボンのロックをチビチビあおって孤独に浸っている凄腕殺し屋って風味じゃな」


 「なんだよ、わりぃかよ」


 「そしてそのカウンターの隣では狐娘がニコニコと美味しそうに夕餉を食べていて、その頬っぺたについたご飯粒を『ほら、ついてんぞ』とか言いながら乱暴かつ優しい手つきで取ってやるところまであるな」


 「……わりぃかよ」


 「ココ、そんなに堂々と表に出ても大丈夫だったの?」


 「メシ食うぐらいはな。帽子被せたり、丈の長いローブとか羽織らしとけば普通のガキにしか見えねーだろ。それにあんなド田舎の街だ。獣人だなんだと騒ぎ立てる奴らもいねーし」


 「だから長くその街に留まってたとか?」


 「……別に、そういうわけじゃねーよ」


 「どこまでイイ奴なんだよ、君は」


 「……ふん」


 「それでそれで、いつもは硬派なヤンキー気取りで怖いけれど実は子煩悩みたいなギャップに密かに淡い想いを抱いていた酒場のウエイトレスである娘がある日タチの悪い酔っ払いに絡まれて困っているところを得意の台詞である『うるせぇ、酒が不味くなんだよ』とともに助けてやり、娘が頬を赤く染めつつ礼を言うんじゃが『別に、あんたの為じゃねーよ』と素っ気ない態度で突き放し、カウンターの上に硬貨を置いて『邪魔したな』と酒場を後にする背中にもう店中のオナゴがキュンキュンするところまであるのぉ」


 「なんてテンプレな不器用科アウトロー目のイケメンっすか」


 「うっせぇな……」


 「わ~リリーちゃん、なんで知ってるんだゾ?」


 「王道を地で行くか、ゼノ君……」


 「青年!やるではないか!漢であるな!!」


 「うっせぇって!!」


 「あまりにそのまんま過ぎて一つも面白くないぞ、猫耳?」


 「あん!?」


 「あ、でもその後に、酒場の清純派ウエイトレスとたまたま巡業で踊りに来ていた色気ムンムンの踊り子との三人で巻き起こる愛憎劇まであるのならば、そこそこにウケるんじゃが」


 「リリーちゃんすご~い♪」


 「あったんだ」


 「あったのじゃ」


 「あったんすね」


 「やるではないか!!」


 「ああんん!?」


 「その困った時にはとりあえずガラ悪く睨むのもワンパターンじゃが、逆にウケるー♪」


 「ウケるぅ♪ウケるぅ♪」


 「あああああんんんん!!!???」


 「……もう私、一回眠ってきていいですかね……」


 また一つ、アンナの吐いた溜息が無明の世界へと溶けていく。




 「……しかし、随分とすんなり関所の警備を越えてきた」


 と、もはや必殺技の域にまで達している『それまでの空気をなかったことにする力』をいかんなく発揮したギャレッツが、シリアスな顔をして呟く。


 「ベルベットよ、そいつらはもしやすると?」


 「……はい……」


 呆れも何も通り越し、諦めと疲れから一切のツッコミを放棄したアンナが応える。


 「白装束の集団……十中八九、ドラゴノア教団ですね」


 「やはりか。関所の職員の中に教団の信者が複数名いたようだな」


 「やはりって?」


 「あまりにも簡単に過ぎるのだ。先ほどの念話の様子では、武力によって無理矢理押し通ったわけでも、秘密裏にあの長くたなびいた石壁を抜けたというわけでもないのだろう?」


 「はい。監視役の話では、検閲も身分照会もなく武装も荷馬車もそのままに通したようですね」


 「デレク・カッサンドラの……いや、ドラゴノア教団の現教祖たるノックス・ヘヴンリーの手腕か。奴らが『革命の七人』と合流したとの情報はごく最近のものであるが、実際はもっと以前から協力関係にあったのかもしれん」


