第三章・王を狩る者《セリアン・スロープ》~ICHIJI‘S view➁~
ガキィィィィィィィィィィンンン!!
乾いた金属音。
舞い散る火花。
勢いにしても重さにしても、俺の手を貫いた時より格段に上がっている凄まじい一撃。
猛烈な突進から繰り出された槍の刺突を、今度は受け止めるのではなく小太刀でいなす。
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
初撃をさばかれたことなど気にもせず、青年はすかさず流れた体を切り返し、二撃目、三撃目……。
「うらぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして以降も手を休めることなく槍を繰り出してくる。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
ガキィン、ガキィィン、グワキィィィン!!
「死ねやゴラァァァ!!」
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
ガキィン、ガキィィン、グワキィィィン!!
槍という武器による攻撃の最大の利点。
それは軌道が『線』ではなく『点』であるということに尽きる。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
ガキィン、ガキィィン、グワキィィィン!!
刀剣を例にあげてみよう。
上段から振り下ろして見たり、下段から振り上げてみたり。
居合のように必殺の一薙ぎを放ってみたりと、攻撃の角度やバリエーションも豊富。
ただ、軌道という面においてはそのほとんどが『線』。
振り下ろしにしても振り上げにしても、構えの位置や刀身の長さからある程度攻撃の事前予測ができる。
こと命のやり取りをするような場面においてこの『ある程度』の差が、勝者と敗者との明確な隔たりを生み出すことが多い。
もちろん、それに対応できるだけの体の強さと技術がなければどれだけ攻撃が予測ができたとしても意味がないし、相手が達人級の腕を持っていればそんな理屈ごとあっという間に切り伏せられて終わってしまう。
まぁ、所詮、理論は理論というわけだ。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
しかし、たとえ相手が達人でなくとも、それだけでなかなかに厄介なのが『点』。
つまりは刺突系の攻撃だ。
どれだけ視力が良くとも、その構造上、人間の目は奥行きのある動きには対応しにくい。
いや、正確には目というよりも、視覚から入った情報を処理する脳機能の方か。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
たとえば遠近感。
片目をつぶっただけで人の距離感というものは途端に怪しくなり、テーブルの上に置いたコップを掴むだけの作業にも割りと難儀してしまう。
また周りの背景の縮尺一つで物体が小さく見えたり大きく見えたりもする。
トリックアートなんて、そんな脳の性質を巧みに逆手に取った最たるものだろう。
脳の錯覚、あるいは混乱。
時間を掛けてそれらと現実の差異の擦り合わせをしていけば何も問題はない。
訓練すれば片目だけで十分な遠近感を保つことだってできるし、タネさえわかってしまえば同じ騙し絵にひっかかることもなくなる。
……とはいえ、それはあくまで止まっているコップや絵の話……。
こちらもまた、紙上に書かれた理論であり、机上に置かれた実のない空論だ。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
ガキィン、ガキィィン、グワキィィィン!!
これが向こう側から迫って来るもの。
しかも間断なく打ち込まれる、嵐のような猛攻となれば話はまったく変わってくる。
ガキィン、ガキィン、ズバキィィィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
グワキィィン!グワキィィィン!!グバキィィィィィンン!!!
「うらうらうらうらうらぁぁぁ!!!」
「…………」
一撃、一撃がいちいち必殺の早さと重さを持つ突き。
『点』だとか『線』だとかいう前に、そもそも最初から簡単に予測できるような生中な攻撃じゃない。
さらには時折、刺突に混ざって薙いだり斬りつけたり細かなフェイントを挟んできたりと、槍の穂先は文字通り縦横無尽に跳ねまわり、俺の懐を狡猾に穿とうとしてくる。
やはりこの猫目の青年、とんでもない実力者。
加えて耳や尻尾が生え、ノースリーブの肌着から剥き出た腕や頬に幾筋も青い白い光を走らせるようになってからは、身体能力そのものが大幅に底上げされているようだ。
どれだけ態勢を崩しにかかっても、そこからしなやかな……それこそ猫のような柔らかな体さばきでもって何らかの手を仕掛けてくる。
その攻撃の多彩さはただの器用貧乏などでは片付かない。
一つ一つが確信的に、そして致死的に熟練している。
せめて鍔迫り合いくらいには持ち込んで少しでも動きを止めたいところではあるけれど、そんな思惑も読んでいるのか、青年は攻撃の手を緩めることはない。
これだけの手数だ。
スタミナ切れを気長に待つというのがこの場合の定石といったところだけれど、いつまでも勢いは止まらず、むしろ打ち込みの度に攻撃はより加速していっているような気さえする。
グワキィィン!グワキィィィン!!グバキィィィィィンン!!!
