7-8 兄弟の死闘のゆくえ

ラティークとルシュディ。二人の刃先が擦れ合い、火花を散らし、ぶつかり合った。


「私を殺そうとは良い度胸だ。なあ、ラティーク。おまえには何も見えていない」

 刃を交わらせ、至近距離で睨み合った。ルシュディの剣妓は巧みだった。強い。ラティークは受けた剣の柄を更に強く握りしめた。


 怯むわけには行かない。ルシュディはゆらりと立ち上がり、笑った。


「大いに結構だ。最期の王子同士が殺し合ってラヴィアンは終わりだ。幕引きは二人。そう、私だけでは終わりにできない。国とはそういう性質のものだ。分かるかい? 全てを終わりにするため、きみも道連れだ!」


 斜めに構えたルシュディから、黒い霧が立ちのぼった。


(まだ何か、理由がある。石が後宮での争乱を引き起こした? だが、そこにルシュディが絡んで来ない。――まだ兄は真実を隠している)


 シハーヴは無言で倒れた象の上に座っていた。


(安心しろ。兄を殺せ、などとは命令はしない。自分の手で決めねばならない事項だ)


「分かった」剣を握り直した。真っ直ぐに伸びた剣先は朝陽を浴びて煌めいている。



 朝がこんなにも泣けるものだとは知らなかった。朝の光は希望に満ち溢れているのに、ルシュディには日々の恐怖の幕開けでしかなかったのか――。




★6★


 宮殿は横に広く、複雑な回廊で繋がれていたが、アイラは何とか第一宮殿のハレム宮殿内に無事に辿り着いたところだった。スメラギ、サシャー、心配は多かったが、一番心配なラティーク。精霊がいると言えど、離れていればいるで不安は尽きない。

 回廊にアリザムの姿を見つけた。


「アリザム! 良かった! 心細かったの」


 アリザムはズカズカ歩いてきて、「さあ行くぞ」とアイラの腕を掴んで早足になった。


「ちょっと! あたしはラティークに逢いに来たのよ! ねえ、あたしたち大きな勘違いしてる。ルシュディはね、悪じゃないかも知れない」


 アリザムの眼がキロとアイラに向いた。


「あこや貝のあんたに説明は望まないけど!」

「あこや貝? 俺の話か」

「あんた、むっつりするでしょ。下から炙りたいくらいよ。口開けないんだもの」


 アリザムは再びあこや貝になったが、腕を離してくれた。


「――臣下たるもの、いつでも主君に従うべし。ラティーク王子は貴方を近づけるなと。ご自分が兄を殺害する場面など、見せたくないと仰せでそっちの扉に入って行かれましたが……口が開いた。炙られたか、さては」


(笑顔の下で、何て怖ろしい哀しい決断をしていたの……)


「ラティーク王子は、貴方に『あんな顔をさせたくない』と言っていた。止められるなら、止めてやりたかったよ。私は王子の母を探す振りをする」


「振り?」

「――これ以上は言えない。おまえの親友も探さねばな」


 いつになく高貴さを滲み出させたアリザムは、元来た道に消えて行った。


 ――兄を殺害する。思えば、ずっとラティークは結論を出していた。


(ああもう! 何か在る度、誤魔化されて、一つも本心を言わせてあげられない。違うのよ、ラティーク!)


 ここが頑張りどころだ。アイラは眼を瞑った。


「ラティーク! 駄目! ちょっと待って!」


 扉を開けたとき、ふっとラティークが動きを止めた。


「アイラ……」一瞬の隙を滑るようにルシュディの剣が走った。


 ぽた、とラティークから流れ出た血が床を赤く染めてゆく。


 アイラは一瞬世界が流転するほど、眼を瞠った。


「いやあああああああああ!」


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