第五章・その男、漢につき~ICHIJI‘S view④~

 「ふん!!」


 ドゴォォォォンン!!


 「ふぅん!!」


 バゴォォォォンン!!


 「ふふふふんんっ!!!」


 ビャギャァァァンンン!!



 おそらく、ごっこ遊びに興じる男児の口からしか紡がれることがないであろう擬音の数々。


 しかし、一たび文字に起こしてみると不思議とそうとしか聞こえない轟音の歴々。


 ドガァァァァン!!

  バゴギャラァァァァァンン!!


 子供の遊びなどではなく、実際にこの美しい庭園の地面へと無数のクレーターが穿たれていくさまに、ふと『粉骨砕身』という四字熟語が俺の頭をよぎった。


 力の限りに一生懸命頑張るとかそういった意味合いだったと思う。


 そんな意味の面においてこの場に相応しくもなければ、話の前後の脈略という点においてもまたおかしな表現だ。


 骨がすり減って粉状になるまで足掻き。

  身のあちこちを万遍なく破砕するまでもがき。


 それでも何かを成し遂げようと躍起にならなければならない場面だと、そう俺の脳は判断を下したのか?


 ……いやいやいや。


 さすがにちょっと大げさに過ぎるだろう。


 とりあえず明日から本気を出そうとしている引きこもりのニートよりも毎日を怠惰に過ごしていた俺に、そんな努力の最上級みたいな熟語が似合わないことはともかく。


 言語野を盛大にトチ狂わせるほど脳ミソがパニック状態になったわけでもない。


 俺は至って冷静。

  至って至らない、普段の俺のまま。


 だからこそ『粉骨砕身』という言葉を想起してしまった俺は何も間違っていない。


 これが『古今東西』だとか『拍手喝采』だとかがよぎったのなら、それは確かに変だろう。


 もしくは『閉店時間』だとか『割烹料亭』だとか『焼肉定食』だとか『焼魚定食』だとか『朝市定食』だとか『山菜蕎麦』だとか『カレー南蛮』だとか『鍋焼きカレー膳』だったなら、それはもう精神科直行レベルの神経衰弱だろう。


 俺はまともだ。

 

 不適切な四字熟語表現をおかしいものだと判断できるし。

 

 中盤のそれは単に四個の文字の羅列というだけのモドキだと理解できるし。


 後半はもう文字数という枠からはみ出て、ただ蕎麦屋のカレーが食べたい人になってしまっているだけというのもわかっている。


 なんなら『閉店時間』の辺りからやけに食べ物屋関係に偏り『あれ?朝ご飯食べたばかりなんだけどお腹空いてるのかなぁ?』くらいの深読みだってちゃんとできている。


 そうだ。

  俺はまともだ。

   俺は何一つ間違ってはいない。


 間違っているのは世界だ。


 いつだって、世界は俺とは反対の意見を正論と称して振りかざすんだ。


 どうしてだ?

  どうして蕎麦屋でカレーを頼んではいけない?


 いや、いけないとまでは言っていないのか?


 だけど、どうして『ああ、うん。お蕎麦屋さんのカレーって美味しいもんね。わかるわかる』と若干、小馬鹿にした風味で言うのだ?


 なんだそれは。

  いいじゃないか。


 正規のメニュー表に載っているのだ。


 何が悪い。


 そうして自分がシンプルな『もりそば』を頼むことで……残ったカエシを蕎麦湯で割り、あらかじめ寄せておいたネギとワサビを足して最後に飲み干すことで『やっぱりここまでがソバだよね』と通ぶりたいなら勝手にやっていればいい。


 風味?のど越し?


 そんなものは知らない。


 俺はその時カレーの気分だった。

  舌はもうずいぶん前からカレーを受け入れる態勢に仕上がっていた。


 心でも、そして体でも俺はカレーを欲していた。


 求めていた。

  渇望していた。


 誰も俺を止められない。

  誰も俺を縛れない。


 俺は……何も悪くはないんだ。


 ………

 ……

 …


 「ふぬぬぅぅぅぅんん!!」


 「……っ!!」


 バギャラバラァァァァンンンン!!


 ……危ない危ない。


 あまりの急展開および冗談みたいな効果音に思考が一瞬、わけのわからない挙動を取り始めた。


 一体、俺はさっきまで何を考えていたんだろう?