「ハッハッハァァ!!」
グワキィィン!グワキィィィン!!グバキィィィィィンン!!!
「おうおう!!ついてくるじゃねーか!!」
アドレナリン全開といった高笑いと、それに見合うだけ大きく口を歪ませた猫目の青年。
俺に足蹴にされた憤りなどもうとっくに忘れて、すっかり戦いに酔っている。
「やっぱりさっきだって簡単に躱せてたんじゃーねぇかよ、ああん!!??」
「……まあね」
「喰えねー喰えねー。ホント喰えねー野郎だぜ!!」
「いや、食べてみれば案外美味いかもよ」
「あん!?」
「今なら多分、四種のベリーソースのかかったパンケーキの味がすると思う」
「何食ってやがる!女子か!?」
「ちなみに昨日の晩は、口の中に入れると同時にホロリとほどけるように溶けていくくらい柔らかいのに、よくよく味わってみればコリッとした確かな弾力もありつつ、メニョっとした食感も併せ持った謎肉の煮込みを食べた」
「マジで何を食った!!なんだその新食感!?」
「ちなみにおかわりを三杯」
「ドハマり……」
ズババババババァァァァァア!!
「してんじゃねぇぇぇぇ!!!」
グワキィィィィィィィィンンンン!!!
「……っつ」
目の覚めるような鋭い三段突きからその場で背中をクルリと半回転。
最初の刺突に対するガードの構えも解かないところで放たれる勢いののった横薙ぎ。
躱すこともいなすことも出来ず、小太刀の峰部分に手を添えて受け止めることで直撃を防ぐ。
しかし、その衝撃はダイレクトに俺の腕へと伝わり、思わず声を漏らしてしまう。
ギリギリギリギリギリ……
「くっちゃべる余裕はあるってのに全然攻めてこねーのな?」
ようやく持ち込めた鍔迫り合い。
幾らか語気の荒さを抑えた青年が語り掛けてくる。
「だったら少しは手を緩めてくれてもいいんじゃないか?」
「ふざけんな。今のに反応できるようなヤツ相手に手加減なんかできるかよ」
「かなり早かったよ」
「だから励ますんじゃねーって。……だけど、これからもっと早くなるぜ?」
「そんな気はしてた」
「どうする?守ってるだけじゃ俺はヤレねーぞ?」
「……確かに」
端から見れば防戦一方。
体力面から考えてもジリ貧必須。
戦闘が始まって以来、俺は弾いたりいなしたりに掛かりきりとなり、まったく攻勢に転じていない。
こちらはかすり傷一つ付いてはいないけれど、相手にかすらせるような一手も放ってはいない。
まだまだ余力を残している相手にこんな状況が続いていくことは、ゆるやかに敗北へと向かっていくことと同義だ。
……だけど……。
「……だけど……」
「あん?」
「まぁ、なんとかなるさ」
……それは、こんな一人で防御にだけ徹する状況が続いていけば、という話だ。
ヒュン……
視界の端で閃く一閃。
「っっと!!」
ガキィィィィィンンン!!
「せいっ!!」
刃と刃がぶつかり合うけたたましい金属音の間隙をぬって響く、鈴のような凛とした声。
ガキィィィィィンンン!!
ガキィィィィィンンン!!
「ちっ……」
「……あなたの敵がもう一人いることをお忘れなく……」
そう、この場にはもう一人いる。
荒ぶる獣のごとき青年と俺との間で繰り広げられる超高速の戦い。
それについて来れるだけの早さと実力。
そして何よりもそんな荒れに荒れた舞台に躊躇なく割り込もうとするだけの度胸を持った頼もしい相棒。
ラ・ウール王家を陰に日向に守護する任を背負った近衛騎士団のナンバーツー。
アンナベル=ベルベットが俺の隣にいてくれるのだ。
ギリギリギリギリギリ……
彼女の参戦によって、鍔迫り合いがより拮抗したものとなった。
横に構えた槍と、柄の色が違うだけで刃渡りも波紋も切れ味もまったく同じ小太刀。
三つの得物が交錯した状態でピタリと場が固まる。
「……二対一が卑怯だとは言いませんよね?」
割り込んでくるタイミングといい、流れるような太刀さばきといい実にクール。
俺の隣で敵を見据える眼光も、静かにしてどこまでも涼し気。
なんとも格好いいものだ。
「……ああ、もちろん。お行儀よくタイマン勝負の順番待たれてもめんどくせぇしな」
「割とそんな展開が好きそうに見えるけれど?」
「嫌いじゃねーな。時と場合が許すなら、あんたとはゆっくり一対一でやり合いたいもんだ」
「今はその時と場合ではないということでしょうか?」
「ああ、なんせ、これはお仕事だからな。さっさと済ませてさっさと金もらって、さっさと飯食って眠りてーんだよ、俺は」
「仕事……ですか……」
「そうだ……よっ!!」
バキィィィィィィン!!
