第六章・結成。討伐連合軍西方部隊ラ・ウール分隊~ ARURU`s view ②~
一言でいうならば優雅。
二言でいうならば豪奢にして絢爛。
それでも言い足りないと三言を許されたとしても。
この場所を表現するにはただただ大仰な美辞麗句だけしか浮かんでは来ません。
威光を示すように煌びやか。
けれど決して押し出しが強いわけでもなく淑やか。
総じればどこまでも雅やかな在り様は、ひとえにラ・ウールという歴史ある国家の在り様をそのまま体現、具現化したような場所。
そう、ここは玉座の間。
国の長たる者がおわすところ。
威厳と責任とを背負って坐するところ。
ですので本来であるならばここに足を踏み入れていいのは王のみであり、その王が許可した者でなければその重厚な扉の前に立つことすら不敬となる聖域。
ええ、そうです。
ええ、ええ、そうなのです。
たとえ血を分けた王族の人間、実娘であるわたくし、アルル=シルヴァリナ=ラ・ウールの名をもってしてもそう易々と踏み入れてはならない神域なのです。
ええ、ええ。
そうです、そうなのです。
……だというのに。
「や、やはりこう真面目なお話をするにあたってのわたくしなりの気合の表れというか……どうせなら小道具までこだわりたいというか……議題をサマリーしたうえでキュレーションしたスキームをイチジ様関連のナレッジへとコミットすることで……(クイクイッ)」
王女。
保身に走るあまり意識が高くなる美少女。
「じゃが、盛大にすべっとるのじゃ」
幼女。
とにかく性格の悪い悪女。
「い、いいえ、姫様。私はお似合いだと思いますよ。わ、わぁ~私もそれ欲しいなぁ、なんて……」
才女。
フォローが下手くそすぎるクール系美女。
「いつものアルルじゃないんだゾ……」
幼女その二。
よくわからないけれど何だかとても悲しそうな狐っ娘。
「相変わらずアル坊は奇怪な物ばかり作る!がっはっは!」
熊。
とりあえずムカつく赤毛の熊。
「……ふん」
青年。
隠れ猫耳な≪
……そして。
「で、話の続きだけど……」
異世界人。
龍神の子。
ドラゴンをその身に宿す、愛しい人……。
性別も年齢も所属も種族も多種多彩。
平素ではこのような厳かな場所にまず揃い踏むことがないであろう七人が。
わたくしを中心にして集結しているのです。
「さ、さすが、イチジ様。何事もなかったかのように続きを促すスルー力……」
「にょっほっほ。報われんのぉ、小娘?」
「いや、無知な俺のために世界観的にも場所的にもとんでもなく場違いなホワイトボードをわざわざどこからか持ってきて解説してくれたり、俺が軽めの眼鏡フェチであることを見抜いて若干の恥ずかしさを覚えつつも勢いでやってみた女教師風コスプレが結構気に入っちゃって内心ほくそ笑んでいることはわかっているんだけれども」
「相も変わらぬ敏感系!」
「それで続きだけれど……」
「そしてやっぱりスルー力!!」
寸分たがわずわたくしの心中を察しているくせに眼鏡のサイズくらいしか気にしてくれない。
そんな敏感系鈍感主人公(?)なあなたが変わらず愛おしいわたくしは異常なのでしょうか。
「いや、ホント報われんのぉ。……ドンマイじゃ」
「性悪幼女の本気トーンでの同情が沁みますの……」
「かわいそう……」
「そして幼女その二のマジ同情!」
っていうかさっきからどうしてそんな残念なモノを眺めるような目でわたくしを見るんでしょうか、この狐っ娘。
「えっと、姫様?確かにお話の続きをそろそろ……」
「うむ。急かすわけではないが割と肝の部分であろう?おふざけは程々にしておけ」
「……そう……ですわね。申し訳ありません」
え?わたくしが悪いの?……と納得いかないところもありますが確かにその通り。
工房から引っ張り出してきた実務的かつ事務的……というかまんまオフィス用品たる『マジカル・
ドナの孤児院にいたあの心根清き先生しかり、我が国が誇るクールビューティな副団長しかり……どうにもイチジ様が眼鏡をかけた女性に対して普段より数割ほど物腰が柔らかくなる傾向を見抜いて密かに錬成し、満を持して装備した『ラディカル・グラス(ver.ブラック)』と『プラクティカル・スーツ(キャリアウーマンed.)』が自分の中で思いのほかハマってしまったことは認めましょう。