 何か随分とイデオロギーとかアイロニーとかアンチテーゼとかなんだかそれっぽいモノが随所に散りばめられた高尚な思考活動をしていた気もするけれど、まったくもって覚えていない。


 おかげで迫りくる大斧の直撃を受け正中線に沿って真っ二つになった挙句、身が砕けて骨がすり潰されそうになったじゃないか。


 「がっはっは!!あっぱれな身のこなし!!」


 そしてその凶刃を振るった張本人は、変わらぬ調子で豪快な笑い声を上げる。


 「しかし今のはギリギリであったなタチガミ殿?何か心ここにあらずと言った感じだったが」


 「ちょっと哲学を」


 「ふむ、貴殿は頭脳労働もいけるクチのようだ」


 「四文字の熟語の語彙になら自信がある」


 「なるほど。……だがタチガミ殿?僭越ながら忠言させてもらうが……」

 

 ヴョゴバラァァァァンンン!!


 「もう少し集中した方がよいのではないか?」


 「……そうみたいだ」


 ボババァァァァンンン!!


 「そして躱す、か」


 「まだ死にたくないし」


 「吾輩、手心を加えているつもりはないのだがな」


 ボギャラババァァァンンン!!


 「己の非力が嘆かわしい」


 「いや、非力の人が立てられる音じゃないからね?さっきから」


 「ギャレッツ!!!」


 「団長!!!」


 殊更に大きく振りかぶって放たれた重たい重たい一撃の衝撃波に空気までもが震える中、俺とギャレッツの間に三つの影が割り込んできた。 


 「あなたねぇ!?登場した時から……いえ、思えば出会った頃からそうですけれど……ホント何でもかんでもいちいち唐突ですの!!なんで助走も前置きも暖機もなくいきなりフルスロットルからのベタ踏みですの!?タイヤの減りやギア比を考慮したりできないんですの!?奏でるような回転数の上げ方とか流れるようなシフトレバー操作にもう少し美学とかもてないんですの!!??」


 「ちょっと何を言っているのかわからんぞ、アル坊」


 「脳と運動神経が直列駆動で直噴ターボみたいというたとえですの!!」


 「たとえが車すぎる」


 走り屋系お姫様とか斬新だなぁ。


 「団長の行動がいつも突然なのには慣れていますが一度落ち着いてください」


 「吾輩は落ち着いているぞ、ベルベット」


 「……そうですか。ではオチてください」


 「伸ばすな伸ばすな。真っすぐ頸動脈に向かって影を伸ばしてくるな」


 足元からヌラリとした影を這い寄らせたまま、冷めた目でメガネの弦に手をやるアンナ。


 口調こそ静かだけれど、言ってることとやってることがこちらも峠でも攻めてるみたいに過激だ。


 「それに、お前の足にしがみついているココ殿の方が今にもオチそうだが?」


 「……きゆぅぅぅ……」


 「はっ!す、すいません、ココさん!!大丈夫ですか!?」


 アンナの足にもたれかかるようにして、ココがクルクルと目を回していた。


 ずっとスカートの裾を掴んでいたところ、アンナが瞬間的に発揮した武芸者としての健脚の巻き添えをくってしまったらしい。


 「らしくない慌てようだな、ベルベット。それほどまでにタチガミ殿の身を案じているということか」


 「その恥じらったような表情、実に年頃のオナゴらしい」


 「くぅ……」


 「普段からそんないじらしい態度をもっと他の者にも示してやれば嫁の貰い手にも困らんだろうに。がっはっは!!」


 羞恥から頬を赤くするアンナ。


 何というか、上司のセクハラに健気に耐えるОLみたいな絵面だった。


 下心なんて微塵もないであろうギャレッツの発言だからこそまだ許されるけれど、世が世なら……人が人なら問答無用で訴訟沙汰になっていたかもしれない。


 「なに心配するな二人とも。これは単にタチガミ殿の力量を計るための戯れ。なにも取って食おうというのではない」


 「力量って……わたくしのまとめた報告書だけでは不服でしたの?」


 アルルはそういう本人が何より不服そうに言う。


 「原初の型へと返ったホーンライガー。統率された動きを見せたサラマンドラ。他にも低級・中級クラスの魔物や魔獣をイチジ様は倒されてきました。……それも予備知識などなく、まだ転生を果たさない不安定な体のままで」


