第六章・結成。討伐連合軍西方部隊ラ・ウール分隊~ ARURU`s view ③~

 ……と、言ってみたはいいものの……。


「彼について語れることってそんなにないんですわよね、実のところ……」


「…………」


 ああ、イチジ様。

  ああ、ああ、愛しい愛しい、イチジ様。


 あなたはなんと空虚な目をするのでしょう


 まるで無明が照らす深淵のように。

  まるで無限に拡がる虚空のように。


 ……そう、まるで。


 「まるで、未だくっつくでも離れるでもない半端な距離感が歯がゆくはあるけれど、紛うことなくいい感じに醸し出された、淡いピンクを主体とした塗りと細く優しいタッチで描かれた一枚絵のように柔らかなラブい空気感に流されるまま格好つけてみただけの残念ヒロインを見るような平坦な目、じゃな」


 「寸分違わぬ的確さ!!」


 どこからか湧いて出てきた性悪幼女の言う通り。


 さきほどまでの雰囲気も、わたくしの心情も。


 イチジ様のもはや呆れを通り越し、哀れみをやり過ごし、諦めのその先へと辿り着いた末にまったくの『無』と化した平べったい瞳の形容まで、まんまそのままですわ。


 「いやいや、お主はホントにハズさんのぉ。にょっほっほ」


 「お約束扱いされるのは甚だ心外ですけれど、何も言い返すことのできない最近のわたくしのイロモノ感……」


 「アル坊よ。お前こんなにアホな子であったか?」


 「そして、イロモノ枠の代表格にもアホ呼ばわりされるこの始末……ははは……」


 もう乾いた笑いをこぼす以外、アホで愚かな残念ヒロインにできることなんてありませんの。


 わたくしってこんなポジションでしたっけ?


 ははは……。

  ははは……。

   ……さて、死のう。


 「えっと……はい。及ばずながら私がお話を引き継がせていただいてもよろしいでしょうか?(クイッ)」


 イチジ様の瞳にも勝る圧倒的な虚無感に心まで沈みいこうというところ。


 とってつけたエセ眼鏡などでは到底醸せない本物の知性的色香を振りまきながら、我が右腕、ブレることなく常識人ポジションを一身で担い続けるアンナベル=ベルベットが、雑然とした場を整然へと整えるべく足を踏み出します。


 「何も姫様が、えっと……決してアレだからアレなわけではなく、実際、語るべき情報が乏しくアレなものであるというのが確かな現状なのです、はい」


 さすがは誇るべき我が右腕。


 こちらを気遣うあまりにお茶を濁し、アレアレと連呼することでかえってわたくしのアレさが際立つことにも気づかずに、話の続きを引き継いでくれます。


 「元帝国軍第一中央近衛部隊所属、デレク・カッサンドラ大佐。任務の管轄ごとに第一から第八まで区切られた帝国の軍部の中でも選りすぐりの者のみだけで構成された第一中央近衛部隊において当時、隊長という実務・現場面でのトップにいた彼が更にその上の権限を持った直属の上司、部隊事務方の長である少将を自らの手でもって殺めたこと……。それがすべての始まりであり、すべての帰結とも言えるでしょう」


 「帰結?」


 再び目に光を取り戻したイチジ様が問います。


 「はい。ようするに『革命の七人』という組織の在り様を象徴……凝縮しているような事件だったということです。……それで合っていますでしょうか、姫様?」


 「ええ、もちろんですわ、アンナ。帰結に凝縮……その表現は実に言い得て妙ですの」


 白昼堂々、ラクロナ皇帝のお膝元たる総督府で起こった少将殺害から数えて約三年。


 ただデレク・カッサンドラという一個人が発起した反逆は、彼の理念に賛同、共感……あるいは便乗する者が日毎に増えていったことで組織という体を成し、気が付けばラクロナ大陸全土を巻き込む新たな戦争を引き起こしかねないほどの脅威を持った一大勢力までに膨れあがりました。