ガキィン、ガキィン、ガキィン!!
ガキィン、バキィン、ガキィン!!
ギギギギギギ……
猫目の青年が一度、俺たちの小太刀を力に任せて弾き、また連続して突きを放つ。
しかし、二人分の防御はそう易々と崩されることもなく、再び俺たちは均衡状態へと陥る。
「……あなたは暗殺を生業としているのですか?」
「教えてやる義理はねーな」
「はい、義理で答えろとは言っていません。これは単なる尋問ですから」
「はん、拷問でもしそうな剣呑な眼つきだな」
「時と場合によっては……」
アンナベルは白柄の小太刀が反射させた煌めきよりもまだ冷たく研ぎ澄ました言葉を紡ぐ。
「それも辞さない構えです」
「……おっかねぇな、ねーちゃん……」
こんな一つの油断がそのまま命取りになってしまうような状況下にあっても、どうしても聞きださなければいけないことがあるという感じに、アンナベルは一層、眼光を鋭くさせる。
これは彼女にとっても、そして俺にとっても重要なこと。
そんな空気を感じ取った俺は、グイと黒柄の小太刀をさらに押し込みながら、少しでも彼女の思惑の成就に助力をする。
「でも、こんな美人の冷たい視線って、男としてはむしろご褒美だと思わない?」
「まだそこまで性癖の間口は広がってねーよ」
「ちなみに君の性癖はどんななんだろう?」
「……仮にそれを聞いたとしてあんたはどうするんだよ?」
「うーん、冥土の土産?」
「なんてもん持ってくつもりだてめぇ!!」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと面白おかしく、よりニッチな感じに脚色しておくから」
「言わねー!ぜってぇ言わねー!どんな拷問されてもこれだけはぜってぇ死守してやる!!」
「じゃぁ、せめて君のお仕事とやらくらいについては聞かせてよ」
「……だから言わねえ―って。……つーか、聞き出す内容のふり幅あり過ぎだろ」
「まぁまぁ、冥土の土産を持たせると思って」
「そもそもさっきからてめぇが死ぬの前提じゃねーか!嬉々として土産持たされるなや!!諦めんな!!」
「敵から励まされちゃった」
「ふざけてんじゃねー!!」
「ふざけないでください」
「……味方からも怒られちゃった」
せっかく加勢のつもりで言ったのに。
「はぁぁぁ……マジで調子狂うヤツだな……」
相変わらず青年の槍の構えには針の穴ほどの隙も見られない。
しかし、心なしか青年の逆立った耳と尻尾がシュンと少しだけ萎えたような気がした。
「……ま……生業のごく一部って言った方が正しいな」
そうして結局、自分のことを語りだす辺り、やっぱりワルにはなり切れないようだ。
「依頼され、金を積まれれば殺しから運びから何でもやる……看板もそのまんま『何でも屋』ってとこだ」
「つまりは傭兵ですか?」
「どこぞのギルドに所属しているわけでもないし、傭兵と名乗るには本当に何でもやるからなぁ……どこの世界に迷子の子猫を探して歩く傭兵がいるってんだ」
「……見つけるのは得意そうだ」
「うるせーよ。それ、俺の見た目バカにしてんだろ?」
「いや、可愛いよ」
「だから励ますなや。嬉しくねーから」
「その獣のごとき相貌……あなたはセリアンスロープということで間違いないですね?」
「……へぇ、そんな廃れた呼び名、知ってるヤツがまだいたんだな」
「あなた方獣人族が他種族と一線も二線も画すほど秀でた存在……生命として備えるその卓越した優性と、過去、世界に一時代を築き上げた確かな栄華を称えてつけられた別呼称≪
「王を狩る……ねぇ……」
「かのドラゴンに匹敵するほどの身体能力と戦闘力、そして個の力で一騎当千するタイプのドラゴンとは違い、獣人族は徒党を組んで戦略的行動ができるだけの知恵を有し、何より仲間との絆をおもんぱかることで数の力を行使できた種族。……その称号は何も適当に付けられたわけではないはずですが」
「大昔のヤツらはイチイチ大げさなんだよ……ホント、サムイっての」
「≪創世の七人≫とか?」
「≪伝説の覇王≫とかもな。あんなもん、ただの空を飛ぶトカゲじゃねーか」
「……しかし、そんなトカゲにあなたがたの種族は……」
「ああ、滅ぼされたよ」
キュィィィンン……
「王を狩る立場のやつらが、逆に狩られて、狩られ尽くされて……」
グググググググ……
「一族郎党どころか種族丸々……骨も残さず食い散らかされちまったんだ……よっと!!」
ガキィィィィィンンン!!