 「元から職員が信者だったわけじゃなく、この革命のためにわざわざ潜り込ませていたってことかな?」


 「然り。だが、どうだろう?革命に参加するため……というには周到すぎる」


 「こうまであっさり通したとなると、かなり上の立場の者が信者なのでしょう」


 「おまけに大きな騒ぎにもなっていないんじゃろ?となると、職員の大半がそうなのではないか?」


 「デレク・カッサンドラが革命を掲げたのは約三年前。……ここまで盤石に関所内部の布陣を整えるには、吾輩、いささか期間が短いような気がするのだが」


 「ドラゴノア教団は最初からこんな革命みたいな何かを起こそうと着々と準備していた。そんな時に規模と名前が大きくなった『革命の七人』と思惑が合致、協力関係になったって感じ?」


 「おそらくは。……かのラクロナ帝国との争い以来、邪教として表舞台から追いやられていたことが裏目に出ましたね。まったく気が付きませんでした」


 「であるな。我々、騎士団が関所の人事すべてを把握しているわけではないとはいえ、不甲斐ない」


 「ふむ……公に教義を掲げるわけにもいかない立場ゆえ、自室などで密やかに祈りを捧げていたりしたんじゃろう。誰一人尻尾の先すら出さなかったのは大したものじゃ」


 「……宗教ねぇ。祈ったり教えを守ったりするだけで救われると本気で信じてやがる考え方は心底下らねぇとは思うけど、そーゆーイカレた奴らの『本気』ほどこえーもんはねーな」


 「そんな狂信家がゼノ君の周りにはいたの?」


 「周りってわけじゃねーよ。でも、なんせほら、俺たちはこんなだし……」


 「ああ……獣人族は『亜人あじんの大陸』エドラドルや、ここラクロナでも一部の地域、一部の思想の中では神格化されていますものね」


 「昔、どこで嗅ぎ付けたもんか、しつこく付き纏われたことがあってな。……ありゃ、ホントに参ったわ……」


 「あ~シャンディちゃんだ!なつかしいんだゾ」


 「……今のところゼノ君の過去話には女の子しか出てきてないな」


 「さすがはツンデレイケメン枠じゃ」


 「清純派からギャルビッチからストーカーから……うらやましいっす!!」


 「いや、アイツはそんなんじゃねーよ。……いやいや、違う、違う、待て待て。他の奴らだってそんなんじゃねーよ、殺すぞ、ゴラ」


 「のぉ、狐っ子?」


 「なぁ~に、リリーちゃん?」


 「そのシャンディちゃんとやらがコヤツを見とる時の目、誰かに似とらんかったか?」


 「う~ん……あ!アルル!!おにぃさんをみるときのアルルだ!!」


 「ほれ」


 「ほう!!」


 「ヤンデレ彼女のおとし方!うらやましいっす!!」


 「うっせぇぇよ!!」


 「……不潔です」


 「ちょ、おい、あんたまで……」


 「…………」


 なんか俺まで流れ弾くらった感じなんだけれども。


 「こほん、こほん。……え~ゼノさんの女性遍歴はいいとしまして……」


 「はぁ……もう、いいや……」


 「ともかく、関所を越えたドラゴノア教団の足は着実にこの王都へと向かっています」


 「関所って、そこの一か所だけ?」


 「いいえ、同じく国境付近に同等規模のものがあと四か所あります」


 「そこからも侵入してくる可能性は?」


 「なんとも言えません。今のところ各方面に散らした諜報部から知らせは届いていませんが」


 「さすがにすべての関所を同じように裏側から牛耳るのは難しいのではないか?不可能だと断ずるのは早計だとしても、そこまで派手に動いていれば、今回見逃していたその尾の先、お前や諜報部ならば掴めたはずであろう」


