3-6 第二宮殿炎上 アイラ、謎の男の影を見る

★3★


 弱気になっては、(はっ)と気付いて背中を探る。毛虫がいないかを確認しては、アイラはウロウロと歩き回った。


(もう、少しも落ち着かない。毛虫、まだ張り付いてたりしないかな)


 アイラの部屋はラティークが大部屋から移動を命じたせいで、第二宮殿の南の広々とした部屋に変わったが、どうにも落ち着かない。調度品がすべて金の影響だ。


 ぼふ、と設えられた寝台に体を投げ出した。だらりと両手を下げて天井を見上げる。


 ――堂々と、たった一人では、僕の愛は溢れてしまう。だって。


(ああも博愛を宣言されると、しらけてくる。あたし、十把一絡げは大嫌いだし。ちゃんと自分だけを見て欲しいと思うは当然だよ)


 アイラはいくつもあるクッションを持ち上げ、ぼすっと壁に向かって投げた。


(そもそも、魔法で心を操ろうなんてするから! 素直になれないの! 腹が沸騰する。ああもう! 心臓の小犬、きゅんきゅんうるさい)火照った顔を腕で隠した。


 ――もうやだ。もうやだもうやだ。ラティークと拘わると、必死で作り上げた王女の尊厳がどこかへ逃げて行こうとする。これ以上、怪しげな風の魔法で引っ掻き回さないで欲しい。アイラの脳裏の中で、ラティークが寂しそうに笑った。


『僕も消されるかも知れない』


(本当に、毛虫の弱さで出た言葉? ラティーク王子の本心、わからない。怖い。以上に自分が何やっているのか、何をしたいのか。何かやらかしそうで我ながら怖い)


 ぐるぐるした脳裏をぶん投げるつもりで、起きた。


 ――よし! お水飲もう! 悲観的な思考は、喉が渇いているせいだ。


 アイラは立ち上がり、水差しを手に廊下を出た。


(確か宮殿の庭の一角に噴水があったはず)記憶通り、噴水に辿り着いた。


 夜の噴水は細々と水を噴き出させている。唯一見えるオアシスが水源らしい。


(ラティーク、あたしが水の王女だから落ち着くだろうと、連れてきてくれた。嬉しかった……。とっても……でも、言えなかった、な)


 月明かりの下、銀色に光る水面を覗き込むと、不安そうなアイラの顔が揺れていた。


「何て顔、してるのよ、あんた。元気が取り柄なのに」


 映ったアイラの顔に向けて、水差しを突っ込んだ。水面は揺れて、不安ごと砕けた。ついでにバシャバシャと水の底を攫ってみたが、透き通った水の中には、なにもなし。


〝コイヌール〟ヴィーリビアの秘宝。青く透き通り、ガラス玉の宝石の輝きを持った、それはそれは美しい青い宝石。普段は神殿のウンディーネ樣が手にするべき石。


(あたしが七歳の時にはあったから、次に水の年頃を迎え、拝謁した十四歳の七年間の間に誰かが盗み出した話になる。だめだめ。月日の河が大きすぎて手に負えない)


「――……なんて弱音はこの際いいの!」


 アイラは頭を噴水に突っ込んだ。昼間にラティークが同じこの場所で、同じ動作をしていたと思い出すなり、頬が熱くなった。


 ……関係ない。砂漠は暑くて髪が焼けちゃうから、冷やさないと。


『たった一人では、僕の愛は溢れてしまう。受け皿は多く、たくさん必要なんだ』


 水を滴らせて、噴水に深く手を差し入れ、大きく腕を振った。


 きらきらと水飛沫が驚いて、銀のアーチを描いてはアイラの眼の前を横切り、散ってゆく。ラティークの時のように綺麗には舞い上がらない。もっと手を突っ込んだ。


「魔法なんか使うなっての。臆病者。ばかばかばかばか。もうもうもう!」


 悪態をついた瞬間、水面が勝手に大きく揺れた。なんだろう。胸騒ぎがする。

 アイラは胸騒ぎの速度になって、元来た道を引き返した。


 月明かりに照らされた中に、象面の男が立っていた。男は靜かに第二宮殿を向いている。紫色の気配を漂わせた象面がアイラに向いた。


 側には黒い大きな影が揺らめいていた。


(やだ、怖い。ウンディーネ様、御守りください)

 アイラは後ずさりした。


 気付けば男の姿は消えていた。空が赤く焼けていた。第二宮殿のある方面だった。


「やっぱり! 宮殿が燃えてるんだ!」


 ラティークのハレムのある一際巨大な宮殿に、いくつもの黒い影がかいま見えた。(なにが起こったのだろう)不安でへたり込んだアイラの視界に、人影が映った。



〝僕は暗殺されるかも知れない〟



 なんでこんな時に思い出すの……?


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