6-5 いつでも、どんな時でも、魔法を
スメラギの戦艦の上から、いるはずのないラティークがニヤニヤと二人のやり取りを見下ろしていた。間違いない。太陽に顔を顰めつつ、金色の瞳を輝かせている。絶対に、喪わない強い光は、アイラが大好きな輝きだ。
「呆れた話だよな。おまえが心配で、国にも戻らず、近くで活動していたっていうんだから。あれ?」
スメラギのヨタ話なんぞどうでもいい。アイラは慌てて桟橋の渡り板まで走った。
ラティークも同じく甲板を降り、渡り板を走って来た。
(なんで、なんでなんで? なんでいるの? ああもう、もっと早く走りたい……!)
息を切らして、スメラギの海賊戦艦の大きさを憎らしく思いながら、ようやく辿り着いた。少し広げられた腕に心ごと飛び込んで、動きを止めた。
(ラティークの匂いだ……。薔薇水と、少しだけ砂の乾いた匂いと、果物の瑞々しい匂いと、安心させる男の体の匂い。この瞬間、好き。じわっと魔法が広がっていく)
「逢いたかった、アイラ。やっと、逢えたな」
目を細めて告げたラティークはアイラの頬に手を添えた。お互いの潤んだ海の瞳に、金色に染まった太陽と、愛おしい姿だけが揺れている。
でも、ここはヴィーリビア。兄の目がある。怯えるアイラを、ラティークは更に引き寄せた。
「シェザード殿は知ってる。そう怯える必要もないよ。事情は全部聞いているし」
「お兄、全部知ってたの? ねえ、なんでここにいるの? なんでウチの船に乗ってるのよ? スメラギも知ってたの? いつから? 精霊も知ってたの?」
ラティークは矢継ぎ早に質問攻めの唇を人差し指で優しく押さえた。
「魔法」さっと一言で片付けて、また腕を回してきたところで、黒髪がぬっと割った。
「何が魔法ですか。人の実家に押しかけておいて」と低い呆れ声はアリザムだ。
「アリザムも! 久しぶり! 二人で、近くにいたの?」
ラティークはゆっくりと頷いた。アリザムも少しだけ笑った。
「ああ。ユーレイト大陸を離れたはいい。その後、私の実家がヴィーリビアと同じ大陸にある事実を突き止められましてね。王子は人の実家を根城に、勝手に情報集めた挙げ句、無敵艦隊の司令長官に裏交渉を連日に渡り仕掛けるという暴挙を」
ラティークは「あー……」と言い訳を考えていたが、それもどうでも良くなった。
王子の恥も外聞もなく、ただ、アイラを求めてくれた行動が嬉しかった。
(どうしよう、あたし、嬉しい……! そうだ、あたしも伝えなきゃ。会いたかったって! 今度こそ言える気がする)
アイラは咳払いを繰り返した。
「あ」「あ?」とスメラギのニヤニヤ声に再びむっとムカつきが沸き上がった。
「あんたも知ってたんでしょ! スメラギ!」
(ああああああ。ネコ被りをやめたのに、素直になれない!)
言ったらラティークは喜ぶだろう。喜んで、また唇を奪いに来る。冷や汗が垂れた。
アイラは涙目でラティークを見上げた。離れた時間は僅か二ヶ月。でも、ずっと逢えなかった気がする。それに、ラティークは隙あらば抱き締めようとアイラを狙っている。どういう理由だ。前はもっと冷静だったのに。
(頼むから! スメラギの前ではやめて)
(逢いたかったんだ。心配でたまらなかったから)
(ほ、ほら。船、出るよ。魔法、もう、いらないから!)
(アイラ、好きだよ。いつでも、どんな時でも、魔法をかけてみせる)
……視線すら勝てない。スメラギの船が海を割り始めた。
良かった。船が、甘い雰囲気など吹き飛ばしてくれるだろう。
(ラティークには悪いけど、心の準備が要るの!)
何のための準備? アイラは自問自答して、唇を押さえ、うずうずと体を揺らした。
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