7-9 砂漠の王子 兄を殺害する

「おや」血濡れた剣を捨てたルシュディが、アイラの叫び声に気付いた。


 ――象神の面には見覚えがあった。第二宮殿が燃えた時にいた男の姿……。


(あれは、ルシュディだったんだ!)


 アイラの前にルシュディは血塗れの手を差し出した。ラティークの血だ。


「地下の巫女たちでは役不足。我が王国に水の精霊を呼び戻したい。手伝ってくれれば、皆は帰そう。と言えど、救えたようだ。膝をつく必要があるか。それも不要か!」


 象面が近づいて来た。表情を隠しているのか。腕を強く掴まれた。瞬間、ラティークがふらりと立ち上がった。ルシュディがまた剣を振りかざした。


「しぶといね。まだまだ遊べるかな、ラティーク」


 二人の剣先が激しく交錯する。ラティークは奥歯を噛み締めて唸りを上げた。


「嬲り殺すつもりか。それとも、殺す気があるのかないのか、どっちだ兄貴!」


 ルシュディは象神の顔で、アイラの前で爪先を向けた。白の象の面は不気味過ぎる。震える手をしっかり握った。


「ねえ、なんでお面、被っているの? ラティークに、顔を見られたくないような後ろめたい話があるの? お兄さんでしょ? 顔、見せないなんて卑怯」


 びく、と聞いたルシュディが肩を震わせた。ラティークの手を掴んで、アイラはゆっくりと告げた。


「地下の巫女に頭下げたって聞いた。巫女たちは納得して祈っていた。あたしが考えていた話とは違ってた。あたしはね、貴方が水が欲しくて、巫女たちから搾り取ってると思ってたから。どこかで貴方を信じたい」


 ルシュディがせせら笑った。


 ラティークが眼に怒りを滾らせ、ルシュディに剣を向けた。一迅の風が吹き抜けた。


「何がおかしい」

「なにも」ルシュディは肩を震わせた。


「信じる? 愛する? すべて世迷い言だ。そうだな。水など不要。干涸らびてしまっても構わない。もはや、何も望む必要はない……」


「シハーヴ!」ラティークの合図と同時に風に混じって、ラティークの姿が消えた。風の精霊の仕業だ。部屋に突風が吹き、ルシュディが自らの腕で、咄嗟に顔を庇った。ラティークはその隙を逃さず、剣を握りしめて振り下ろした。


「だめ! ラティーク――っ!」


 無音になった。気付けばルシュディは倒れていた。そばで、剣を血に染めたラティークが、倒れた兄を見下ろしていた。


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