 ……しかし、その組織の根底にあるのはいつでも一つ。


 単純な構成員の数にしろ活動の地理的・内容的な範囲にしろ、組織がどれだけ無尽蔵な拡大をしていこうとも……そのすべての根幹は彼らが唯一にして絶対の大義として掲げるものにのみ集約されてしまうのです。


 「内政腐敗をこじれにこじれさせた、ラクロナ帝国の打倒……ですわ」


 「ああ、なるほど……」


 納得、といった風のイチジ様のご様子。


 ええ、そう。


 聞けば誰もが得心がゆく、単純と言えば単純な話なのです。


 亡くなられた方をあまり悪くは言いたくありませんが、殺害された少将は軍の内外を問わず、いわゆる悪代官的な悪評が後を絶たない者でした。


 そもそも帝国はゴリゴリの軍事国家で、軍が政すべてを掌中に収めています。


 しかし、『将』とつく階級から上は実戦経験などほぼ皆無。


 それどころか戦闘訓練でさえまともに受けたことのない文官ばかりで構成されており、ベタベタと大仰な勲章がぶら下げられた軍服の中身は、軍人というよりただの政治家と言っても差支えはないでしょう。


 いえ、決してそのことを批判する気は毛頭ありません。


 一応、これでも一国の姫君なぞやらせていただいており、しかもそこらの美しいだけであればよい姫君よりもよほど国の運営に直接関わっていると自負するわたくしですから、『武』だけで国家が成り立つべくもなく、むしろそういった『文』に携わる人間こそが政を回しているのだとも理解しています。


 たとえ民衆から選出された代議士であれ。

 国王以下、話し合いによって選抜される議会議員であれ。


 あくまでも軍の一部門の担当として政治部に配属される軍人であれ……です。


 そしてかの少将はそんな中でも実に政治家らしい政治家、それも見事なまでに『負』の側面のイメージをなぞりいくタイプでした。


 何代にもわたる世襲によって築かれた地盤の強さをこれでもかと活用し、安楽椅子に腰かけたまま一足も二足も飛ばして駆け上がる地位。


 権力に物を言わせた政・財界各方面への癒着につぐ癒着。


 カネにお酒に女にと遊興につぐ遊興。


 横領に搾取にゆすりにたかり。


 それはそれは絵に描いたような腐った政治家軍人でした。


 「まぁ、珍しいことではないじゃろ」


 いつもと変わらぬ軽薄そうな笑みを浮かべながらリリラ=リリスは皮肉げに言います。


 「特別そやつだけが悪人というわけでもなく、またラクロナという国だけに限ったことでもなく。何某かの組織があり、そこで大なり小なり何らかの権力を持ち得た者がいるのならば、その権力という紛れもない『力』の一つを振るうことで己の欲望を満足させることができる安易さを覚えてしまったのなら、生温きそんな泥濘にズブズブと浸ってしまうのは人間の道理じゃろう」


 誰もが聖人のように高潔ではありません。

  誰もが君子のように人格者になれるわけでもありません。


 無欲にもなれなければ、我欲と真っ向から向き合い己を戒めることだって難しい。


 誰だって幸福になりたい。

  誰だって楽して生きていきたい。


 それは人として当然備わった欲であり道理でありさがであり、つまりは本能。


 ……いつでもどこでも誰にでも当然起こりうる、極々自然な堕落です。


 「その中でも特に政治家と呼ばれる人種が持たされる力は、やはり『国』という大きな器を動かしうるほど強大じゃからな。大きい分だけそりゃ振るうたびに目立ってしまうものじゃし、目立つ分だけ衆目の目にもつきやすく、目にもつきやすいから一際悪く見えてしまう。偉大なる初代皇帝閣下の光を具現化したはずの大ラクロナ帝国(笑)しかり、夢と希望とお菓子の国『スイーツ・エデン』しかり、な。……でもそんな具合じゃ、どこぞの古き良き小国だって例外ではないじゃろうに。……のう?どこぞの国の第一王女様よ?」