 「もちろん目は通した。もともと知能や肉体面で備えた潜在能力が極めて高いホーンライガーの先祖返り。しなやかで強靭な筋肉から放たれる爪や牙などの攻撃だけではなく質の高い魔力砲を放ち、気性もすこぶる荒いとくればその危険度の格付けは中級の中でも上位にくるだろう。そしてサラマンドラ。昔、一度だけ南方への遠征に出向いた際に遭遇したことがあったが、確かに吐き出す炎は厄介な代物であった。それが複数個体で徒党を組んでくるとなるとなおさらだろう」


 「加えて昨日の旧ドラゴノア聖堂での一件です。……アンナ、お願いしますわ」


 「はい。こちらも既に報告済みのことですし、先ほどまで話題にも挙がっていましたので詳細は省きますが」


 「ゼノ青年か」


 「はい。ゼノさん……かつてドラゴンという世界の覇王を唯一打倒せしめる存在だと言われていた獣人族・≪王を狩る者セリアン・スロープ≫。その実力は文献や伝承で語られてきたものと比べてもなんら遜色はありませんでした。種族としてのものなのか、彼が備えた才覚によるものなのか、はたまたそのどちらもなのか……。直接、相対した団長ならばよくおわかりになったはずです。ゼノさんの有する戦士としての技量の類まれなる高さが」


 「ああ、そうだな。純粋に武力だけで言えば現時点でも近衛騎士団の幹部並みかそれ以上、そしてまだまだ伸びしろが期待できる年の若さと己の強さに貪欲なあの性格も加味すれば、あれほどの逸材は大陸全土を見渡してみてもそうそういないだろう」


 「そのゼノさんとイチ……タチガミ様は互角に渡り合っていました。私も気配にまったく気が付かなかった遠方からの初手を防ぎ、姿を現した敵の危険度を一瞬で見抜いて即時退却の判断を下し、それが叶わないとみるや連携などとったことのない私を巧みに絡めた戦術へとすぐさま移行し……獣化をしたゼノさんの放つ威圧感にあてられてすくむばかりであった私を守るように果敢に切り込んでいき、オーバーフロウという更なる脅威にも屈せず、そして最終的には勝利しました」


 「獣化……実際に目にしたことはないが、その力こそ獣人族を伝説たらしめる最大の要因と聞く。そんなゼノ青年から勝利を勝ち得たタチガミ殿の実力は、なるほど、確かに素晴らしいものなのだろう」


 「ですから、ギャレッツ。もうそんな物騒なモノを振り回すのは止めてくださいまし。イチジ様も驚異的な回復力をみせはしましたが全快ではないですし、何よりわたくしの庭園にこれ以上ポコポコとクレーターを作られてはたまったもんじゃないんですの」


 「そういえばほぼ死に体で運ばれてきたと聞き及んでいたが、さきほどの動きを見る限り、大事ないのだろうか、タチガミ殿?」


 「ああ、問題ない」


 「ふむ、それもまた異世界人の妙……か」


 「…………」


 ……まただ。


 「というか瀕死のケガを負っているという情報を知っていながら随分容赦なく攻撃していましたわね……」


 「うむ、あまりに見事に躱されるゆえ、すっかりムキになって忘れてしまっていたのだ」


 「……直噴ターボ……」


 「一人の武人として強い相手とまみえることは、いつだって血沸き肉躍る体験である。それが獣人族や異世界に生きる戦士など、初見であればなおさらのこと」


 「…………」


 ……ギャレッツの言葉に俺は引っかかりを覚える。


 異世界。

 異世界人。


 たびたび彼の口から零れるそのワード。


 そこに含まれる意味や、それを口にする彼の意図がどうにも俺の思っているものと少しだけニュアンスが違うようなもののような気がしてしまう。


 異世界。

  ≪現世界あらよ≫。


 異世界人。

  ≪現人あらびと≫。


 ギャレッツにとって俺はまさしく異世界から来た異世界人。


 好奇心?

  あるいは警戒心?


