第一章・王都にて ~ICHIJI‘S view➁~

 『亜人あじんの大陸』エドラドル。


 『神明しんみょうの大陸』メルセンピーク。


 『不動ふどうの大陸』マキナ。


 『原初げんしょの大陸』ラクロナ。



 ≪幻世界とこよ≫の陸地部分は大まかにこの四大陸に分けられる。


 そのうち、一番の広大さを有するのが何を隠そうこのラクロナ大陸。


 大陸の名をそのまま冠した帝都ラクロナを基点とするならば、ここラ・ウール王国は、そんな横に長く伸びた広大な大地の西端に位置していた。

 

 地形にしろ国境にしろまったく別の物ではあるけれど、≪現世界あらよ≫でいうところのユーラシア大陸の西方、フランスやベルギーくらいのところに当たるのかなと俺は認識している。

 

 ゆるやかな暖流が流れる海に、天然の栄養素溢れる肥よくな土壌。

 

 装飾品として人気の高い鉱石が採れる鉱山や良質な木材の取れる山々などが領地内にあり、資源は潤沢。

 

 気候は一年を通してやや温暖。それでいて四季の移ろいもハッキリとしていて、自然はその度に違った顔を見せてくれる。

 

 建国からの歴史は長く、始まりの国にして世界の中心とうそぶくラクロナ帝国とほぼ時を同じくして人による政府組織が成り立ったとされる由緒正しき古国。

 

 かつては中小の諸王国による陣取り合戦が盛んで、嘘か誠か、週を跨ぐごとに地図の国境線が書き換わっていたとかいなかったとか。

 

 その間もラ・ウールは『侵さず・侵されず』の精神でひたすら中立的立場を貫き続けた。

 

 やがて鶴の一声ならぬラクロナの乾坤一擲けんこんいってきによって長きにわたる戦が落ち着き、そのラクロナが中小国を併合・吸収などによってざっくりと10にだけ区切った。

 

 それぞれに自治権を認めつつも自ら『帝国』と名乗ることで、事実上、大陸の統制者であると高らかに宣言した時にも、ラ・ウールだけは領地の没収も縮小もされず、戦乱の前後でなんら変わることのない有り様を維持した。

 

 古き良き物を残しつつ、大国に媚びることなく常に新しい独自の文化を発展させていく魅力あふれる素敵なお国。

 

 いいトコ、いいコト、いいココロ。

 

 あなたもきっとこの国を好きになる。

 

 あ……ラ・ウールに行こう……。

 

 

 ……以上、観光客向けのガイドブック『遥かなるラクロナ大陸➁~振り向けばラ・ウール編~』より、立神一が一部抜粋および脚色を加えてお届けいたしました。



                ☆★☆★☆

 


 ―― 人徳……ってやつだろうか…… ――


 俺はガイドブック片手にラ・ウールの城下町を歩きながら、顔も知らぬ、かつてのラ・ウールの王たちに思いをはせる。

 

 あのならず者であった山賊の頭領ですら現国王に一目を置いていたぐらいだ。

 

 その娘たるアルルの強く、清らかな人間性を考えるなら、やはりラ・ウール王族は人間的にできた者たちの血統なのだろう。

 

 これだけ資源と環境が豊かな国。

 

 戦乱の世にあって、恋に恋する少女のように、戦いの熱に浮かされてしまった近隣諸国からすれば、喉から出た手を爪の先まで目一杯に伸ばしてでも欲しかったことだろう。

 

 純粋に武力でもって。

 あるいは遠回しな計略でもって。

 

 何度となくラ・ウールは陥落の危機に瀕してきたのだと思う。

 

 しかし、その度、この国はしのいできた。

 

 時に武力で、時に計略で。

 あるいは俺程度じゃ思いもつかない鮮やかな方法で。

 

 自衛や防衛といったもっともらしい言葉を並べ立てるのではなく。

 

 ただシンプルに。

 ただ一途に自国を守り抜き、また現在に至っても守り続けているラ・ウール。

 

 王族だけの考えではこううまくはいくまい。

 

 民草たちが……老若男女問わず、ラ・ウールの国民を自認しているその一人一人が。

 

 統治者である国王と同じ思いを抱き、同じ方向を向いてきたからこそ成し得た、これは紛れもない偉業だ。  

 守るための強さとは、他を駆逐する強さの何倍も強くて、何十倍も難しくて、幾億倍も尊いものだと、俺は嫌になるくらいに知っている。

 

