◆◆◆5◆◆◆ 砂漠の大航海 コイヌールの宝石はどこ? ◆◆◆
5-1 港ラマージャにて 砂漠王子尋問する
☆1★
港ラマージャの旅籠の一角に落ち着いた。砂漠で捕まえた捕虜、スメラギが抱えていた袋からは第一宮殿の宝物がわんさか出て来た。
「王子。私にお任せを。この者、どうやら第一宮殿に出入りしていたようです。事情が掴めるでしょう。吐かせます」
宝物を眺めていたラティークが鋭い眼をアリザムに向けた。
「アイラの知り合いのようだ。あまり過激な行為は」
「しませんよ。王女中心に世界を回されると迷惑です」
アリザムは王家の伝承を滔々とスメラギに語り続けるという知的暴挙に出た。
「王族の成り立ちを説明しましょう。王族とは砂の大地を切り拓いた豪族が精霊を従えたところから始まります。精霊とは神にも等しい。従えることこそ神に成り代われると思ったのでしょうか。浅はかな考えですが、いつの時代も人は野心と神への憧憬を抱くものです。歴史学者のホメストも書いており、しかしこれには反論も残されています。それが歴史学者ではない一般の冒険者の残した書物であるところが面白い。さて、ラヴィアンの原型が出来たわけです。しかし、時遅く、精霊たちは」
スメラギは、止めどないアリザムの低音を呆然と聞き、心なく頷いた。
「え? あ? あ、そう。大変ですねぇ……っておいチッパイ! 俺はいつまでこいつの話、聞いてりゃいいんだ! 頭がパンクすんだろーが!」
「これで少しは知的になるでしょうよ! 恥さらしのバカ従兄弟の腐れ海賊が!」
言い捨てて、アイラは驚いてアイラを見たラティークにうふと笑いかけた。
(見なさい! あんたのせいでラティークの前で本性出しちゃった!)
「あ、あの……ラティークには違う、よ?」
背後ではアリザムの低い声が呪いのように続いている。
(言い訳も面倒になってきたな……ま、いいか。いつかは見られたかも知れない。隠すものでもないだろうし)
ラティークはスメラギをチラと見た後、アイラを港沿いに誘った。
★☆★
「海賊と知り合いとは驚いた。なるほど、アリザムの服をかっぱらった腕も頷ける」
「干してあったから借りただけ。あんな派手な服贈っておいて。どこ見てるの?」
散策を一頻り終えたところで、ラティークは、アイラの胸に視線を注ぎ始めた。
「ん、確かにチッパイの域だが、むしろ控えめで可愛らしいと考えていた」
微妙な空気が流れた。ラティークはアイラの手を握りしめた。
(ねえ、時が止まればいいな。ずうっとこの手、離されたくないもん……)
ほんわかした気分の中、アイラはハタと気がついた。
(これも魔法か!)アイラは慌ててラティークの手を振りほどいたが、またすぐに手を掴まれ、ラティークに引き寄せられた。とくん、と心臓の音を交換し合う。ラティークの心臓も早い。とくん、とくん、どく、どく、ばくばくばく。どぉんどぉん。今度は心臓で異常発生。気付いたラティークがぷっと笑った。
「凄い心臓の音。やっぱりチッパイがいい。ダイレクトに僕に響くし」
「あ、そう? そっかそっか。うん、チッパイで良かった、かなっ?」
(なんだ、このやりとり。でもラティーク楽しそうに笑ってるし、いいのかなこれで)
「捕虜が腹減ってるだろうからな」とラティークはパンの露店に歩み寄った。スメラギは海賊だ。壁でも食わせておけばいい。まあ、それも可哀想なので、一番皮の硬い果物を買った。ラティークはさっと代金を払ってくれた。王子なのに。
(ま、いいか……)とアイラは大人しく手を引かれながら、束の間の散策を楽しんだ。
ラティークの優しさをまたひとつ、見つけた。
☆★☆
「そして! 王族反対派を、こうして王族は一掃した。そして、次なる王子も更なる良策として、精霊召喚法を駆使したのです。いいか。ここからが王族の輝かしい歴史の第一歩……ハハハハハハ。どうだ、素晴らしいでしょう!」
部屋に戻るとアリザムの説法の声が変わらず響いていた。時折水を飲んではいるようだが、ずっと喋っていた様子だ。ラティークが吐息をついた。
(まだやってる。ストレス、溜まってたのかな。ラティークのお付きだし)
「だーっ! うるっせえ! もうやめてくれェ。おい、アイラ! 何とか言ってくれ! アイラ! な、何でも話すし、め、飯くれ、飯! 腹減って……」
「食えば?」アイラは籠に積んである棘のついた皮の果実を差し出した。「冗談だよ。ちゃんとラティーク王子に御礼言ったら? あんたに食べ物買ってたから」
ラティークは眼の前でパンをちらつかせ、裏交渉の黒い笑顔になった。
「アリザムの話と、ありったけ情報を渡して腹を満たすのと、どちらがいいか。アイラ王女の知り合いに免じて、おまえに選択権を与えよう。光栄に思え!」
――スメラギはあっさり降参した。アリザムは、欲求不満げに息を吐いた。
☆★★
「ええと、何から話すかな。そうだ! アイラ! おまえの探してた石、見つけたぞ」
(いきなり本題か!)アイラはスメラギの服を掴みあげ、揺すった。
「どこに! どこにあったの! 本当に〝コイヌール?〟疑わしいね。似たような贋作の宝石もあるっていうし。そもそも、この宝石の山は何? かっぱらった?」
「人聞き悪ィな! ちゃんと交渉で貰ったんだ。石くれるって言うから」
アイラはスメラギの袋を引っ掻き回した。
「ないわ! あんた、まさかあの高貴な石を汚れ袋に入れて持ち歩いたりしてないよね? とっくにヴィーリビアに運ばせた、のよね?」
――嫌な予感。スメラギはにっと笑った。パンに齧り付きながら告げた。
「いや? 売った」
一瞬スメラギの言葉が聞こえなかった。売ったと言った? 言葉が出なくなった。
「ルシュディ王子がよ、売り払えって。代わりに報酬を用意してくれて! これが結構な額でさァ! 俺、遊んで暮らせるぜ! ラヴィアンの王族の秘宝は結構闇に流れてるってありゃマジだな。これを元手に買い占めたら俺、億万長者! 海賊の頂点に」
――こンの守銭奴海賊! 秘宝を売り飛ばしたァ?