ブォォォォォォォォンンンンンン!!
「っつ……」
「…………」
猫目の……いや、かつて≪
全身に走る青白い光の筋がさらなる輝きを放ちはじめたと思ったら、とんでもない馬鹿力にまかせて槍を振り回し、俺たちを二人もろとも吹き飛ばした。
無様に転げる回るほどの衝撃ではなかったけれど、それでもまた青年との間に少しばかり距離ができてしまった。
「俺の間合いだ……」
グッと腰を沈める青年。
確かにお得意の突進による刺突、チャージ攻撃には打ってつけの距離だった。
「いいえ、その間合いは詰められませんよ」
しかし、アンナベルは変わらぬクールさで彼の言葉をたたっ切る。
「あん?なんだって……って……ちっ……」
青年が苦々し気に舌打ちをしながら見つめる視線の先。
どこか既視感のある光景が俺の目にも写る。
ちょうど大きく開いた窓の陽だまりに立っていた青年から長く伸びた影。
その影をまるで縫い付けるかのように三本の刃物が床に突き刺さっていた。
「手癖のわりぃ、ねーちゃんだ」
「さきほどの≪影縫い≫の意趣返しということで。……ただ、拘束力はあなたの使ったなんちゃっての比ではありません」
「魔道具に魔術を重ね掛けか。……めんどくせぇーな、おい」
吹き飛ばされる直前に、さりげなく打ち込んでいたらしい。
俺にも青年にも気づかせなかったその俊敏さとしたたかさ、そしてクナイみたいな形状の暗器に≪影縫い≫か……ますますくノ一っぽいな。
「私の魔術はともかく、天才魔道具練成士であらせられる姫様の謹製です。しばらくそこでジッとしていてください」
あのクナイ、アルルが作ったやつなのか。
……これ絶対、確信犯だよな。
『ふっふっふ……今日からあなたは対魔忍・アンナですの!!』とかドヤ顔で言ってそう。
「……とはいえ、突発的なものだったので足元の自由を奪った程度。……それすらこちらが逃げるほどの時間は稼げないでしょうけれど」
「いや、十分だよ、ありがとう」
壮絶な撃ち合いの中に開いた僅かな間隙。
「身体能力の強化……ってところか」
「……はい、それも魔術による外側からの強化ではなく、彼の中に流れる獣人の『血』による内側からの強化」
それを有用に活用するべく、俺とアンナベルは互いに受け身をとって片膝を着いた姿勢のまま、敵の能力の分析をする。
「彼らの種族は元より魔力炉の規模がヒト種とは別格の大きさを有しています。そこから生まれ出でる大量の魔力を、彼らは魔術行使にではなく、自らの体内に循環させることで身体能力を著しく向上させるのです」
「簡単そうに聞こえるけれど」
「聞こえだけは……ですね。私たちが同じことをしようとしても、魔力を数周させただけで魔力路がその負荷に耐え切れずに焼き切れ、二度とは魔術行使ができなくなるでしょう。……獣人族がそれを可能にしているのは私たちヒト種よりも圧倒的に丈夫な魔力路と、魔力循環をより省エネルギーで効率よく回させるためのシステム情報が組み込まれた『血』です」
「そのねーちゃんの言う通りだ」
手持ち無沙汰といった感じに、ペチペチと、また自分の首筋に槍の持ち手を当てながら獣人の青年は肯定する。
その首筋にもやはり青白い光の筋が伸びている。
おそらく、あれが魔力路で、こうしている今も絶賛、魔力がグルグルとそれに沿うようにして巡っているのだろう。
……どうりでスタミナ切れどころか時間が経つにつれてよりパワーアップしていったわけだ。
「そもそも、獣人っていうのは亜人種の一系統を指すわけだが……なんだか世間知らずっぽいそこのにーちゃん、話について来れるか?」
「なんとなく?」
「疑問形じゃねーか……」
亜人とは『幻人』の中に魔物の成分が混じった者、あるいはその真逆の者のことを指すとアルルの講義の中で教わった。
魔物……負の感情による魔素がより多く取り込まれ、姿形、性質や性格を歪ませてしまった『魔の物』。
それとは逆に正寄りの魔素によって魂が構成されたのが幻人。
『正』だとか『負』だとかいう表現だからどうしても字面のイメージが先行してしまうけれど、もちろん一個の命である以上、個体差はある。
幾ら負の魔素でできていても、性格のいい魔物だっているし、正の魔素でできていても心根の歪んだ者や悪人だって当然幻人の中にもいる。
