7-4 燃え尽きた第二宮殿とラヴィアンの水

☆4★


「さて、みんなはどこかなぁ~?」アイラはいつになく明るく振る舞った。煌びやかだった王宮は見る影もなく、どことなく黒ずんでいる。違う、大気が黒く色づいている影響だ。


「おいアイラ」スメラギを無視して、アイラは進んでいたが、足を止めた。


「ねえ、スメラギ。あたし、可愛くないかな……やっぱり側にいたほうが良かった?」


 スメラギは「宝、落っこちてねぇかな~」とばかりに眼をぎょろつかせている。

「おめーにはおめーの役割があるって言いたかったんだろ。膝蹴り、痛かったぜ。ラティーク王子ってウラオモテあるよな。な、何見てるんだ?」


「第二宮殿よ。ここにあったの……」


 アイラの目の眼には燃え尽きた宮殿があった。ラティークが愛した第二宮殿だ。自分を死んだと見せかけるために、火の精霊に命じて燃やしたと。


 ラティークが良く立っていた椰子の木も、アーモンドの木々も、灰になって見通しが良くなっている。砂風に晒されて、残った残骸には砂が積もっていた。


「行こう。早く皆を助けて、側に行くの。何となく、嫌な予感がして」


 すこし言動がおかしかったラティークを思い出す度、不安が胸に過ぎる。スメラギがふと思い出したように、疑問を口にした。


「ウチの国の女神さんの宝石だけどよ、なんであんなに闇色になったんだ?」


「知らないよ。考えたら賠償しなさいとの話よね。でも、誰が持ち出したんだろ。あんたじゃないみたいだし」


 スメラギはどかっと腕を組み、彫刻のあった名残の台に腰をかけた。


「いいよ。俺は一人で考えるからよ。……ルシュディ王子はなぜか手袋してた。で、『もう用は済んだ』と俺に突き出した。用が済んだという言葉は……何かに、使った? 石は闇色に染まってた……闇色に染まる、何かがあった……?」


 見ていたら、くかー、とスメラギは居眠りを始めた。元々考える行為に慣れていない。それでも、何か思いがあるらしい。いつも平和そうで羨ましい。


(お馬鹿な守銭奴海賊は放置)と決めて、アイラは第二宮殿に背中を向けた。


 ――ラティークは過去を振り返らない。だから、あたしも進むんだ。



★☆★


 第二宮殿が消えたせいで、王宮の敷地はがらりとしていた。第一宮殿へはぐるりと迂回しなければならなかった。途中、兵士の死体をいくつか見て、仰天してスメラギを叩き起こした。欠伸をしながら、スメラギはついてきた。緊張感がなさ過ぎる。


「――なに、ここ……」


 まるで景色が違うが、サシャーと訪れた地下階段の場所だ。オベリスクで判った。


 異様な臭いが漂っていた。まさか! とアイラは地下の階段を降り、開いていた扉を開け放った。すべての水は黒ずんでおり、側に数十人の巫女が倒れていた。

「水が腐ってんぜ」とスメラギが鼻を抓んだ。


「ひどい。こんな汚れた水に祈ってたら、先に倒れてしまう! これが、今のラヴィアンの水なの? これじゃ、人は生きていけない……」


 アイラは荷物を背負い、国から逃げ出してゆくラヴィアン王国の民衆の姿を思い出した。闇は水すら染めてしまう。黒い蛇のような生物が無数に祭壇に張り付いていた。


「ひめ、さま……」


 怯えながら見回した風景に小さな声がして、アイラは倒れている巫女に眼を向けた。


「サシャー!」サシャーだ。同じような巫女服を着て、噴水の前に倒れかかっている。

 ユラリ、と巫女数人が立ち上がった。皆、眼が漆黒だ。


「姫様、巫女たちは闇に呑まれたのですわ……お逃げください!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る