 「確か、デレク・カッサンドラはドラゴノア教団の兵士は3千と言ってたよね?」


 「はい。その数字もまた帝国軍と同様、素直に鵜呑みにできる確証はありませんが」


 「ただ実際、関所に潜んでいた者は見抜けんかったんじゃろ?ハッタリだと突っぱねる根拠もまたないのじゃ」


 「だからとりあえず嘘じゃないという仮定で対処しておいた方がいいと俺は思う」


 「……そう……ですね。でもまさか3千人……それほどまでにまだ教団に属している信者がいるとは思いもよりませんでした。……ああ、なるほど、それだけの数が一塊で動くとなると目立ちすぎますか。そう考えると関所越えは複数から……」


 「そう、ズペリンとの関所はフリーパスで通ったとしても、他が同じだとは限らない。もしかしたら今度こそ武力で無理やりにこじ開ける可能性もあるんじゃないだろうか?」


 「急ぎ各関所に通達、諜報部の監視レベルも引き上げるようにしておきます。後手に回らなければいいのですが……」


 そして、アンナは詰め所の端に寄り、どこかへ念話通信を入れる。


 「やや、さすがはタチガミ殿。そうなれば海路経由で侵攻を計る軍勢も加え、囲うように展開できる。そう言った意味でも関所越えが現実味を帯びてくるのである」


 「お世辞はいいから……それで、その船で来た連中は?」


 「うむ、今は我がラ・ウールの先遣隊と睨み合いを続けている。開戦までまだ幾ばくかの猶予があるので、砲台や陣の形成も着々と進み、最終的には2千ばかりの兵が海へと奴らをクギヅケにするため配備される予定である」


 「2千……敵兵もそのくらい?」


 「目算ではあるが。ただ、船の大きさを加味すればそれくらいであろう。残りのわが軍は2千と少し。引退した老兵や近隣の諸王国に散った外務の者を呼び寄せてようやく3千に届くか届かないか。そちらは王宮や城下の警護、そしてドラゴノア勢との交戦に回そうと思っている」


 「あっちの構成員も総勢5千。ドラゴノア含めて数的には一応イーブン。……相手の残り3千はどこから攻めてくる?……いや、アルルの方にも回すか、それとも帝都の方にも散らばすのか……正直、読めないな……」


 「……俺が探ってやろうか?」


 「ゼノ君?」


 それまで壁に寄り掛かったままだったゼノ君が、俺たちの前まで来る。


 「今、眼鏡の姉さんが念話してる件と、その残り3千の敵が潜んでいるからどうか。それと他にもあれこれと。この国の周辺を回るくらいなら一日あれば足りるし、余裕があればもう少し足ものばせる。なんならドラゴノアの連中にちょっかい掛けてかく乱してきてやってもいい」


 「一日?」


 「ラ・ウール中をか、ゼノ青年?」


 「おれの本職を忘れたか?密偵、探偵、猫探し。暗殺はただの業務の一環っつーだけで、一応『何でも屋』やってんだぜ?」


 「これで行く先々で殺人事件に遭遇でもする体質なら、本当に探偵マンガの主人公じゃな」


 「いや、探偵が暗殺しちゃダメっすよ」


 「ならば、実は語り部の主人公が犯人でしたという叙述トリック系の推理小説じゃ」


 「とにかくゼノさんをミステリー物の主人公にしたいんっすね、リリーたん……」


 「……前にどっかの屋敷でおこった殺人事件に巻き込まれて、その犯人を探し出してとっ捕まえたことならある」


 「ほらぁ」


 「ホント、主人公気質だな、君は……」


 「そして洋館の中で暮らす薄幸の令嬢の恋心をかっさらっていくんじゃぞ」


 「あ~なつかしいゾ。あの子の名前はえっと……」


 「名探偵・ゼノの事件簿!うらやましいっす!!!」


 「あ~もう、うっせぇな!!とにかく、俺が探ってやる!それでいいな!?」


 こんな下らないことで見栄を張るゼノ君ではない。


 だから彼が一日で出来るというのなら、きっと本当に一日で……それも想定以上の働きをしてくれるんだろう。


 「俺には決定権も何もないけど、実際、もう少し色々と情報は厚くしておきたい。そしてそれは実際に開戦した後にはもっと必要になると思う。建物に潜入して要人を奪還っていう忍者的なのもゼノ君らしいけれど、今回の戦いの性質を考えれば……うん、だから、俺はゼノ君の意見に賛成かな」