 

 俺はそんな国を挙げて守られ、勝ちとられた平和な街並みを改めて見渡す。

 

 やはり雰囲気としてはドナで見たような中世ヨーロッパ風。

 建物にしろ路にしろ、基本的には石造り。

 

 行きかう人々の顔立ちは西洋人と和人の間くらい。

 あっさりとしているようで目鼻立ちはハッキリとしている。

 

 その多くは男女を問わずこざっぱりとした丈の長いローブのようなものをゆったりと着込み、そこかしこに見受けられる行商人や旅人然とした者は、更にその上に日差しや雨風対策として帽子やマントのようなものを羽織っている。

 

 俺のように開襟のシャツとチノパンみたいなズボン(どちらもアルルが見繕ってくれた)姿というのは今のところ見当たらない。

 

 似たようなところでいえば通りの真ん中を時折駆けていく箱付きの馬車を操る身なりのパリッとした行者か執事みたいな紳士たちくらいだろうか。

 

 ちなみにそんな馬車の窓からは瀟洒なドレスで着飾った美しいご婦人たちの顔がのぞいていたりする。

 

 おそらくは貴族ないし上流階級にある者なのだろう。

 

 排気ガスの匂いもなければ、電柱も電線も電話回線もない。

 

 アルルいわく≪マホウの世界≫というよりは≪剣と魔法のファンタジックな異世界≫。

 

 その違いのほどが俺にはよくわからなかったけれども、なるほど、時折いかにもな武装をした騎士風な者や、これまたいかにも『魔法使いです』と主張しているような恰好をした者たちもいたりする。

 

 

 ―― それにしても、やっぱり都会だな…… ――

 

 

 交易の中継地点であったドナは、街の大きさに比べて活気のある街だった。

 

 人口の密度の高さももちろんあったのだろうけれど、街全体が熱気を纏っているように実に賑やか。

 

 あんな未曾有の災厄に見舞われても、俺が旅立つ頃合いにはもはや商売を再開しはじめた露店なんかもちらほらあったくらいに、いい意味で商魂と己の魂がイコールとなった逞しい人たちばかりだった。

 

 その点、ラ・ウールの城下はどこか時間の流れが落ち着いているような気がする。

 

 確かにメインストリートといわけではないし、街の規模が広い分、人が分散しているというのもあるだろう。

 

 同じような造りではあるけれどやはり王国の首都だけあって、建物のデザインはどこか洒脱であり、高層建築物も多々見られる。

 

 領土の東端付近の辺境にあったドナとは一線を画すほど発展した、ここはまさに王都にしてラ・ウールの象徴的な大都市。

 

 たとえ文化レベルが数段階進んだ≪現世界あらよ≫でも、俺が幼少期に過ごしたあの人里離れた山奥なんかよりずっと開発がされ、洗練もされている。



 ―― これが都会人の余裕なのかねぇ…… ――



 俺は改めて手に持ったガイドブックをパラパラとめくる。

 

 漢字や平仮名はもちろん、アルファベットとも象形文字ともつかない不思議な文字。

 

 俺の感覚で言えば文字というよりはむしろ模様とか柄みたいなものに近いそれが、不思議と理解できる。

 

 こっちにきた当初に食べたアルルの魔道具『ほんやく田楽』の効果がさすがに今も続いているわけじゃない。

 

 曲がりなりにも≪幻人とこびと≫として転生を果たしてから、気が付けばこっちの世界の言語や文字が自然に理解できるようになった。

 

 そう、あくまで自然に。

 

 翻訳のように一枚フィルターを通したようなものではなく、スッと頭の中に馴染んでいく感じ。

 

 アルルいわく『異世界転生者へ何某かの恩恵が与えられるのは王道ですわ』。

 

 リリーいわく『いやいや、単なるご都合主義的エッセンスじゃよ』。

 

 ……どちらにしたって何だか身も蓋もない言い草だけれど、とりあえずは薬みたいに定期的にコンニャクを摂取するような事態にはならないようなのでいくらか安心する。

 

 「……ふむ……」

 

 あの、アルルが有り合わせの素材で作り上げた田楽のことを思い出したら、なんとなく空腹を覚えた。

 

 そういえば朝の訓練を終えてから色々とバタついて朝食を摂りそこなっていたんだった。

 

 あっさりとしているのに深いコクのある甘辛い味噌ダレ。

 適度な歯ごたえが舌もアゴも胃袋も満足させる弾力あるコンニャク。

 