ただ、魔素には二種類あり、それぞれがそれぞれに独自の命を構築していることだけを覚えていてほしいとアルルは言った。
そして彼女は続けた。
その二つの大前提を根本から覆し、正負双方の魔素を取り込んで生まれ出る……。
「……人でも魔物でもない第三の生命。それが亜人」
「わかってるじゃねーの」
「……そうですね」
アンナベルが、すっかり様になった説明キャラ的口調で俺の言葉を受け継ぐ。
「基本的には外見にわかりやすく特徴があらわれ、姿に見合った特異能力を備えています。そこから二種類の魔素の割合によって更に細分化されていきます。たとえば負の成分に偏れば魔人族、正の成分に傾けば
「幻人と魔物のいいとこどり?」
「というよりは、幻人にも魔物にもなり切れないっていう感じだな、当人にしてみりゃ」
「……しかし、そこで疑問なのですが……」
「ああ、どうしてとっくの昔に滅びたはずのその獣人族がここにいて、しかもアンタたちを殺しにかかってるのかってことだろ?」
「……はい」
「まぁ、アンタたちを狙う理由は、今日ここに人がやってくるからソイツを殺せっていうザックリとした依頼をうけただけだ。だから標的が、ねーちゃんなのか兄ちゃんなのかは知らねぇ。どちらかかもしれないし、どちらもかもしれない。一応、これで飯食ってる身だから依頼主については明かせねーが、とにかく金払いはいい奴だ。これを機会にお得意さんになってほしーからな、失敗はできねー。そんなわけで二人とも殺っちまうかっていう簡単な話だ」
「…………あのドアホが……」
「……大丈夫?」
「はい、大丈夫です。……ただちょっと、急に頭が痛くなってきたもので……」
「そんで、この姿のことだが……なに、もっともっと簡単な話だ……」
ヒュンヒュンヒュンヒュン……
獣人の青年は、まるで曲芸のように手に持った槍をクルクルと回す。
「たとえ種族的、歴史的には滅んだことになったとしても、さすがに一人くらいは生き残ったんだろうさ。そうしてその生き残りが多種族との交合……俺の普段の見てくれからもわかるように、幻人・ヒト種との間に子をもうけ、そこから脈々と俺の代まで受け継がれてきた」
ヒュンヒュンヒュンヒュン……
「さすがに純血でもないし、代を重ねたことですっかり薄くなっちまって、ある程度魔力を廻さないとこの姿にはなれないけどな。王を狩ってた獣が、今じゃすっかり金という首輪をかけられてチンケな殺しや運びをやらされる飼い猫になっちまった。へっ……」
小いさな笑いを零す青年。
王を狩る者が落ちぶれてしまった運命に対するものなのか。
それともその誇りを落ちぶれさせてしまった自分に対するものなのか。
どちらに向けたとも知れない、随分と卑屈な笑みだった。
「……ただ……な?」
コォォォォンンン……
槍の石突が、またしても床石を鳴らす。
ともすれば間の抜けたような乾いた音。
……しかし、それが、何故だか閃く刃鳴りよりも不吉に聞こえてしまうのは気のせいだろうか?
「……≪
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
「なっ!?」
素人である俺の目にもわかるくらい、一瞬にして足元から全身に広がった膨大な魔力が、アンナベルの打ち込んだクナイをあっさりと吹き飛ばす。
「……≪
ヴゥン……ヴゥン……ヴゥン……
そしてなおもその魔力は上昇を続け、魔力路はもはや剥き出しの肌どころか着込んだ衣服の下から透けるくらいにまで眩い明滅を放っている。
「……やっぱり獣人の血ってのは大概しぶといもんらしくてな……」
フシュゥゥゥゥゥ……と熱気を帯びた吐息が、青年の口から言葉と共に漏れる。
そして……。
「……≪
キィィィィィィィィンンンン……
ボガゴォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!
≪
彼の中で渦巻く尋常ではない魔力の乱流と……。
獣人として、かくあるべき本来の姿を……。
「こんなことだってできちまうんだわ、これが……」
まさしく字のごとく、俺たちの前に解放したのだった。
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