だというのに肝心のイチジ様には思いのほかハマらなかったことだって遺憾ながら認めましょう。
けれど、本当にギャレッツのいう通り。
討伐軍への参加にあたり、イチジ様やリリラ=リリスたちへ向けた事情説明をしているわけですが、元からすべてを知っていながら律儀に付き合ってくれている騎士団の二人。
彼らが面子からしてどうしても弛緩になりがちな空気にも真面目な態度を崩さないでいるように。
まったくもって今はおふざけに興じている場合ではありませんでしたわ。
「けほん、こほん。……え~それでは気を取り直し、ラクロナ帝国成立期から再開いたします(トン)」
わたくしが外枠部分を軽く叩きますと瞬時にホワイトボードに記された文字や図がスライドし、内容がガラリと切り替わります。
「あの唐突とも言えるラクロナ国王の宣言から数日、それが正式に戦争終結の宣言となり、大陸の情勢は文字通りに一変していきます。
……ラクロナはまず手初めに、広くたなびく大陸で乱雑に散らばった無数の中小国を大きく10か国に区切り、その区切られた領地内でそれぞれの国に独立した統治権を与えました。
そして各国の代表者によって組織された『ラクロナ大陸諸王国機構』を発足。
相互扶助・自由貿易などを織り込んだ幾つもの条約の制定をしたり、国際司法に基づく公的な話し合いの場を設けたりと、主に政治・経済の面での国家間闘争、その火種になり得るであろう摩擦を抑え込むことによって新たな戦争勃発のリスク回避を計り、結果としてその狙いは成功いたします」
「表向き平等や同等なんていうお題目じゃが、国同士が横目を光らせ、出てきた杭の頭をこぞって打ち据える相互監視システムを確立したというわけじゃな」
「随分と穿った考え方ではありますけれど……そういった側面も無きにしも非ずですわ」
「そんな国連みたいな組織の中で、ラクロナはどういった立ち位置にあるんだろうか?」
「はい。ラクロナ国王があの宣言の直後、真っ先に取り掛かったのはラクロナを『帝国』、自身を『皇帝』として名を改め、他の国々とは一線を画すことからでした」
「それはまた……」
「諸王国の権力の分散と均一化、上も下もなく国同士で手を取り合おうと言った矢先にそのように自国を特別枠に定めるような矛盾的行動をするものですから、もちろん方々から非難の声……いいえ、悲嘆の声が多くあがりました」
「悲嘆?……要するにみんなガッカリしたということだろうか?」
「ええ、その通りです。何が新しい時代だ、何が光だ。結局はラクロナが大陸を支配するんじゃないかと。……実際、先の話にのぼった『ラクロナ大陸諸王国機構』でも歴代の議長は例外なくラクロナ帝国から選出されていますし、その他諸々の発言権や単純に領土の広さ、経済水準や軍事力の強さという面でも、未だラクロナは他国より一つも二つも抜きんでています」
「誰も叩けぬほどに出過ぎた杭……というよりか、そもそも同じ杭ですらないのかもしれんのぉ。比べ、競べ、並べることすら最初から間違っている次元も概念もまったく別の何かといった具合に」
「けれど反発の声も反抗も初めだけ。以降は誰しもが帝国の力が増長していくのを粛々と受け入れていきました。それは一体、何故か?……イチジ様はおわかりになりますか?」
「流れ的に純粋な武力での抑え込みなんて単純なものじゃないんだろうな」
「ええ、それも一因ではあるのでしょう。ですが最大の要因はさらに単純です」
「さらに単純?」
「なんとも叙情的で、むせ返るくらいに美しくて……そして馬鹿みたいに簡単な理由です」
「ああ、なるほど。……ラクロナは……皇帝は何も嘘を吐かなかったから?」
「はい、大正解です」
生徒たるイチジ様の聡明さに、わたくしは思わず微笑んでしまいます。
「あの宣言の中でかの皇帝は同士として手を取り合おうとは言いましたが、一言でも平等や同等などという言葉はうたっておりません。大陸全土の統治は出来ないとは言いましたが、『しない』とまでは言ってはいないのです」