 まぁ、珍しさと胡散臭さは折り紙つきだし、なんならその折り紙にお墨を付けたうえに太鼓判を何個も押したっていい。


 だけど、それもなんだか違う。


 多少、含まれてはいると思うけれど決して根幹じゃない。


 あえて言葉にして言うならこれは。


 「しかし、期待通りの俊敏さであったぞ、タチガミ殿」


 そう、期待。


 異世界人とはどこまでやるのか。


 「書類や口頭だけで判断するのは不安だったわけなのだが……」


 そして不安。


 異世界人とはどういったものであるのか。


 周りの評価は高けれど、結局は得体の知れない存在である者をすんなりと受け入れていいものか……。


 そんな期待と不安の入り混じる感情に白黒つけるため、ギャレッツ・ホフバウワーはその斧を振るったのだった。


 「認めよう。貴殿が『革命の七人』討伐部隊の戦力足り得るということを」


 「ふぅ……では騒がしくなりましたが、これでとりあえず万事解決ですわね。さぁ、あとは一度宮廷内に戻り……」


 「……だから、ここからはまったく吾輩の個人的な興味だ」

 

 バギャラァァァァァンンンン!!!


 「っつ」

  「え?」

   「な!?」

    「きゅぅ……」


 アルルとアンナ、二人の間を抜けて再び振り下ろされる大斧。


 「心行くまで貴殿と仕合いたいのだがどうだろうか、異世界の戦士よ?」


 そこに込められていたのは純粋な興味。


 一武芸者として。

  一人の男として。


 己が認めた相手と真剣な勝負をしてみたいという、なんとも彼らしい感情だった。


 「貴殿と相対するとどういうわけか体が疼いて仕方がないのだ、タチガミ殿。体だけではない。吾輩の中に流れる戦士としての血。高みを目指してやまない心が、貴殿と仕合えと駆り立てるのだ」


 「ちょ、やめ……」


 「団長!」


 「それに拳での語らいというには、まだ貴殿からの攻めを受けてはいない。もう少し互いのことを分かり合う為にも、どうか吾輩の拳に応えてはくれまいか?」


 「…………」


 「イチジ様!応える必要はありませんわ!」


 「そうです!団長もお願いですから武器を引いてください!またオトしにかかりますよ!?」


 またしても庇うように俺の前で両手を広げるアルルとアンナ。


 ほとんど治っているとはいえ俺の傷を心配してくれているんだろう。


 アルルは常に傍に仕えて守ってくれる者として。

  アンナは自身も属する組織内で長を務める者として。


 ギャレッツの実力と頼もしさを十分に理解し、俺が絶対に無傷では済まないことが目に見えているからこそ必死で彼をなだめようとしてくれている。


 「……ありがとう、二人とも」



 ポン……



 感謝の言葉と共にアルルの右肩、アンナの左肩へ俺はそっと手を置いた。


 「イチジ様?」

  「イチジさん……」


 「体はホント大丈夫だから」


 「ま、まさかこんな意味のない戦いを受けるつもりですの、イチジ様?」


 「あれだけ真っすぐ、しかも熱烈に求められちゃね……」


 「私は同意しかねます……」


 「浅はかかな?」


 「……はい。浅はかで、愚かで、救いようのないバカ野郎かと」


 「手厳しいな、相変わらず君は」


 「ふん……」


 「それに、もう少し彼には聞いてみたいことがあるんだ。それならば拳をぶつけた方が早いみたいだし」


 「聞きたいこと……ですの?」


 「まぁ、色々と……ねっ」


 ギュイン!


 女性陣二人の肩を支えに前宙の要領で跳躍。


 丁度、体が地面と垂直になったところで足を目いっぱいに伸ばす。


 そして回転の勢いを殺さず、おまけに自身の体重を右のカカト一点に集中させてそのまま……。 


 「ぬっ!!」


 振り下ろす。


 スパァパァァァァァンン!!