 「っつ!あなた、姫様に向かってなんて口を!!」


 「いいんです、アンナ」


 「で、ですが……」


 「ええ、いいんです、いいんですの……」


 別に自分が住まう国だけは……自分が王族として暮らす愛すべき国だけは他とは違うだのとムキになれるほど、もう純粋ではいられません。


 交易が盛んで活気が溢れる城下の営み。

 古さと新しさとが混在する美しい街並み。

 雄大に拡がる強くて厳しくて、けれどどこまでも優しい海や山などの大自然。


 目に映るモノすべてがキラキラと輝いた頃とは違います。


 どうして一国の姫であるわたくしが討伐軍の、それも一部隊の指令官などしているのか。


 どうしてこの広い玉座の間にいるのがたった七人、それも大多数がラ・ウールとは関係のない者だけなのか。


 どうして会議をする議事堂や他の部屋ではなく、わざわざ押し込まれるようにここにいるのか。


 ……どうして。


 ……どうして本来玉座に座していなければならない国王がこの場にはいないのか。


 汚いモノや醜いモノ。


 悪や害をなすモノなどこの世に一つもなかったあの頃とは……。


 もう、何もかもが変わってしまったのですから。


 「アルル……」


 「にょっほっほ。小娘風情が一丁前に達観したことを言っとるぞ、マスターよ?」


 「……うん、そうだな。ホント、一丁前だ……」


 静かに、小さく首肯するイチジ様。

  邪気まみれな無邪気さで笑うリリラ=リリス。


 わたくしのような小娘では足元にも及ばないくらい、人生の酸いも甘いも嚙み分けてきた年長者二人が、それぞれ違った想いを込めた同じような黒い瞳で、わたくしを見やります。


 「そうやって要らぬ格好をつけていると、また盛大にやらかすのがオチじゃがな」


 「そのやらかしも含めて、今の自分が盛大に空回っていることは自覚していますわ」


 「よいぞよいぞ、若人よ。にょっほっほぉ」


 「茶化さないでくださいまし、このロリババア……」


 「……その元大佐殿も、自分の空回りには気づいていたんだろうか」


 「うーん、どう……なのでしょう?」


 イチジ様の問いかけに、わたくしは少しだけ考えこみます。


 「さきほどアル坊も言ったことなんだが、誠、デレク・カッサンドラ個人についてはほとんど語れることがないのだ、タチガミ殿」


 そしてわたくしが思考した少しの間、それまで口は出さずともイチイチ大きなリアクションが目の端でチラついて正直何か喋るよりもよほどうるさかったギャレッツが割って入ります。


 ……しかし実際、『革命の七人』が起こした各事件の詳細ついて一番詳しいのは他でもない、この赤熊です。


 「なにせ表にはまったく顔を出さない、大袈裟な宣言も主義主張の訴えも一切ない。手配書も大陸全土にまかれてはいるが、それに使われた顔写真もまだ軍にいた頃の古い物が使われていて更新もされない。……あまりにも公の場に姿があらわれないものだから、実はもう密やかに始末されているのではないか?革命の徒にとってもはや伝説級にまで高まったその名だけを借りているのではないか?などという類の流言飛語さえ聞こえてくるくらいなのだ」


 「ミステリアスな悪の親玉か」


 「都市伝説かのぉ」


 「しかし、親玉の存在の有無はこの際関係がない。吾輩たちが目を向けるべきは『革命の七人』という組織そのものだからな。……帝国ならびに各国各地で文字通りに『革命』をうたいながら起こしてきたテロリズム。その大半はやはり公私問わず黒い噂の立っていた要人の暗殺やそれらの者が囲っていた企業・施設の破壊工作など過激なものばかりだ。……さらに最近では政治色の薄い、あるいはまるでない人身売買や薬物取引など、非倫理的な行いでシノギを稼ぐ裏社会の打倒にまで手をのばし始めている」