「にょっほっほ。詭弁じゃなぁ」
「いえ、詭弁や欺瞞よりももっと低レベル……単なる子供の屁理屈ですわ。あの宣言がそこまで考えられて成された物なのかまではわかりません。しかし、魔術によって映像媒体で記録され、何より大陸民の耳と心に深く刻みつけられた記憶。のちに公的な文章としておこされた物を精査してみても、どうとでも言い逃れすることができる穴だらけの内容ではあります。……ただ……」
「ただ?」
「皇帝自身、詭弁はもちろん言い訳も訂正も撤回も何一つしません。それどころかむしろ宣言の中で自身が述べたことをこれ以上ないくらいになぞっていきます」
『私が導く。
私が手を引く。
たとえまたドラゴンのような下等な害獣が脅かしても。
たとえ他大陸の劣等な種族が攻め込んできても。
我らの行く手を阻もうとするそれらすべて、私がことごとく薙ぎ払おう。
不安にかられ、恐怖にすくんで立ち止まる時。
諸君らの目の前に立った私の背中だけを見ていればいい』
そう、皇帝は嘘などついていません。
すべての大陸民の頂点としての皇帝。
すべての大陸民の代表としての帝国。
まだ見ぬ新しい時代、不確定という黒く重たい帳に覆い隠された真っ暗な道。
決して大袈裟でもなければ、嘘も貴賤も何の誤魔化しすらもなまるでなく。
ラクロナ皇帝は己自身を一筋の光と化し。
降りかかる厄災を振り払い。
迫りくる害悪を薙ぎ払い。
未来を切り拓きながら邁進する先導者として、遍く大陸民全員を明日へと導こうというのです。
「集中し過ぎた権力。潤沢に過ぎる財力。過剰気味に過ぎる軍事力。
どの見地から検証してみてもいわゆるワンマン独裁国家が……それも四代大陸の一つを丸々に渡る広範囲を包括するほど絶対的な国家が成立するに十分なほど、あらゆる『力』をラクロナ帝国は有していました。
……それを帝国は……正確には初代ラクロナ皇帝は、すべてを自国ではなく大陸の発展のために還元しました。
……芸術でも魔術でも医学でもどれでもいいです。
現在のラクロナ大陸を構成している文明・文化を根底まで遡り、何某かのブレイクスルーが起きたであろう転換地点と歴史年表を照合してみると、必ず当時のラクロナ帝国が直接的・間接的を問わず何らかの介入をしていることがわかります。
他大陸からの侵攻、魔物や魔獣による災害クラスの大きな被害がここ何百年、一度も確認されていないこともまた、ひとえに帝国の並々ならぬ尽力あってこそと言えるでしょう」
「すごいな、ラクロナ」
「すごいのじゃ、ラクロナ」
「すごいんだゾ、ラクロナ」
三者の声が重なります。
……若干『始まりの国』に対して含むものがあるらしい一名だけは額面通りに受け取れませんが、素直な感嘆のこもった声色です。
「ええ、すごいんです、ラクロナ。……まぁ、帝国が……というか初代皇帝個人がすごすぎたのです。まだニ十歳になるかならないかという齢で国王から皇帝となり崩御なされるまでの数十年、愚直にただひたすら大陸の発展だけを考えて生き切った彼の意思が、脈々と継がれ、踏襲されていったに過ぎないのですから」
「英雄……ってやつなのかな」
「ええ、まさに。ラクロナ大陸の歴史を語る時、それは初代皇帝陛下の輝く英雄譚を語るのと同義です。古今東西、英雄や救世主の逸話は数あれど、彼ほどに長大かつ煌めきに満ち満ちて紡がれる叙事詩は他にないでしょう」
「いやいや。『も~れつ魔法幼女・リリラ☆リリス』があるじゃろ?」
「……唐突になんですの……」
その話の流れを無視して投下されたサイコパスなタイトルなに?
叙事詩というよりも少女向けアニメ?
「平凡な暮らしをしていた幼稚園児の幼女が、ある日防犯ブザーに付けた犬のストラップに宿ったお菓子の国の妖精になし崩し的に魔法幼女へと覚醒させられ、口癖たる『も~れつ!』を連呼しながら世界征服を目論む悪の組織と対決する、夢と希望とお菓子に溢れたゆるふわ系バトルアニメじゃ」
「やっぱりアニメだった!しかもなんて意外性のないあらすじ!」
なんと使い古された勧善懲悪。
目の肥えた最近の子供にはいささか刺激が足りないんじゃありませんの?