「我にも異論はないの。広い戦場では機動力がものをいう。さらに龍狂いの者たちがいるところは深い森。今から適当にかく乱しておけば、おそらく足止めをくい、そこが戦いの場ともなるじゃろう。そうなれば、それこそアニマルマンの独壇場じゃ」


 「ぼ、僕もいいと思います!!」


 「うむ、吾輩としても願ったりである!!そうだなぁ、あとはベルベットに許可をもらわねば。この場では彼女が我々の上官に当たる」


 「…………」


 アンナはまだ念話中らしく、こめかみに指を当てたままこちらに背を向けている。


 随分と集中しているんだろう、こちらの話が一切耳に入っていないようだ。


 「……いったん休憩であるな。吾輩、飲み物でも持ってこよう」


 「あ、僕も手伝うっす」


 「そんじゃ俺は一応、会議が終わり次第、探査に行くって方向で準備しとくわ」


 「ココもいくんだゾ」


 「ああ、もちろんだ」


 そうして、それぞれの用事を足しにみんなが部屋を出ていく。


 残ったのは俺とリリーと念話中のアンナ。


 「……便利な魔術だな」


 「そうでもないんじゃよ、マスター」


 アンナの背中を見ながらつぶやいた言葉を、リリーが拾う。


 思わずできた空き時間、このまま隣り合って腰掛けたリリーと少し話をすることにしよう。


 「あれは受け手と送り手、どちらも『白光』属性持ちで更に≪テレ・パス≫を習得しておかなければならないという割と使う者を選ぶもんじゃから。……普通なら」


 「君は普通にその普通の外にいそうだね」


 「にょっほっほ。しかし、その垣根をどうやらどこぞの発明オタクは取り払えるようにと考えとったようじゃぞ?」


 「アルルが?」


 「ほれ、アヤツの工房に入った時、爆発の難を逃れた試作品や設計図の中にそんなもんが残っとった。なんかミリオタ御用達のネット通販サイトで買ったどこぞの特殊部隊払い下げ品みたいな本格的なゴーグルやスコープみたいな物と一緒に」


