第五章・その男、漢につき~ICHIJI‘S view➄~


 「ふぅ……」


 「……がははぁぁ……」


 バタン、といった具合に地面に倒れ込むいい年した大人の男が二人。


 互いに荒くなった息を大の字になって整えていた。


 「参ったなぁ、タチガミ殿。貴殿がここまでやるとは……」


 「参ったよ、こっちも。あんたがここまで負けず嫌いだったとは……」


 「男たるもの己に負けるまでは負けではない」


 「……なるほど」


 「たとえ決闘の場で審判者たる立会人が『お前の負けだ』と指を突き付けてきたとしても、自身が敗北を認めるまでは正式に敗北とはならないのだ」


 「いや、それは正しく敗北だよ?」


 「そもそも一対一の決闘の決着を第三者の判断に委ねるのはどうかと思うのだが」


 「ルール。それそういうルールだから。レフェリーの判断は絶対だから」


 「ふむ、≪現世界あらよ≫における決闘とはなんとも味気のないものであるな」


 「たぶん、どこの世界でもそうなんじゃないかな。立会人を立てた時点で」


 「それではこの立会人を立てない我々の勝負。結果は何とみる?」


 「まぁ、そうだな……」


 俺はそこで、ふぅ、ともう一つ息を吐き、全身を覆う倦怠感にまかせて目を瞑った。


 「引き分け……なんだろうね」


 「で、あるな……がははは……はぁぁぁぁ……」


 互いに等しくボロボロ。

  互いが同じくらいに疲弊したこの戦い。


 得るモノも失うモノもない、単なるオッサン同士の戯れの中。


 あえて犠牲になったモノを挙げるとすれば……。


 「わた……わた……わたくしの……庭園……」


 アルルご自慢の庭くらいなものだ。



 「荘厳なる庭園が……わたくしの憩いの場が……大事なお母様との繋がりが……」


 「姫様……おいたわしい……」


 たぶん、年端もいかぬ子どもに掘削機を持たせたらきっとこんな感じじゃないだろうか。


 考えも根拠も意味もなく、ただテンションに任せて闇雲に地面に突き刺しキャッキャと掘りまくった挙句、さっさと飽きて打ち捨てられた後のような無残な有様。


 あの神聖にして侵しがたい美しき庭園は、乱雑な穴ボコだらけとなってもはや見る影もない。

 

 「……ときにタチガミ殿よ?」

 

 「ん?」


 しかし、その首謀者たちに反省の色は見られず、地面に寝転がったまま話を続けた。


 「貴殿、全力を出していたわけではないのだろう?」


 「まさか」


 割と必死だった。


 必死で瀕死を回避した。


 少しでも油断していたのなら、今頃見る影もなくなっていたのは俺も同じだろう。


 「そういうあんただって本気だったわけじゃないんだろ?」


 「否。吾輩はいつだって本気だ。手加減も手心も決して加えぬ。たとえ年端もいかぬ童が相手でも、それが仕えるべき王族の姫君であっても吾輩の斧は全力全開で振るわれてきた」


 「そうなんです……そうなんですわイチジ様……」


 ヨロヨロとした足取りで俺たちの方に近づきながらアルルが言った。


 足取り以上に弱々しい声だ。


 「年端もいかぬ小さく愛らしいお姫様相手でもこの男は全力で粉砕しにかかりやがりますの」


 「……ああ、そう」


 アルルの武芸の師匠ということだったけれど、なるほど。


 若さに似合わぬ彼女の剣の鋭さは、きっとこんなスパルタな毎日の積み重ねがあってのことだったのか。


 スパルタを通り越して命がけのスペクタクルって感じだけれども。


 「ああ、しかし申し訳ないタチガミ殿。吾輩の聞き方が悪かったようだ」


 「ん?」


 そこで一度言葉を区切り、ギャレッツはのっそりと身を起こしてあぐらをかいた。


 「手加減や手心はなかったのだろうし、タチガミ殿もまた吾輩の全力に本気で付き合ってくれたことはわかっているのだ」


 「ふん?」


 「吾輩の間合い、吾輩の癖。筋肉の膂力に一撃の威力。他にも繰り出す技の太刀筋や体裁き、体力の消耗具合などをただ打ち合い数合で見抜き、それに合わせて貴殿は動いていた。≪現世界あらよ≫の人間はみなそんなことができるのだろうか?」