 「……まるで義賊というか……正義の味方?みたいな感じだ」


 「否。『みたい』ではなく、正義そのものなのだ。少なくとも彼らの中では」


 「なるほど」


 「おそらくではあるが、勢力の拡大とともに掲げる『革命』の解釈もまた広がっていったのであろう。何も帝国や統治する国に仇なしたい組織は『革命の七人』だけではない。目先が多少ズレていても同じような志、同じような理念を持った反体制組織を共闘なり取り込みなりした結果生まれた変化だ。……そして拡大と変化のあまりの急進ぶりにいよいよマズイと思った帝国が『ラクロナ大陸諸王国機構』を介し、満を持して発令したのが『反帝国組織討伐連合軍』の結成。帝国と10の諸王国すべてが合同で一個の強力な軍隊を創り上げ、一丸となって大陸の平和を脅かす逆賊を討伐せしめようというわけだな」


 「……なるほど。帝国も手段や面子にこだわっている場合じゃないほど、相手の脅威がすごいことになっているのか」


 「然り。……ちなみに最新情報によれば、今も粘り強く生き残っていた『ドラゴノア教団』も新たに『革命の七人』の傘下へ加わったらしいぞ」


 「え!?」


 「わたくし、それ初耳ですけれども!」


 「ああ、吾輩もつい今しがた耳にしたばかりだからな。すまんすまん」


 驚くわたくしとアンナを尻目に、一つもすまなそうな感じもない軽さでギャレッツは謝ります。


 「随分と過敏に反応するな、二人とも?……ああ、そうか。先日の騒ぎはドラゴノアの聖堂で起こったのだったな」


 「だからというわけでもないのですが……」


 わたくしも、そしてアンナもチラリとイチジ様の顔を盗み見てしまいます。

 

 「……ふむ……」


 しかし、当人はいつもの無表情のままで何か他のことを考えこんでいる様子で、別段、気にしたような素振りもありません。


 現界したドラゴン。


 魂に内包された≪龍遺物ドラゴノーツ≫。


 水神の祠で見つかった≪龍神の子≫。


 ≪獣化≫を越えた≪龍化≫。


 既に風化しつつあったドラゴンを神として狂信、崇拝するドラゴノア教の名を何故だかここのところ良く耳にするようになったのは、果たしてただの偶然なのでしょうか。


 「……イチジ様……」


 わたくし自身も決して他人事ではなく、何より愛しい殿方が厄介事のその渦中の中心となって一波乱起きるのではないかという不安が。


 漠然と、しかし妙に嫌な感じのする硬質な質量をもってして、わたくしの胸を重たくします。


 「それほど気になるか?だが吾輩も久しく聞いていなかった名であったし、おまけに戦力としては微々たるものだぞ?」


 「……それでも一言くらい欲しかったですわね……」


 「いや、なに。やけにめかし込んだアル坊が……あの、なんだったか?白い板切れをえっちらおっちら必死に工房から引きずってきてまで始めたこの講義に水を差すのもどうかと思ってな」


 「いつも傍若無人なのにどうして変なところでいきなり空気読もうとしたんですの!?ってゆーか見てたんなら手伝って!!」


 ホワイトボードが工房の扉にひっかかって一人で運び出すのかなり大変だったんですからね。


 「いつも余計なことを言ってうるさいと注意されるではないか」


 「だからなんでいきなり殊勝に!?無駄打ちしないで貯めておいて!!」


 まぁ、元から器用な人ではないですが、反省するタイミングまで不器用とかホント真性ですわね、この熊さん。


 そして絶対、この先本当に空気を読んで欲しい時に余計なことを言ってうるさいと注意されるフラグです。


 ええ、絶対。


 「……なるほど……」


 真面目モードのイチジ様は騒ぎも意に介しません。


 この方もこの方で大概、空気を読みません。


 いえ、正しくは過分に読んでおきながら『関わると面倒くさいのであえて無視しちゃおうか』という傾向にありますわよね。


 ……もちろん、そういうところもクールでいいのですけれども。


 「……うん、大体やるべきことがわかった。みんな、アルルもアンナもギャレッツも、わざわざ時間を割いてくれてありがとう」


 「え?あの、いえ……」

  「えっと……」

   「ふむ……」

 

