7-5 王女の誤算
アイラは唇を噛みしめた。あの時、扉の向こうに向かう勇気があれば、早く救えたのに、アイラは逃げた。なのに、サシャーは、ここでアイラを信じて待っていた。ルシュディに放り込まれたのか、自発的に来たのか。サシャーがアイラを案じ、飛び込んだ事実には間違いがない。
「ごめんね! ごめんね! こんな場所に置き去りにして! みんな、ごめんね……! でも、もう大丈夫。家族にも、愛する人にも逢えるから……外に出ようか」
腐った水に足を突っ込もうとしたアイラの肩を、スメラギが掴み、引き戻した。
「王女の出る幕じゃねえな。王子の代わりだ。ここは有能な海賊スメラギさまに任せておけ。おめーに何かあったら、俺ァ膝蹴りじゃ済まされねーよ。おい、サシャー、手伝え。アイラ、突っ立ってたら邪魔邪魔。とっとと王子の元に行けってぇの」
スメラギはおどけていい、ぼそりと「意地張ってんじゃねぇよ」と低い声になった。
「邪魔すんなよ。こいつら助けたら、俺、英雄! がっぽりせしめてやるんだからよ。ついでにおまえの足が少しでも汚れてみろ。シェザード司令長官に八つ裂きだぜ」
スメラギ流の「ここは任せろ」にアイラは涙目で巫女たちを見回した。誰も彼もが怨みと哀しみの瞳をしていた。ちょっとの疑心暗鬼が、闇を生みだした。
(ようやく、闇の精霊の本性を見た気がする。もしかして、闇の精霊は最初からいたのではなく生まれてしまう……?)
頭をぶるぶる振ったアイラに我慢ならなくなった、苛ついたスメラギの声が届いた。
「アイラ、ラティーク王子が闇に呑まれていいってんなら、何も言わねぇ。自分で決めろ。おまえは充分王女の役目を果たしてんだ。さあ、巫女の皆さん、怖い顔しないで行きますよ~」
スメラギは巫女を両腕で二人、抱きかかえた。
酷い場所だ。白い地下噴水は黒く汚れ、巫女たちの服装は眼も当てられない。その上、陽の当たらない地下でずっと祈りを強要され続けた。
――怨んだだろう。それでも、彼女たちは助けを信じて祈り続けた。
「みんなを外に連れ出そう」アイラは涙を浮かべ、戸口で腕を広げた。
「ここであたしが見捨てて駆けつけても、ラティークは良くは思わない。皆を助けたら、後は任せる。レシュを探して、第一宮殿に行くよ。さ、腕に捕まって」
一人の巫女を背負い、アイラはゆっくりと階段を登った。外の空気に触れた巫女の瞳の澱みが消え始めた。アイラはにっこり微笑んだ。
「もう大丈夫。貴方たちがいる必要はないわ。ヴィーリビア国に帰ろ。ルシュディが命令したのよね?」
巫女は涙を浮かべて首を振り、アイラにとって衝撃とも言える事実を並べ立てた。
「いえ、ここにいる者たちは、誰一人と命令などされておりません」
――命令じゃないの? アイラの前で、巫女は涙を零し始めた。
「王女さま、私は、あんなにも哀しむ人を知りません。王子なのに、「どうか、力を貸して欲しい」とルシュディ王子はたくさんの巫女の前で土下座をしたのですわ」
「バカ言いなさい! だったらどうして」
――何かを、掛け違えている。アイラは不安をしっかりと感じ取った。
(今まで、あたしはルシュディ王子を悪だと思っていた。ううん、そうでないと話がおかしい。じゃあ、何のために巫女たちを呼んだの? 輝石を貶めた理由は何?)
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