6-6 砂漠の王子 精霊と密談する
☆★☆
波音に混じり、甲板でヒソヒソ声。アイラが窺うと、船尾のデッキで、ラティークとシハーヴが珍しく向かい合って話をしていた。
シハーヴは船の手すりに座り、足をぶらぶらさせて、ラティークは横に寄り掛かって空を睨んでいた。一見兄弟にも見えて微笑ましい。
「ああ。予想はしていた。もうすぐだ、シハーヴ。兄を救える。そうしたら、約束を」
続きは波音で聞き取れなかった。トレイに乗せた乾パンが崩れた。
(そうだ、スメラギたちに差し入れるんだった)
アイラはすぐに船首に向かって足を進めていった。
(何かを見落としている気がする)
涙目のアイラの視界で、三角帆がはためいた。作業はアリザムがこなしていた。
(そうだ。アリザムなら。話したそうだったし、聞けるかな)
「アイラ。甲板は危ない。ラティーク王子が要らぬ心配をして、要らぬ迷惑をかけ兼ねないから、船室へ行け」
「ねえ、アリザム。あたし、何か引っかかってるの。ラティークはどうして宮殿を出たの? お兄さんに狙われる? でも、宮殿にいて、そんな素振りはなかったよね」
アリザムは背中を向けた。「ねえ」と腕を掴んだ。アリザムの答の導きの向こうに、ラティークが待っているような気がした。
「あまりしたい話ではない」とアリザムはラティークの話を嫌がった。
ざわざわと海賊たちが仕事をこなしている。男ばかりの仕事……ラヴィアンの風景に似ている。(あ)とアイラは口元を押さえた。ラヴィアンには、女の子がいなかった。
「ラヴィアン王国……女の子をあまり見かけなかった。宮殿にはいるのに。あと、ラティークのお父さんは伏せってるって聞いた。ねえ、お母さんは? 話に出て来ないのはおかしいよ。生きているのよね?」
アリザムはむっつりと口を噤み、何も話すものかというように唇を隠した。
(下からあぶれば、あこや貝のようにぱっくり口を開けないかな。じっと見てみよう)
アイラはアリザムの冷ややかな横顔を見続けたが、アリザムは強固な精神力でアイラの無言の圧力に耐え抜き、船尾楼の操作に戻っていった。
(もう! アリザム自身、口を開けないあこや貝みたいだ)
「アイラ」振り返れば、ラティークが背中越しに立っていた。
〝ラティーク王子が要らぬ心配をして、要らぬ迷惑をかけ兼ねない〟アリザムの言葉を思い出し、アイラは作り笑顔を浮かべた。
「あー、うん。戻る、戻る。海って危険だものね。ごめんね、心配かけて」
ラティークは強い視線をアイラに向けた。大抵、この真摯な視線の後には、破壊力抜群の口説きが来る。
(また好きだよ、とか言ってくる兆候。嬉しいけど……)と冷や汗が垂れたところで、ラティークは首を軽く傾げて、黒い笑顔になった。黒どころか、ドス黒だ。
「スメラギとも、アリザムとも、随分打ち解けているようだね」
(うっ……笑っているのか、怒っているのか判りにくい!)
アイラは笑顔を倍返しするべく浮かべて、言い訳を探した。
「あ、うん。あの腐れ海賊ねっ……ほら、腐れ縁で」
「どれが本当のアイラなのかを知りたいと考えているけれど、いっぱいいるな。その都度表情が違って驚いてる」
どれもあたしです。とはとてもではないが答えにくい雰囲気。
(ラティーク……あたしのこと、言えないよ。いくつも顔持ってるくせに)
アイラはにっこり笑ったが、ラティークの笑顔は企みを滲ませたように黒かった。
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