唯一、特徴を上げるとしたら主人公の年齢がガッツリと下がっているくらいじゃないですけれども、オトモダチの年齢が反比例して上がってそうですわ。
「回も半ばで明かされるのは、リリーが絶対の正義を信じてきたお菓子の国『スイーツ・エデン』の内政腐敗。実は裏で悪の組織『斜陽射す』と繋がっていたそれまで話の端にものぼったことのない大臣のクーデターによって虜囚の身となった女王・マシュマロ=ホイップの奪還編がどれも神回で、一番の盛り上がりはそれまで何度も激戦を繰り広げてきた宿敵である敵組織の刺客・アルルンが、実は女王の生き別れになった娘……つまりは正統なるお姫様であることが判明し、組織と母親との狭間で揺れる葛藤が……」
「回も半ばでテコ入れでも入ったかのような超展開ですの……」
そして宿敵である敵組織の刺客って絶対わたくし。
しかも現実と微妙に符合させてお姫様にするところがニクい。
「……とまぁ、どれだけ盤石で、一見すると平和な統治をしているように見える国であったとしても。どれだけの栄華を極めた大国であったとしても。やはり綻びというものは得てして生まれてしまうもの。……そうじゃろ、小娘?」
「はぁ……伏線を張りたいならもっと素直にお願いしますわ……」
「なるほど。ということは、帝国もまた『スイーツ・エデン』のように?」
「……ここでも変わらぬ聡明さをありがとうございます、イチジ様」
「お疲れ様です姫様。水をお持ち致しましたのでお飲みください。どうぞ皆様もよろしければ……」
「お~気が利くのぉ、地味子。まるでミル・クレープ男爵邸に仕える侍女長のようじゃ」
「……誰ですか、それ?」
「もちろん給仕から暗殺までお手の物、戦闘メイド隊のベテラン隊長じゃよ」
「だから誰……いいえ、いいです。どうせまた人のことをまたお局だのなんだと言うのでしょう?」
「一言でいえば……喪女?」
「……過分に知らない単語ですが、相変わらず馬鹿にされていることだけはハッキリとわかりますね……」
「……ふぅ……」
近くの柱のところまで歩いて体を預け、小さくため息を吐きます。
魔法幼女へのいらぬツッコミを入れたせいでドッと肩が重くなりましたが、疲れている場合ではありません。
折よくお話は次の段階へと移行するところ。
決して喪女などではない花も恥じらう素敵なアンナが用意してくれたグラスを静かにあおって喉の渇きを潤しつつ、頭の中を今一度整理いたします。
「お疲れさま、アルル」
「イチジ様……」
スッと。
イチジ様が同じように水の入ったグラスを持ち、同じように柱へ背中をつけてわたくしに声をかけてくれます。
「体調は大丈夫?ずっと喋りっぱなしだけれども」
「ええ、すこぶる好調です。元来、わたくしがお喋り好きで説明好きなのは知っていますでしょ?」
ああ、その気遣いが沁みてくる。
「そういえば学校の講師もしているんだったっけ?授業する姿が堂にいってたわけだ」
「その割に女教師アルルは不評のようですけれど」
ああ、その静かであっても確かな質量を持った声が心地よい。
「いや、そこはかとなく色っぽいんじゃないかな?」
「とってつけたように言われても嬉しくありませんわ」
「ホントだよ?」
「ふふふ、冗談ですわ。ありがとうございます」
ああ、褒められた。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
「ごめんな、俺が無知なばっかりに余計な説明をさせてしまって」
「いいえ、いいえ。とんでもございませんわ、イチジ様」
なんだかんだで優しくわたくしにかけてくれる言葉に胸が躍る。
ええ、本当にいつだってわたくしをドキドキさせる特別な殿方。
「まったく余計なことではありませんわ。……今回の主題をより深く知るためには、ラクロナ大陸ならびにラクロナ帝国の栄枯と盛衰という背景をしっかり理解していただかなくてはなりませんでしたから。むしろ然るべき順序を踏んでいますわ」
「盛衰……か」
並び立つイチジ様は、そう呟きながらボンヤリとした視線を前に向けます。
「侍女長を馬鹿にするでない。よいか?彼女はな、初登場は比較的序盤じゃが戦闘技術においても精神の面においてもまだまだ未熟なリリーたんをスパルタ教育でもって鍛え上げた師匠的偉大な存在なんじゃ」
「はぁ……そうですか……」
「それで最終盤では若かりし頃に愛を誓い、そしてスレ違ってしまった悪の幹部たる男が若返りの秘術でもって当時の姿のままあらわれ、そのまま戦闘へとなだれ込むんじゃが……おい、聞いとるのか?そこな猫耳よ」
「あ?」
「あ?じゃないわい。なんじゃその返事は。ヤンキー気取りか?」
「ちっ……」
「舌打ちで返事とかあれか?リリーたんに密かな好意を寄せているのに素直になれない、同じスモモ組に属する園内一の不良。ケンジくん気取りか?」
「言ってることが何一つわかんねーよ。……正気か?このメスガキ」
「じゃが残念なことにリリーたんがまだ恋とも言えない淡い想いを抱いているのは一緒に暮らしている義理の兄たるコウスケでなぁ。対抗意識からかケンジはいちいちそのお兄ちゃんに突っかかっていくんじゃよ」
「……うぜぇ」
「あ、それケンジの十八番」
「っっっうっぜぇ!!」
イチジ様の視線の先を追うと、なんだか妄想アニメの設定が着実に肉付けされています。
けれど、そんなどうでもいいことに彼が想いを馳せているわけもないでしょう。
「…………」
どこまでも真剣な黒い瞳が一対。
空虚であり空疎。
しかし強く、固い一対の眼差し。
決して望んだことではなくとも自らの異端性を受け入れる箱庭として創造された世界。
その歴史の一部と向き合わなければならないという義務感でしょうか。
それともこれからわたくしの口から語られていく、己がするべき目標に対する使命感でしょうか。
イチジ様は真っすぐに何かを見据えています。
「……ホント、生真面目な方……」
もうすっかり見慣れた無感情な無表情。
ただでさえ感情の起伏が乏しい上に、口数だってあまり多くはありません。
静かで朴訥な佇まいの裏で彼が何を想い、何を考え、何を抱え込んでいるのか本当にわかりづらい。
ですがイチジ様?