 「いや、まさか」


 「……まるで吾輩の能力全般が……そうであるな……たとえば具体的な数値として目に見えてでもいるかのような感覚さえ覚えた」


 「いえ、ギャレッツ」


 俺が否定をする前に、アルルがずずいと言葉を挟んできた。


 「イチジ様にはそんなステータスを覗き見る系のチート能力はないですわよ」


 「すてーたす?」


 「ちーと?」


 「あ、頭にハテナを浮かべて首を傾げる仕草がなんだか可愛い……。ではなくて、ギャレッツはともかく、イチジ様もそちらの知識はからっきしでしたわね、そういえば」


 「そんなひみつ道具あったっけ?」


 「青ダヌキを従えたあの少年はある意味でチート持ちなのかもしれませんが……。ようするに異世界転生者にありがちな特別な恩恵。魔王を一撃で両断せしめる聖剣であったり、それ一つでヒャッハーと無双できる究極魔法であったり、出会う美少女をみな恋に落とさせてハーレムを築ける魅力であったり、何某かの生産スキルを駆使して田舎でのんびりもふもふスローライフを送れたりする、非常に都合の良い能力のことですわ」


 「なにそれ?都合いいなぁ」


 誰にとって都合が良いのかはともかく。


 「しかし現実はそれほどご都合主義的な展開に転がってはくれません。わたくしの生み出した魔法・≪アンサンブル≫によって異世界へと転生したイチジ様には残念ながら女神の恩恵は授けられておりません。……女神よりも美しいわたくしの寵愛と、せいぜいが学習せずともこの≪幻世界とこよ≫の言語を理解できるようになったくらいでしょうか」


 「いや、かなり都合が良くないかな?特に後半」


 うん、いや、ホント。

  誰にとって都合が良いのかはともかく、だ。


 「ですので、ギャレッツ。≪現人あらびと≫特有の能力でも異世界人の妙でもなく、純粋にそれはイチジ様自身が持ちうる戦闘センスなのですわ。……ええ、まぁ……それはそれで当初の計画から見れば予想外で、それこそ随分と都合の良い展開なわけですけれど……」


 「うむ、なるほどなるほど……」


 そうしておもむろに目を細めたギャレッツは、寝転がる俺の顔をジッと見つめた。


 何かを見定めるかのように。

  何かを見破らんとするかのように。


 「…………」


 そうジッと注がれる視線を、俺は真っ向から見返した。


 何も隠すものはないんだという風に。

  その実、頑なに見破られまいと牽制するように。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「……(ニッ)」