 「…………」


 アルルのことだから、普通にネットオークションで落札とか出品とかしてそう。


 次元をまたにかけていても、ちゃんと商品を受け取れる方法とか確立して。


 「もしもアレが実用可能レベルまで完成したのなら、魔術の適正のない一般人同士でも通話できるようになるじゃろう」


 「電話みたいに?」


 「さすがにそこまでは。……じゃが、いずれはケータイだのテレビだの冷蔵庫だのまで作りかねんぞ、あの小娘なら」


 「あの娘もほとほと天才様だなぁ……色んな意味で」


 「紙一重も甚だしいがのぉ……色んな意味で」


 「……あとで見せてもらえるかな。使えそうな物があれば何かに役立つかも」


 「マスターはそういった物をいじれるのかの?」


 「魔術が絡んでる部分はわからないけど、機械的な部分なら少しだけね」


 「ふむり……昔とったなんとやらか。面白いかもしれんのぉ。どれ、魔術面の方は我が見てしんぜよう」


 「勝手にいじって、後でアルルに怒られないかな」


 「我はともかく、イチジ様ラブラブル♡じゃし、大丈夫じゃろう。……それを逆手に何を要求されるかはわからんけど」


 「……まったくもって大丈夫な気がしないからやっぱ止めておこう」


 「それに、己を……そして自分の父親や国を助けるために活用されるのならば。アヤツも本望じゃろう」


 「……ねぇ、リリー?」


 「……なんじゃ、マスター?」


 少しだけ改まった俺の声に、リリーは首だけをこちらに向ける。


 俺にとっては、こうやって彼女とゆっくり話をするにはちょうどいい時間だと思ったし、そろそろこの疑念に答えをもらう頃合いなのだとも思った。


 俺の頭の中に小さく、けれどいつまでもこびりついていた疑問。


 俺の目の奥に、今も焼き付いたように離れない……白銀色の眩い光。


 「……『シルヴァリナ』ってなんなんだろう?」


 「……ま、いつか聞かれるとは思っとった」


 リリーは細く、だけどいつもの軽さのない微笑みを浮かべた。


 「しかし、すまん。これはあの小娘本人の口からでなければ語ってはいけないことじゃ」


 「それは……アルルが言ってた制約だとかの問題?それとも気持ち的な問題?」


 「百パーセント、気持ち的なもんじゃ。我の口から述べるのは容易いが、アレはやはりお主と小娘、二人でゆっくりと語らうべきもんじゃと我は思う。ゆえに、語れん。身勝手な言い分じゃが本当にすまんのぉ」


 「君の身勝手は今にはじまったことじゃないさ」


 「にょっほっほ。そういうことで一つ、納得してくれ」


 「じゃぁ、質問を変えよう。俺が気になっているのは、『シルヴァリナ』自体もまぁそうなんだけど、むしろ今はこっちかな」


 「ふむ」


 「あの『革命の七人』の幹部の一人にいたあの法衣の男。たぶん、白装束って言ってたし、アイツはドラゴノア教団の人間なんだろ?なんだかアルルに執着してたみたいなんだけれども」


 「ああ、あのマッドなサイエンティストキャラなジジィな。さっきも名前が出とったが教祖様らしいのぉ」


 「じゃぁ、やっぱりアルルとドラゴノア教団との間には何かあるんだろうか?」


 「うーむ……」


 少し悩んだように腕を組んで考えるリリー。


 「ま、これくらいはいいかの」


 「うん」


 「……そうじゃな、『シルヴァリナ』とドラゴノア……というよりも≪断罪の巫女≫とドラゴンか。その二つは切っても切り離せないだけの関係、語っても語りつくせないだけの因縁があるんじゃよ」


 「≪断罪の巫女≫……それもデレク・カッサンドラが言ってたっけ」


 「じゃから、あのマッドジジィが小娘に懸想しとる理由はそこら辺にあるんじゃが、ま、あの天才高慢ボンコツお姫様なら下手に近寄ってきても排除してしまうじゃろ。ほれ、アヤツはたぶん、痴漢にあっても犯人をフルボッコにした挙句、走行中の車内から放り投げるくらいまでやり返しちゃうようなタイプじゃし」


 「なんて的確な例えだろうか」


 「気になっていたのはそこら辺じゃろ。安心したか?」


 「安心した。身の安全は保障するとか言ってたけど、悪者の言葉だしね」


 「じゃが、すまん。やはり、これ以上は語れん」


 「……うん、仕方ないか」


 そう、仕方がない。


 リリーがそう言うのならば、きっとそうなんだろう。


 別に、全知全能たるこの娘に依存し、何から何まで選択や判断を委ねているわけじゃない。


 「……君がたとえ遠回りでも効率が悪くても最良ではなくても、常に俺たちにとって最善となる道を選んでくれていることも、今さらのことだよ」


 「じゃろ?リリーさんの言う通りじゃ」


 「大丈夫。わかっているよ。少なくとも俺は……たぶん、アルルも、どんなことがあっても君が俺たちの味方になってくれることを信じてる。一かけらも疑ってない」


 だからこそ、俺はリリーを信じている。


 自分は過去の遺物だとうそぶき、あまり俗世に干渉したくないハズの彼女が、帝都組の最前線に立つと言ってみたり。


 まだまだ精神的に未熟なヒイラギの心の成長を促し、そして同じ場所へと連れていくことによって陰ながら守ろうとしてあげたり。


 去りゆくアルルに二度もみんなのことを頼むと言われたその責任……そして自分がもっとしっかりしていれば色々な問題をもっと未然に防げたのではないかという自責の念から、実は内心で密かに燃えていたり。