 久しく口にしていないそのどこまでも素朴な純和風の味わいが味覚を刺激し、頭の中にリフレインする。

 

 キョロキョロと見渡してみても、辺りには目ぼしい露店がない。

 

 適当な飯屋にでも入ろうか。

 

 しかし、適当とはいっても勝手知らぬ初めての街。

 あまり考えなしに突っ込んでいくものじゃない。

 

 旅先で、その字面通りにテキトーに選んだ店に入ってみたら、ケツの毛までむしられ……というかケツの穴までほじくり開発されそうになった軽薄な男の実体験から、俺はそのことを人生の割と重要な教訓として胸に刻みこんでいた。

 

 だからここは慎重に歩み始める。

 慎重かつ大胆に通りを外れる。

 

 大胆かつ繊細に狭く暗い路地をひた進む。

 繊細かつワイルドに袋小路へと突き当たる。

 

 「……ここにするか」

 

 ちょうどその行き止まりには一軒の飲食店らしき建物。

 

 昼間だと言うのにどういうわけか深い影を落とし。

 その落ちた影に潜むように幾人かの悩まし気な恰好をした女が店先にたむろしていた。

 

 ふむ……女性客がメインの客層なのだろうか?

 

 フワフワのパンケーキの上に四種のベリーのソースがかかっていたり、生クリームがたっぷり乗ったクレープをナイフとフォークで食べなければいけないオサレカフェとかかもしれない。

 

 三十路のおっさんが一人で入るには明らかに場違いなような気がする。

 

 そもそもが入店自体、果たして許されるかどうかわからない。

 

 ……まぁ、なんにせよ。

 

 少なくとも屈強な益荒男にケツを掘られる危険だけはないようだけれども……。


 「……あら……けっこうイイ男じゃない」


 「どう、お兄さん?安くしとくよ?」


 「今なら暇な時間帯だし、なんならアタシら三人がお相手してあげるわよ」


 入店拒否の心配はどうやら杞憂だったようだ。


 この店の従業員だったらしい三人の薄着の女が、口々に俺を誘ってきた。


 休憩時間か?

 しかし、だからといってこんな店前で陣取っていなくてもと思うけれど。


 「ふむ……」


 「ふむ……だってぇ~。ヤダぁその悩んだ顔、なんか可愛いんだけどぉ~」


 「あんまり見かけない顔立ちよね?地方の人?観光なのかな?」


 「旅の思い出にアタシらと楽しく過ごそうよ、ね?おにぃさん♡サービスするからさ♡」


 何を言いつくろってみても絶賛無職中の俺。


 服にしろ住居にしろ小遣いにしろ、アルルから何もかも提供されているヒモみたいな現状を鑑みれば、食事一つとっても安く済ませられるにこしたことはない。


 「どう、よってく?」


 「よってくか」


 「……いや、よっちゃダメでしょ」


 急に耳元で囁かれた言葉。

 気が付けば喉元に突き付けられていた刃物。

 腕をとられ、ピタリと張り付かれた背中に感じる体温。


 「まったく……姫様から離れた途端どこに行くのかと思っていましたが、まさか迷いなく娼館へ向かうとは……とうとう正体を現しましたね」


 起伏の乏しい淡々とした口調。

 一拍の乱れもない静々とした息遣い。

 まるで洗い立てのシーツのような石鹸にも似た清潔な香り。


 「……不潔です、タチガミ様」


 「……よくわからないんだけれど、たぶん、誤解だ」


 俺は背中越しに聞こえる声に弁解をする。


 鈴を転がしたようなアルルの声や。

 転げた鈴の音にキャッキャとはしゃぐ子供のようなリリーの声とも違う。


 『鈴』という存在そのもののような透き通った声色。


 「……誤解?……ですって?……」


 唐突に拘束が解かれる。

 喉からは鋭い刃物が。

 背中からは何か柔らかな感触が離れていく。


 そしてスルリと。

 あらわれた時と同じように音もなく俺の面前におどりでたのは……。


 それまでの冷たい口調とは裏腹に、何故だか耳まで真っ赤にして半泣きになっているメガネの才女。


 アンナベル=ベルベットだった。


 「……不潔です……タチガミ様……」

 

 「えっと……なんか、ごめん?」


 よくわからないんだけれど、たぶん、誤解を挟む余地なく俺が悪いのかな?

 

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