 深々と頭を下げるイチジ様に、名指しをされた三人は各々で少なからず戸惑います。


 「それと、みんなそれぞれに仕事や役割があって忙しい中、俺の為に貴重な時間を使ってもらってごめんなさい」


 元々が律儀で、何より良くも悪くも素直な殿方。


 『ありがとう』や『ごめん』などをサラリと淀みなく口にできる方ではありましたが。


 その『ありがとう』は初めてです。

  その『ごめん』は初めてです。


「だけど、おかげで俺がやること、この≪幻世界とこよ≫という異世界で俺がやらなくちゃいけないことがハッキリとしたよ」


 こんな大勢に向かって、こんなに長いセリフを言うだって初めてです。


「い……イチジ様……?」

 「……イっくん……お主……」

  「……っち……バカじゃねーの……」


 あのリリラ=リリスですら、珍しく素の表情を浮かべています。

  終始、傍観者を決め込んでいたゼノさんもどこか苦々しく顔をしかめます。


 「もうホントに何にも残っていない俺だけれど。こんなにカラッポな俺だけれど。……アルル?」


 「は、はい!」


 ああ、なんでしょう、この『ありがとう』を聞いて込みあがる切なさは?。

  ああ、ああ、なんなんでしょう、この『ごめん』が切り裂く胸の痛みは?


 さきほど柱を背に隣り合い、交わし合った優しい時間。


 やっぱりあなたは『ありがとう』、『ごめん』と言いました。


 その時に感じた、あの幸福と喜びとまったく真逆です。


 ほんの少しでもあなたを救えたのだと思えた達成感が、何故だか激しい焦燥感へと変わります。


 「君には本当、いつも助けられて、いつもいつも感謝してばかりだ。そしてここで、また改めて言わせてもらう……」


 ……イチジ様が、笑った。

  ……え?笑った?


 無感情で無表情、心なんてないヒトデナシだなんて常日頃からうそぶくイチジ様が……。


 微笑みや口角を少し曲げたとかではなく。


 静かで、とてもか細く。

  今にも消え入りそうなほど儚くも。


 確かな笑顔をわたくしに向けました。


 「俺を異世界ここに連れてきてくれて、ありがとう」


 「…………」


  ……いや。


 「俺に役目をくれて、ありがとう」


 「…………」


  ……いやです。


 「俺を必要としてくれて、ありがとう」


 「……や……て……」


  ……やめて。


 「こんな俺の空白を、こんな俺の空虚を埋めてくれて、ありがとう」


 「……もう……やめ……て……」


 ……やめて。

  ……やめて。

 

 ……聞きたくない。

  ……もう、これ以上は聞きたくない。

 

 ……お願いだからこれ以上、何も言わないで。

  ……そんな満ち足りた笑顔でわたくしを見つめないで。


 「こんな俺に生きる場所を、生きることを許してくれて、ありがとう……」


 わたくしはあなたをずっと見ています。


 これまでも。

  こうしている今だってそう。


 恋する乙女の目と耳は、いつだってあなたの一挙手一投足を気にしています。


 あなたが何かを見つめるのと同じくらいの真摯さで、わたくしはあなたのことを見ているんですのよ?


 ……だからこそ。


 そう、だからこそ。


 初めて見せてくれたハズのその儚い笑顔。


 そこに隠された、笑顔よりも、もっともっともっともっと儚げな何かが……。


 わたくしには……わかっちゃうんですからね。


 「生きていく意味を与えてくれて……そして……」


 「やめて……」


 

   ―― 死に場所を与えてくれて、ありがとう ――



 「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



       ジュドォォォォォォォォンンンンンン!!!


 その時、まるでわたしの悲痛な叫び声をかき消すかのごとく、猛烈な爆裂音が玉座の間に響き渡ります。

 

「え?」


 その間の抜けた疑問符つきの言葉が誰の物だったか、正直、判然とはいたしません。

 

 ただ、そんな呆ける余裕なんてなかった、わたくしでないことだけはハッキリとしていますし……。


 やっぱり、タチガミ・イチジというカラッポな器を優しいモノだけで満たすには……。


わたくし一人などではまだ、無理だったということだけは……。


確かな胸の痛みをもって、痛感できたのでした。


 

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