わたくしはあなたをずっと見ています。
これまでも。
こうしている今だってそう。
恋する乙女の目と耳は、いつだってあなたの一挙手一投足を気にしています。
あなたが何かを見つめるのと同じくらいの真摯さで、わたくしはあなたのことを見ています。
……見ているからこそ。
あなたの想いも考えも抱え込んだあれこれも、わたくしにはなんとなくはわかるのです。
「イチジ様……」
……わかるからこそ。
これだけは言わせていただきます。
「……大丈夫」
転生の手順がどうあれ、ここはやっぱりあなたにとっての異世界。
「……ええ、大丈夫。大丈夫です」
創世のきっかけがどうであれ、ここに生きる者はやっぱりあなたとは別の命たち。
「…………」
この≪
それはまったくあなたには関係がないのだと。
あなたが負うべき責任など一つまみもないのだと……。
「あなたは……何も悪くはないのだと、わたくしは断言して差し上げます」
「……アルル」
「だから気負うことはありません。背負うことだってありません。……ただあなた一人の為だけにあつらえられた世界であったのだとしても、わたくしも誰も彼も、あなたの為に生まれたというわけでは決してないのですから」
「……本当に……君は……」
少しだけ細まる、イチジ様の目。
微かに緩む、口の端。
……それだけでわかります。
ずっとずっとあなたを見てきたわたくしにはわかってしまうのです。
彼が抱える何かの、ほんの欠片ほどにも満たない小ささであっても。
ほとんどその荷の重さは変わらないのだとしても。
それでも確かに今。
あなたは救われたような気がしたのではないのでしょうか?
「……ああ、でもちょっとだけ訂正ですわ」
「ん?」
「誰や彼やのことは知りませんが、わたくしに限って言えば、たぶん、きっと……あなたに出会う為にこの命は生まれたのだと思いますわ」
「……も~れつ」
「『熱烈』、ですの」
「……うぜぇ」
「あ、タチガミ・ケンジくん?」
「……ありがとう、アルルン」
「アルルンにも……決め台詞ってあるんでしょうかね……」
静かに、わたくしたちは笑い合います。
ええ、本当に、小さくて細くて微かな笑み。
これで指でも絡め合ったり、体を寄せ合ったり。
睦言を交わす間柄ならきっとそうしているシチュエーションでしょう。
ですが、今のわたくしたちの関係ではまだこれが精いっぱい。
わたくしが迫り、イチジ様がかわす。
心を交わし、軽口を言い合い、小さく笑い合う優しい時間……。
なんとも歯がゆい距離感。
魔法幼女たる園児の方がまだもう少し色気のある恋愛をしているかもしれません。
……それでも。
ええ、それでも。
心からの幸せを感じているわたくしは、きっと三流ラブコメのヒロインよりもまだ……。
チョロイ女の子なのでしょうね。
それでは民草を照らし導く英雄の物語も、仄かな恋物語もここで終わり。
あとは過去の残像に目がくらみ続けた愚か者たちと。
それを是としなかった反逆者の物語。
反帝国組織の最右翼、『革命の七人』のリーダー。
デレク・カッサンドラという男が帝国に向けて翻した……
小さな小さな反旗の物語です。
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