 ほんの少しの間だけ。


 さきほどまでの派手な殴り合いとは真逆の、静かで、しかし苛烈さは同じくらいに極まった無言のやり取りをした後で、ギャレッツの方から均衡を崩した。


 「まぁ……いいだろう。信じているぞ、タチガミ殿?」


 そして立ち上がったギャレッツは、俺の方に手を伸ばす。


 「……ありがとう」


 「なんてことはない」


 その手を掴んで体を起こしながら、俺とギャレッツは男同士にしかわからない……刃を交えた者同士にしかわからない秘密を共有した。


 やはりただの脳筋に見せかけてこの男、決して頭は悪くない。


 「イチジ様?」


 「団長?」


 「ごほん!!げほん!!あーあーそれではな!!アル坊よ!!」


 「え?あ、はい?」


 「…………」


 誤魔化すの下手くそか。


 まぁ下手だろうな、嘘が下手くそだろうな、キャラ的に。


 露骨にアルルが訝しげだけれど、声の大きさで無理やり押し切ろうとしているのは間違いなく頭が悪い。


 「これで品性だけ、回避能力だけではなく、タチガミ殿が確かに我らの力強い戦力となりえることは証明された。改めて歓迎しようではないか!!なぁ、アル坊よ!!」


 「わたくしは最初から大歓迎していますわよ……こんなにわたくしの庭園を荒らしてまで証明するまでもなく……」


 「いい女は小さいことを気にするものではない」


 「あなたはもう少し気にしてほしいんですの!いい男でなくともいいですから、せめて常識を持ったまともな人間になって下さいまし!!」


 「些事にこだわっていては『革命の七人』の討伐など夢のまた夢であるぞ」


 「あ、そうだ。そろそろさ……」


 「これが夢であってほしい……そう、イチジ様が寝床に幼女二人を連れ込んでお祭りを開いていた辺りから夢であってほしいんですわ……」


 「英雄色を好むというではないか。なんとも頼もしい限りだな、がっはっは!!」


 「誤解も甚だしいんだけれども。……いや、そうじゃなくて俺が聞きたいのは……」


 「色は色でもそのロリ色のハーレムはいけませんわ色んな意味で!これがせめてわたくしやアンナを連れ込んでのオラオラなら別にいいんですけれども」


 「私も!?」


 「え?嫌なんですのアンナ?」


 「嫌ですよ!!なんでそんな不思議そうなんですか!?むしろなんですか!?私がそんな不潔な集まりに前向きだろうと決めてかかっているのはなんなんですか!?」


 「胸を揉まれて喜んでたくせに……」


 「まだ引きずってた!!で、ですから決して揉まれたわけではなくてですねぇ!!」


 「あの……俺の話……」


 「おお、英雄といえば思い出した。かの北の大国『ケルアック』が誇る≪雪原の大英雄≫サムセット・シリングウェイも正式に討伐連合軍へ参加を表明したそうだ」


 「え!?あの≪閃光≫の異名を持つサムセット・シリングウェイですの!?」


 「ああ、あの≪空殺し≫でおなじみのシリングウェイ殿だ」


 「≪孤高の一刀斎≫の名の通り、世情に流されず我が道を行っていた御仁ですのに……」


 「確かに≪不動雪月花≫の名が指す通り、己の志した不惑の信念を決して揺るがすことのない真の武人である。……そんな男が動いたということは、だ」


 「……事態はいよいよ差し迫ってきたということですわね……。彼が自身の≪裂空の斬撃≫が必要であると判断したくらいには」


 「いかにも。しかし我々としてはこれほど頼もしい増援はなかろう。なにせあの≪暴虐に啼く荒鷲≫だ。一騎当千の活躍をしてくれるに違いない」


 「そうですの……≪天秤の守り手≫が……」


 「うむ、≪春雷の化身≫が」


 「二つ名多くない?」


 誰だよ、サムセット何某。


 二つ名が七個も八個もあって本名がもう曖昧だよ。


 逆に大したことなさそうに聞こえるからもうこれ以上つけるの止めてあげて。


 「えっと……それだけ凄腕の剣豪なんですよ、その人」


 俺がボソリと呟いたツッコミを拾ったアンナがこっそりとそう耳打ちしてくれた。


 「大陸の北部に位置するケルアックという国は他の国々よりも凶悪な魔獣や魔物が多く生息していまして、人的な被害も頻繁に起こります。それらのことごとくから国を剣の一振りで守り続けているのがそのサムセット・シリングウェイという剣士なんです」


 「なるほど……それは確かに英雄だ」


 「はい。まさに」


 「……だけど、やっぱり君の解説はわかりやすいな」


 「……はい。おかげさまで再就職の際には道に迷わず済みそうです」


 「え?騎士団、辞めるの?」


 「ふふ、冗談ですよ」


 素晴らしくチャーミングな微笑みを浮かべたアンナ。


 「ふむ……ハーレム入りは満点合格だな」


 「ふ、不潔です」


 「冗談ですよ」


 「……そんなわけでだ、アル坊」


 アンナとイチャコチャしているうちに話が進んだようで、ギャレッツの声色がより真剣味を帯びた。


 「ゼノ青年にタチガミ殿。我がラ・ウールからの戦力も整ったところで、本格的に討伐連合軍が活動を開始する。各部隊との連携や調整もあるので一度全隊に招集をかけるべきかと思うのだが……」


 「あまり大きく動くのも危険ですわね……しかしせめて西方部隊だけでも取りまとめたいところですし……」


 「この後、少し時間をもらえるか?」


 「ですわね。それではこれから……あ!申し訳ありません、イチジ様」


  ハッとしたようにアルルが俺の方を向いた。


 「無視をしていたわけではないのですが……なにかお聞きになりたいことが?」


 「いや、全然いいよ。大事な話をしてたんだろ?」


 「ええ、大事な大事な……それこそイチジ様にも関係してくる重要な話ですわ」


 「たぶん、俺が聞きたかったこともそのことだと思う」


 「そうですか……ではとりあえず、かいつまんでだけお話いたします」


 「頼む」


 「大陸の北部に位置するケルアックという国は他の国々よりも凶悪な魔獣や魔物が多く生息していまして……」


 「何某の話はもういい」


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