6-3 ヴィ―リビアの国の水の王女 故郷にて幽閉中。。。
☆★☆
水の檻に収監されたアイラの側に、緑の虎がとことこやって来た。アイラはドレスの下に隠したランプを出して蓋を抓んで開けた。シハーヴは水の檻に飛び込み、宙返りした。ランプに飛び込む素振りは見せず、アイラの側にふわりと浮いた。
「すげぇ水の威力。アイラ、いつまでそうして座ってんだよ。こんなとこ、出よう」
「お兄がいいと言うまでよ。完全に闇の心が消えるまで出さないって。そうね、こんな場所出てやる! って思うとね、これよ」
水は勢いを増して、アイラの部屋をヴェールのように遮断した。清い時間だけが必死に心を浄化しようと蠢いている。
――きみはここで、心を浄化するんだ。妹。闇の石を抱えて帰って来たはいい。奴隷として男の元へ潜入など! 闇に冒された証拠だ!
何が浄化。苛々して、アイラはランプ磨きの手を止めた。突如、シハーヴが虎に戻った。すぐに規則正しい軍人歩きの足音が聞こえてきた。兄のシェザードだ。
「そろそろ頭、冷えたかい、妹」
アイラはシハーヴを抱き締め、気持ちのない謝罪を口にした。
「おかげさまで。すーいーまーせーんーでーしーたー」
シェザードは獲物を見つけた鮫のように目を充血させ、アイラを睨んだ。
「奴隷として潜り込んだは真実か、妹! それも、あの、ハレム狂いの第二王子のハレムに参加したという事実は真実かァ!」
「もう、お兄、やかまし」アイラはすっくと立った。こうなりゃ腹いせの兄妹喧嘩だ。
「そうよ。お相手してさしあげたわよ。キスもしたし、された。あたしは未だに彼の虜。魔法かけられてるの! 水の精霊と話をさせて。ラヴィアンに一緒に行ってくれる子を探したい」
シハーヴはアイラを見、毛繕いを始めた。シェザードは怒りから背中を向けた。
「我が妹ながら、まるで世界や政治が見えていないな。いいかい? 妹。今や精霊は国家資産。我が国ヴィーリビアにこそ、水の精霊の監理権がある。それに、ラヴィアン王国は闇を選んだ国だ。力を貸す謂われはない」
優しいながらも、冷酷な喋りの前で、アイラは説得を諦めた。態度に満足したのか、シェザードの口調は緩やかになっていった。
「妹、きみは優しい。だが、優しさが仇になる。コイヌールで判るだろう。悪意に染まり、二度と輝かない。無残な姿になっていたね。せっかくの本物も、二度と皆の目には晒せない。王女が、闇の競りで買ったなんて知られたらどうなる」
アイラは俯いた。シェザードの言葉はいちいち正論だ。むっつりと黙った。
「……我が妹ながら、強情な。おまえに逢わせたい囚人がいる」
「お兄、大嫌い。もう来ないで」シェザードがぐらりと蹌踉けた。「おお、女神よ」と水の祈りで立ち直ると、「囚人を」と扉に合図をする。後手に縛られ、乱暴に掴まれ連れ出された男はスメラギだった。
☆☆☆
「スメラギ!」駆け寄ろうとしたアイラをシェザードが片腕で制した。
「王女誘拐で水の刑に処す判決が出たのでね。水牢に放り込む」
「よ、よお」とスメラギが片手を挙げた。
「王女誘拐? スメラギは誘拐なんかしてない! あたしが勝手にしたことよ。証言出来る! それに、スメラギは絶対泥棒なんか……」
(してるかもしれない。コイヌールをしゃあしゃあと売り飛ばしたんだった)
「助けてやってもいいよ。私には、判決を覆す力がある。ただし、妹。条件を呑むならだ。条件を聞いても、反故にしないなら、きみにとって一番最高の結果を与えよう。それほど、スメラギの罪は大きい。すぐに水牢に放りこんで見せようか、妹」
いつものやり方だ。理不尽な条件に違いない。それでも、兄をどこかで信じている。
「いいよ。その条件、呑む。スメラギの水の刑の書面を破棄して見せて」
「書面を」シェザードは従えた軍人から書面を受け取り、両手で裂いた。同時にスメラギの手錠も外して見せた。アイラは小さく頷いた。
「では、条件を言おうか。妹。水の精霊の監理権はやはり動かせない。まず、どの精霊もヴィーリビアの、私の元にいたいと願った。これは致し方ない」
「誰も思ってないと思うけど。お兄、水と相性悪すぎ」
シェザードは咳払いをし、続けた。
「ラヴィアンと争っても意味はない。今やラヴィアンは第一王子のみが政治を行う異常事態。闇の力がここまで押し寄せる可能性がある我が国としては阻止したい。王も王妃も、私に一存すると言った」
「脅したんでしょ」シェザードはいちいち腰を折るアイラに構わず、告げた。
「第一王子から、おまえを所望する書面が届いた」
話が見えない。アイラは首を傾げた。
「お兄。ちゃんと話してくれないと判らないんだけど」
「私とてこんな話は苦痛だ! だが、決定事項。民を帰す代わりに、おまえが第一宮殿の地下に行け。だから余計な行動をするなとあれほど言っただろう!」
(あたしが、皆の代わりに……?)
ルシュディの策謀の恐ろしさを今更知った。簡単過ぎた。第一宮殿の地下に皆がいる事実をわざとアイラに教え、ラティークをも思い通りに追い出した。
コイヌールを国から追い出し、闇を増やすためだろうか。なんだ、闇の一大帝国でも作ろうと言うのか。
(以前だったら、お兄を罵倒し、泣いて逃げた。しっかり行動しなきゃ。ラティークに負けられない)
「いいよ。要は地下に潜って、ルシュディの横っ面叩いて、全裸で幽閉でもなんでもされて、水の精霊叩き起こしゃいいんでしょ。サシャーもレシュも心配だし。ちょっと様子見てくるわ。さよならお兄。元気でね」
アイラのぶっきらぼうかつ暴言の数々にシェザードがふらついた。
(しまった。お兄の前のネコ被り、し損なった)
まずったと唇を噛むアイラに、兄シェザードは冷静を取り戻した口調で告げた。
「きみの勇気を湛え、我が艦隊の新しい戦隊司令官を護衛につけよう。元気で」
この兄にして、この妹。負けず嫌いさは互角だとアイラは息を吐いた。
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