 「ぐっ!!!!」


 ギャレッツの得物に対抗したわけではないけれど、三メートル弱の高い位置から繰り出したカカト落としは、さながら斧の一擲のよう。


 遠心力も相まって速度を増したそれをギャレッツはガードもとらず、脳天で受け止める。


 ……いや、あえてとらなかったが正しいのか。


 「す、素晴らしい一撃であるな」


 巨体が僅かに傾ぐ。


 「さすがにこれは効いた」


 「ハンデのつもりだろうか?」


 「否。ただ貴殿の拳をこの身で受けてみたかっただけのこと」


 「……生粋だな」


 拳じゃなくてカカトだよ、というツッコミはこの生粋の武芸者には無粋になるだろう。


 なので俺はあえて何も言わない。


 「だからって馬鹿正直に素手じゃきついか……」


 「イチジ様!ま、まって……」


 「イチジさ……」


 「また、ちょっとだけ借りる」


 「え?」


 素早くバックステップをして元の立ち位置に戻った俺は、アンナの左脇にさされた小太刀……昨日も握った黒柄の小太刀を引き抜く。


 本当は反対側の白い方も借りたかったところだけれど、生憎とアンナの足にしなだれかかっているココが鞘ごと抱き込んでしまっているのですぐに諦める。


 「じゃぁ、こっちか」


 「ひゃぁん!!……ってまた!!」


 「……また?」


 アンナの背後へと回り込み、するりと彼女の胸元へと手を突っ込む。


 図らずも触れてしまった何かこの世の至福を感じさせる柔らかな感触も、そこから取り出したるものの無骨さもまったくもって昨日のトレース。


 艶消し加工を施されたクナイを拝借する。


 「また?またって言いましたわよね、アンナ?」


 「え?そ、それは」


 武装完了。


 そのタイミングでギャレッツが斧を構える。


 「『また』ということは過去にも一度以上はイチジ様に胸を鷲掴みにされ、『ひゃぁん』という嬌声をあなたが上げなければならないような状況があったということですわよね?ねぇ、アンナ?どうなんですの、そこのところ?ねぇ?ねぇ?」


 「い、いいえ、姫様。鷲掴みにされたわけでは決してありません。た、ただ先端が少しだけかすった……」


 迎撃でもなければ振り下ろしでもない。


 距離を詰めながら横なぎに払う、といった攻撃の予備動作だろうか・。


 「ふーん、先端?先端ねぇ?先端ってなんですの?胸元にある先端といえばある程度限られては来るのですけれど、わたくし浅学のためわかりませんの。『また』どころか一度たりともイチジ様に触れられたことのないわたくしには何一つわからないのでどうかその時の状況やらその時のあなたの気持ちやらイチジ様の指の感触やらを懇切丁寧にご教授願えればと思うのですがどうでしょうか?ねぇ?どうでしょうか、アンナ?ねぇ?ねぇ?」


 「ち、近い近い。姫様、そんなに距離を詰めてこないでください……」


 黙って待っているの得策じゃない。


 グッっと地面を踏みしめて跳躍。


 こちらから肉薄していく。


 「そうですのそうですの。昨日わたくしがリリラ=リリスを伴ってあれやこれやと議会の者たちを相手取って熱い舌戦を繰り広げていた最中に、あなたはイチジ様と熱い蜜事を交わしていたのですわね。あーそうですのそうですの。どうりでいきなり親密に、もはや肉薄と言っても過言ではないくらいにまで距離が縮まったわけですわ」


 「で、ですから誤解!誤解ですからね、姫様!!」


 「くぅ~こんなことならわたくしも愛刀のレイピアを携帯しておくんでしたわ!そしてザックリと開いたドレスの胸元に何か棒状の魔道具を挟んでおいてイチジ様に取っていただくように画策しておくんでしたわ!何をやっていたんですの今朝のわたくし!!今から急いでタイムマシンを組み上げどうにかして今朝のわたくしにこの千載一遇のチャンスの到来を知らせ過去を改変しなくてはいけませんわ!!」


 「ちょ、姫様!本気で工房の方へ行こうとしないでください!二人を止めないと!!」


 「持つ者に持たざる者の苦悩がわかってたまるもんですか!!」


 「なんの話!?」

 

 ガッキィィィィィィィィンンンン!!


  ギチギチギチギチ……


 「……なんだか外野が騒がしいなぁ」


 「したり。だが、我々には関係のないことであろう」


 「関係ないのかな?言葉の端々に俺の名前が聞こえた気がするんだけれど」


 「否。今は漢の時間。女人が立ち入ることはできん」


 「……むさ苦しい……」


 「では辞めておくか、タチガミ殿?」


 「……いや……」


 バキィィィィィンン!!

  ガキィィィィィンンンン!!

 

 「存分に、語り合おうか?」


 「ふっ……感謝する!!」



 ヴャギィィィィィィィィンンンンン!!



 そして、俺もまた。


 子供のごっこ遊びに……。

  いや、三十前後のいい大人の男同士による本気の遊びに。



 清く楽しく興じるのであった。



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