第六章・結成。討伐連合軍西方部隊ラ・ウール分隊~ ARURU`s view ① ~

 かつて戦乱の時代があった。

 

 血で血を洗い。

  鉄が鉄を砕き。

   人が人を踏みにじり。

 

 狂乱と混乱に浮かされ。

  動乱と大乱にまみれ。

   騒乱と争乱とに彩られた。

 

 そんな殺伐とした時代があった。

 

 世界の絶対的覇王であったドラゴンが何の前触れもなく突如として歴史の表舞台から退場し、人々の間には創世以来はじめてと言っても過言にはならない安寧が訪れた。


 もう、かの王の力の前に絶望して膝を折らなくてもいい。

  もう、かの王の威光に脅えてひれ伏さなくてもいい。


 実像を持った災害にして、為すすべもなき厄災。


 いつ降りかかってくるともわからない、そんなドラゴンの飛影に精神的に虐げ続けられてきた人々は、ふって沸いたような穏やかな日常を疑いつつも、やがてはその平穏な時間を徐々に徐々に受け入れた。


 平穏が続けば余裕ができる。


 余裕ができれば文化が育つ。


 他の魔獣や魔物の脅威は変わらずそこにあったが、それでも一番の脅威が取り払われたことにより、人々の暮らしぶり……総じて文明はこの時期を境に大きく発展していった。


 明日を生き抜くことで精いっぱい。


 必要最低限のモノだけあれば良いという慎ましやかな生活だけで満ち足りていた時代は終わった。


 多くの人々はどうすれば他の者よりも豊かに暮らしていけるかということに執着した。


 とりあえず屋根と床と壁だけが備わる同じような木造の掘っ建て小屋が織りなしていた町並みは丈夫で機能的な石造りの建物へと変わり、その中でも隣家に負けてなるものかと個性や趣向をこらした装飾で飾りたてたものがちらほらと見え始めた。


 市場を見渡せば同系統・同系列の品物を扱う商店が狭い範囲に固まって価格やサービスの優劣をせめぎ合い、それに引っ張られるように生産業や運輸業の品質向上、保険商材の充実、金融業種の規模拡大などが起こり、産業面が目を見張るような進歩をとげた。


 まさに革新。


 各々に芽吹いた小さく個人的な競争意識がぶつかり合う熱量が、最終的に文明という途方もなく大きな流れとなって世界を揺り動かしたわけだ。


 そして余裕ができ、文化が育ち、文明の裾野が広がれば広がるほど次に押し出しが強くなるもの。


 それは欲である。


 一度隣の芝生が青く見えてしまった瞳は手前勝手に『隣』の定義を際限なく拡張させた。


 隣の人から隣の集落。

  隣の集落から隣の街。

   隣の街から隣の国。


 建物の豪華さや工業技術、学術研究などの競い合いは、ついに国と国との領土や主権の奪い合いにまで発展してしまう。


 ……戦乱の世の始まりだった。



 大陸に散らばる大中小様々な国々は、こぞって自国の覇権と永劫の栄華を求めた。


 あちらに希少な鉱石が採れる山があると聞けば奪い。


 あちらに画期的な技術が生まれたと聞けば盗み。


 あちらで国同士の小競り合いがあったと聞けば漁夫の利を狙い。


 こちらで頭一つ抜き出たと思ったところで侵され。


 週をまたげば国境線が目まぐるしく書き換わり。


 月をまたげば君主の首があっという間にすげ換わる。


 混濁、混迷、混沌。

  結託と裏切り。

   謀略に策略。


 ドラゴンという厄災の脅威から解放されて安寧を獲得したはずの人々は、今度は自分たちの手によってもたらされた人災に振り回され、疲弊した。


 時間にして数百年。

  死者の数にして数百万人。


 大小や種類を問わず被害を被った者と定義すれば、控えめに言っても大陸に生きるすべての者が何かしらの暗い影を背負い、その影はかつて暗黒期と呼ばれた時代などよりもっと暗く、もっともっと濃いものであったと後の歴史学者が皮肉交じりに総括したほどであった。