 そんなリリーが示し、諭し、導くものに、決して間違いはないのだと。


 ただただ、この優しくてひねくれ者で素敵な魔女のことを、俺は心の底から信じているだけなんだ。


 「なんだか面映ゆいのぉ」


 「そしてね、リリー。俺たちもずっと君の味方だ」


 「……味方……か」


 「君からすれば、全然、未熟なヒヨッコばかりなんだろうけれど、もっと信じて欲しい」


 「それ、小娘にも言われたのぉ」


 「だから……なんだ……うまい言葉が見つからないけれど、要するにだ……」


 やっぱりこの気持ちを、うまく言葉で言い表すことができない。


 「ふむ、なんじゃろな?」


 「要するに……あれだ……」


 なんかこう……もっと簡単に、端的に、


 「なんじゃ?そんな真剣な目で見つめて?まるで愛の告白でもせんがごとくの勢いじゃぞ、にょっほっほ」


 ……そうか、告白。


 「リリー?」


 「ん?」


 「俺は……」

 

 あんな感じで、とにかく自分の今の気持ちを。

  この溢れかえる感謝の念を。


 一言にまとめ素直に伝えた方が、きっと彼女にも届きやすいだろう。

 

 「君のことが大好きなんだ」


 「……へ?」


 「好きだ」


 「……へ?」


 「……うん?」


 「……へ??」


 「……うん??」


 なんだか、リリーらしからぬ惚けた声。


 「……えっと……」


 「……えっと……」


 「……(ボッ)……」


 「……ん?……」


 なんだか、リリーらしからぬ頬の赤み。


 「……うん……あ、ありがと……」


 「え?いや、うん。どういたしまして…………」


 「わ、我……ん……あ、アタシも……す、すきだよ……イっくん……」


 「あ、うん。えっと、ありがとう?」


 「…………」


 「…………」


 「……(モジモジ)……」


 「?」


 「……(モジモジモジモジ)……」


 「???」


 「ふぅ……とりあえずはこれで……ん?」


 「ああ、アンナ。お疲れさま、終わったの?」


 「あ、はい、一応。……ところでどうかしたんですか、お二人とも?」


 「ああ、これは……」


 「……アンナちゃん、ごめん……」


 「え?あ、はい。……ってアンナちゃん??」


 「あなたの気持ち、知っているのに……アドバイスだって本気でしてあげたのに……だけど、ごめん、ごめんなさい……」


 「は、はぁ……???」


 「あ、アタシたち、この戦いが終わったら……(グイッ!!)……」


 「え、リリー?」


 「結婚します(ムギュゥゥゥ)!!!」


 「え?」

  「は?」

 

 「あ、ダメ。これじゃ死亡フラグになっちゃう。ダメ、そんなの絶対にダメ。ごめん、アンナちゃん、やり直し、やり直し。やり直しをします!!」


 「……ちょ、ま、……ええええ?」


 「アタシたち、この会議が終わったら……結婚します(ムギュゥゥゥ)!!!」


 「え?」


 「えええええええええぇぇぇぇぇ!!!!?????」


 前回に続き……いや、前回以上にアンナの慟哭が響き渡る中。



 それでも作戦会議は廻り続ける。



 「幸せになろうね、イっくん♡♡♡」


 「え、あ、うん……うん???」


 「ちょ!え!!ど、どういうことですかイチジさん!!!???」



 「飲み物もって戻ってきたら修羅場ってた件……うらやまCぃぃぃ!!!」


 「おおお!!タチガミ殿もまっこと漢であるな!!!」


 「……ココもまざるぅ♪」


 「……人のこと言えねーじゃねーか、先輩様……」




 【ラ・ウール組】

 ◎アンナベル=ベルベット

 ◎獣人族・ゼノ(全権委任者錯乱中の為、保留)

 ◎獣人族・ココ(全権委任者錯乱中の為、保留)

 ◎ラ・ウール軍・約5千人



 【恋のさや当て】

 ♡アルル=シルヴァリナ=ラ・ウール

 ♡アンナベル=ベルベット

 ♡リリラ=リリス=リリラルル(?)

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