アイラは怒りの余り、ラティークがいるのも忘れて本気でスメラギを締め上げた。
「何考えてんのよ! あんたは! それ、あたしに渡せば良かったのよ! どうしてあんたっていっつもそう、金、金、かねかねかね……!」
震えた手に涙が落ちた。なんだ、この顛末。情けなくて泣けてきた。もう、スメラギも誰も信用できない。
「アイラ、落ち着いて」黙って聞いていたラティークがようやく口を挟んだ。
「女神様に、国に、お母様にどう謝ればいいのよ! スメラギ! あんたはしっかりお兄に殺されてしまえばいいけど、石は取り返さないと! あれは女神のものなの!誰が盗んだか知らないけど、あんたを許さないからね! 水の檻にあたしが落とす!」
「いや、気持ちはわかっけどよ……そりゃ、ねぇよ……あ、俺の飯!」
「問答無用。あんたは国を売った! すべて明るみにしてやるんだから!」
スメラギはさすがに困惑の表情になった。「また、説法しましょう」とアリザムが懲罰を申し入れたが、ラティークはさっとパンを奪って机に置き、考え込んだ。
「競りか。相当な値打ちだろうな。兄貴が女神の石を売るだけで解放や交渉したとは思えない。僕を襲った理由は何だ。一つ答えるごと、パンを返す」
「七千万エンとちょっとで売れた。あんたの腰のランプだよ。こっちはもっと売れるだろうと盗賊たちにけしかけたのもルシュディだ。精霊が詰まってる道具は貴重だ」
ラティークは怒りのアイラを背中に隠し、首を傾げてしれっと告げた。
「あるはずがない。これは、風の爺さんと呼ばれるタダのランプ。爺さんの形見にぶら下げてるだけで、精霊なんか詰まっていないし、油で汚れまくってる」
さすが。嘘を何とも思わないらしい。男に対して、ラティークは厳しい様子だ。単純なスメラギはランプに興味を失った。
アイラは唇を噛みしめた。スメラギには迷惑な商売ド根性がある。いつか訊いてみたい。国の財宝を売っても良心が痛まない金への執着の理由。本当に迷惑だ。
「でもどうしよう。その宝石を利用して、みんなを呼び集めて、用がなくなったから、闇に売るなんて。本当なら、あたしはルシュディ王子を許さない! 絶対に!」
「そうだな」とラティークは額を指で押さえていたが、またにやりと薄笑を浮かべて見せた。ぞっとする恐怖の笑みだ。また知りたくもない裏の顔を知った。
「何か良策を思いついた時の表情だ。もう大丈夫」アリザムがアイラに耳打ちした。
「王子の行動を見ていろ。思いもしない解決策を導く。多少破天荒ですが、言う通りに。そろそろ、貴方の国のことも、我が国も一手に引き受けようとする勇気を認めてはどうか。意地など張っていないで」
「意地なんか張ってない」アイラの前で、ラティークは薄笑のまま、縛られたスメラギを睨んだ挙げ句、アイラの神経を逆なでする話を始めた。
「その石を僕も見たいな。さぞかし美しいんだろう? 今から競りの場所へ連れて行くなら、自由にするし、報酬も出そうか」
「ちょっと! あたしは絶対行かないからね! みんな、酷いよ! もう全員水の精霊に言いつけてやる!」
(ラティークのばかっ)と腹で怒鳴った。ラティークが流し目になった。
「交渉の邪魔だ。言いつけるならさっさとヴィーリビアに帰るんだな。全て諦めて」
(全て、諦める……)
アイラはラティークの横顔を見詰め、気付いた。ラティークの不敵な笑顔には事態を諦める素振りなど微塵もない。〝王子を見ていろ〟アリザムを振り返ると、アリザムは呆れきった表情でアイラを睨んでいた。
(何をくよくよと悩んでいるんだろう、信じようって言ったのに)
アイラは目を伏せた。目を背けていたら、何も救えない。正面を向いて、しっかり乗り越えるべきだ。どんな障害の前でも、ラティークを、信じよう。
(ラティークは言った。闇に染まる王国を取り返すと。なら、あたしは自分の国の秘宝くらい、自分で取り返さなきゃ)
「あたしも、行く。離れたくない」
腕にしがみつくと、ラティークはふわりと笑った。良かった。怖ろしく黒い笑顔はアイラには向かない。また胸の小犬がきゃっきゃと騒いで駆け回った。
――うん、信じて行こう。大丈夫って言ったじゃん?
魔法が心地良く、背中を押す。魔法はラティークの香りがするに違いない。
揺れる心をしっかりと支えられている実感にアイラは口端を少し緩めた。
あたしがあたしの声で、あたしに微笑む。
(あれ、じゃあ魔法って本当は、何?)
椅子に丸まっていたシハーヴが小さな欠伸をした。
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