 誰もが疲れ、誰もがもはや自国の発展という当初の意義など見失っていた。


 誰もが疑心暗鬼となり、自国以外の者、果ては自国民のことですら信じられなくなった。


 さりとて今更引くに引けなかった。

  引くにはもう遅すぎた。


 終わりなど見えない。

  そもそも終わりなど在りはしない。


 誰しもがそのことを知りながら、抗う手立ても気力もない。


 そんな膠着と惰性による八方塞がり。


 時代が緩やかに、けれど確実に滅びへと向かっていた時。


 瀬戸際でそんな流れを食い止める国が現れた。


 その名もラクロナ。


 ≪幻世界とこよ≫創世期に生まれた始まりの国であり、今代まで大陸全土の絶対的統治者『帝国』として君臨し続ける軍事国家である。



 当時のラクロナは歴史と伝統こそあれど、特に抜きん出たもののない中規模の国家だった。


 同じ古国であるラ・ウールのように侵略も侵略されるのも良しとしなかった中立的立場を掲げるでもなく、勢力の拡大を謀る多くの諸王国の中の一つとして戦争に明け暮れた。


 戦果もまた他のご多分に漏れず、一進しては一退し、二歩進んでは二歩半ほど下がるといった具合にゆっくりと停滞し、破滅への坂を下っていた最中であった。


 どこにでもあるような普通の国。


 ともすれば静かに時代と時代との狭間へと埋没してしまうような中庸な国


 ……ただいつの間にか。


 そう、本当に人知れず、誰知らず。


 ラクロナは闘争から……いや、争い有りきという時世の流れ自体から身を引き始めた。


 ジリジリと縮められていく戦線。

  やんわりと緩められていく攻勢。


 敵対する諸王国のいくつかがその違和感に気づいた頃にはもうラクロナは完全に自国へと引きこもり、その守りの堅牢さは揺るぎのないほど強固なものとなっていた。


 他国は軒並み首を傾げた。


 一体、どうしたというのだろう?


 人権ですら容易く踏みにじられる世の中、防御を固めてみたところで今更守るべき価値のあるものなど残ってはいないはずだ。


 何らかの戦略的な意図があるのか?

  何某かの戦術的な意義が見出せるのか?


 狙いがまるでわからない。

  閉ざされた城壁の裏側に隠されているであろう本意がまるで見透かせない。


 その不気味な静けさとは何物にも勝る牽制の矛となり、不可解な沈黙はこれ以上ないくらいの盾となった。


 他国は戸惑い、警戒した。


 しかし、戸惑いも警戒も一手ばかり遅かった。


 他国がようやく頭を捻り始めたその迷いの間隙を縫い。

  ただでさえささくれだった神経に生じた新たな綻びを突き。


 ラクロナは急激に攻勢へと転じた。


 コインの表と裏を返すように。

  伏せたカードを満を持してめくるように。


 守りを整えた時の密やかさとは真逆の、急転直下にして実に鮮やで速やかな変転だった。


 ……頑なに閉ざされていたラクロナ城の城門が開け放たれてからの展開はもう、ただただ電撃的の一言に尽きる。


 畳みかけるように繰り出される奇策に次ぐ奇策。


 それまでの戦争の在り方を根本的に覆す戦略ないし戦術の数々。


 惜しげもなく投じられる資金によって強化された最先端から更に何歩も先に行く装備と、それを使いこなす兵士一人一人の練度の高さ。


 未知の科学技術に、既知でありながらも忘れ去られていた色とりどりの魔術。


 何よりそれらすべての軍事力を効率よく運用するができる統率力。


 破竹の勢いで押し寄せるラクロナの大波に、旧態然とした他国は文字通りなすすべもなく飲み込まれ、敗れ去った。 


 あの争いから退いていた空白の期間にラクロナ内部で何があったのか……。


 ただでさえ国家の中枢にいた一握りの人間のみだけが掌握していたと思われる真実は、最も重要な国家機密の一つとして現在でも王城の最奥にして最深部『ラクロナ帝国軍事資料図書室保管課保管書庫・VIBRIO《ヴィブリオ》』に封をされて保管されているらしく、その尋常ならざる厳重な警備体制を鑑みれば、もはや永久に日の目を見ることはないだろう。


 同時代に記された幾つかの文献による間接的なものや、盛大に尾ひれのついた噂や憶測だけは残っているものの、そのあまりにも劇的かつ飛躍的な変化をもたらした要因について説明するにはいささか決定打に欠けるものばかりだ。


 真相は深い深い闇の底。

 

 だがその真相はどうであれ、ラクロナ王国が長い戦乱の世で唯一無二の勝利者となった事実だけは変わらない。


 そしてその事実と史実とを照らし合わせた時に自ずと浮かび、人々の口から名が零れ出る一人の人物がいた。


 勝者の中の勝者。

 時のラクロナ王国の国王だ。

 

 彼が混沌の世の中にあってすでにただの貧乏クジと化し、何代目かもあやふやになった国王の座についたのが丁度あの国が引きこもりとなった頃。


 それから自らで戦いの前線へ赴き指揮をふるっては勝ち続け、領地を広げに広げ、最終的に各国が争いの先に夢見ていたハズの天下統一という宿願が今まさに現実に果たされようかという直前、彼は唐突に矛を納めて宣言した。



           @@@@@


 我が国ははじめから天下の統一になど興味はない。

 

 ただの一国、ただの一国家ごときに、この広大な大地のすべてを統べきることなどどうしてできようか。


 なまじできたとしよう。


 我が国がこの圧倒的な武力でもって諸君らを押さえつけ、権威者となったと仮定しよう。


 私は予言する。


 そんな栄華はただの泡沫。

 

 所詮は砂上に作られた砂の楼閣ほどに儚い幻想だ。


 より強い武力を携えた第二、第三のラクロナの手によって我が国はあっけなく座から引きずり降ろされ、また不毛な争いの日々が繰り返されることだろう。


 それは文化の衰退であり停滞である。

  それは進化の冒涜であり怠慢である。


 争いなど≪創世の七人≫という偉大なる方々によって作られたもうた尊き世界を破滅させるだけで、どのような明日にも我々を導いてはくれない。


 私たちはいつまでこんな過ちを、自らの可能性を食い潰し合うような愚行を続けるのだろう?


 諸君、振り上げたその手を取り合おう。

  諸君、ぶつけ合ったその肩を組み合おう。


 同じ世界、同じ大陸、同じ時代に生きる者として、我々は同じ舟に乗り込んだ同士だ。


 国と国とがともに手を握り、肩を並べて相互に助け合っていくことで、我らがこの大ラクロナ大陸は経済面、文化面、その他ありとあらゆる面で大いなる発展を遂げていくことだろう。


 これもまた予言だ。


 いや、これはもはや約束だ。


 確実に。

  そう、確実に訪れる約束された光だ。


 どうだ、争いしか知らぬ子供たちよ。


 そんな明日を、そんな未来を。


 みな、その目で見てみたいとは思わないだろうか?


 ならば行こう。

  ならば進もう。


 決して不安に思うことはない。

  何も恐れることはない。


 私が導く。

  私が手を引く。


 たとえまたドラゴンのような下等な害獣が脅かしても。

  たとえ他大陸の劣等な種族が攻め込んできても。


 我らの行く手を阻もうとするそれらすべて、私がことごとく薙ぎ払おう。

 

 不安にかられ、恐怖にすくんで立ち止まる時。

 

 諸君らの目の前に立った私の背中だけを見ていればいい。

 

 さぁ、行こう。

  さぁ、進もう。

   さぁ、ともに新たな時代の幕を開けよう。


 世界の主役は他でもない。


 ……我々だ。



          @@@@@


 大規模に展開された映写魔術によって中継され、全大陸民が固唾を呑んで見守る中、ラクロナ国王は壇上からそう高らかに宣言した。


 溢れ出る自信、滲み出るカリスマ。


 その強気な発言に説得力を持たせる威風堂々とした佇まいに、誰もが魅了された。


 あまりに耳障りの良すぎる単語に、そんなものただの理想論であり空論、統治を円滑にするための単なる戯言や甘言の類であると非難する声が上がったことも確かだった。


 しかし、それ以上に……。


 もう何年、何十年、何百年と続いているかわからずすっかり形骸化した戦争。


 戦の中で生まれて、戦の中で死ぬ。


 そんな希望も終わりも見いだせない世代に生きていた多くの人々の心には、彼の言葉は金言として響いた。


 まさに新しい時代を照らす、約束された光。


 それこそが果つることなき暗闇の中でそれでも人々が求めて止まなかった……。



 唯一の救いであったのだったのだから。


 

             ☆★☆★☆


 「……そして戦にまみれた混迷の時代は終わり、新時代……つまりは現在のようなラクロナ帝国を中心として回る時代が訪れたのです(クイッ)」


 「なるほど」


 「以上を持ちまして『異世界生活のすすめ・ラクロナってなんなのさ?』第一章を終了いたします(クイッ)」


 「ああ、なんかそんなのもあったなぁ」


 「なお参考資料といたしまして観光客向けガイドブック『遥かなるラクロナ大陸①~風立ちぬラクロナ編~』から一部抜粋および脚色を加えてお送りいたしました(クイクイッ)」


 「そのシリーズって本当にガイドブック?相変わらず前書きにリソース割き過ぎて無駄に分厚いけれど」


 「いえいえ、もちろんこれ一冊だけで賄いきれるものではありません。さらに参考資料といたしまして『偉人達のこえが聞こえる①~鳴り響くのは玉の音・初代ラクロナ皇帝~』から一部を加虚飾なくお送りいたしました(クイクイッ)」


 「絶対、同じ出版社から出てるだろ、それ?」


 「とはいえここまででようやくラクロナ帝国の起源です。続いて黎明編に差し掛かりますが少し休憩をいれられますか、イチジ様?(クイクイッ)」


 「……いや、大丈夫」


 「では続けます。あ、でも静かにこちらの話を傾聴なさる真面目な姿勢はとても素晴らしいですが、質問や疑問があったらその都度おっしゃって下さってもいいんですのよ。あなたの女教師・アルルが優しく何でもお答えいたしましょう(クイクイクイッ)」


 「……じゃぁ、早速一つ」


 「どうぞどうぞ(クイクイクイッ)」


 「そんなにクイクイしなくちゃダメなくらいその伊達眼鏡のサイズ、合ってないのかな?」


 「…………」


 ……いえ、ただ雰囲気出したかっただけですわ。

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