◆◆◆4◆◆◆ 王子の宣戦布告 ◆◆◆

4-1 砂漠へ ラティーク王子の暗殺陰謀?!

★4★


「砂漠の盗賊か! 敵襲か!」宮殿前では、衛兵たちが右往左往していた。就寝していた奴隷たちも飛び出して来た。大変な騒ぎだ。丸い屋根は既に火で包まれていた。


「逃げなさい! 砂漠へ。第二王子ラティーク樣が皆を国から逃がすでしょう!」


 書記アリザムの采配は的確だった。城壁に立ち、皆をどんどん外へ逃がしている。


「そこの奴隷! ……あ、アイラ、殿か! 逃げたほうがいい」

「アリザム! ねえ、なにが起こったの?」

「ラティーク王子暗殺です! 火の精霊と、他国の軍隊が同時に迫って来ている」


 ――暗殺! ラティークの言葉が現実になって押し寄せていた。


 絢爛豪華だった宮殿は今や炎と光に晒されていた。

 アリザムの低い怒鳴り声と真っ赤な炎の間で火の精霊が二人で飛び回っている。通り過ぎる度に、火が大きくなった。


(あの子たちが燃やしてるんだ!)


『なんでアタシら、こんなん燃やさなきゃなんねぇの? 契約? マジ笑えね?』


 ――火の精霊は、なんでもかんでも燃やし尽くすオンナばかりの精霊。火は笑い声と共にボウボウに燃え上がり、オレンジ色に発色して広がり始めた。


(あの子たち! ひどいことして! 止めさせないと!)


 アイラは勇ましくもズカズカと燃える宮殿に近づいた。熱風が足元を吹き抜けた。


「やめなさいよ! 誰と契約しているの! 大人しく帰って」


『おや、なんかァ、ムカつくオンナがァいるんですけどォ』炎を揺らめかせたまま、精霊がアイラに気付く。二人はヒソヒソ話を始めた。からかわれている。


『あんた、そこ退きな。王子を燃やせって言われてんだ。宮殿はおまけさ』

『そうそう、こんがりとね。見目がいい男は久しぶりなんだ。邪魔すんな』


 どうやら、博愛主義のラティーク王子は、今度は火の精霊に魅入られたらしい。


「誰の命令よ。王子を焼けなんて! 王子はパンじゃないのよ」


『教えるかーよ。小娘。あたしらは契約が全てなんだ。邪魔すっと、焼くよ! こっちも契約なんだ! 必死なんだよ!』


 ちり、と炎がアイラの服の裾を焼いた。むっとしてアイラは火の精霊を睨んだ。


『ねえ、こいつってさ、アタシら消されちゃうよね』

『うん。やばくね? やっぱそう思う?』とまたヒソヒソやり始めて、火の精霊はアイラから遠ざかって、飛んで消えた。


(な、何だったのだろう……でも、火もこれで消えるかな)


 アイラの眼の前で、宮殿の一角が瞬く間に燃え落ちた。呆然と座り込む前に、見慣れた長身が飛び込んで来た。アリザムが黒駱駝に乗って進んできた。


「ラティーク王子は? も、燃やすってさっき」


「白駱駝で一番に逃げた。逃げ足が速い特技を今こそ生かしてもらわねば。今頃、砂漠に飛び出している頃でしょう。私もすぐに合流する」


「どうして、暗殺」咄嗟でモタモタ喋るアイラにアリザムは素早く返答した。


「想定内だ。ラヴィアン王が伏せった事実が広まれば、他国も黙っていない。機密が他国に漏れた。七年。ラティーク樣の心痛お察しして、余りある」


 アリザムの主君命の演説はこの際聞き流すとして。


(〝七年間〟ついさっき、考えた月日。これは偶然? コイヌールが消えたのも、七年間の間。同時にラヴィアン王が倒れたのも、七年前……?)


 思考の途中で正面から白駱駝が飛び込んで来た。黒いマントを翻して、華奢な白駱駝に跨がったラティークだった。


「アリザム、第二宮殿に残っている人間はいないのだろうな!」

「私と、アイラ殿が最後です。全てとっくに逃がしました」


 ラティークは「そうか」と呟き、燃え落ちる第二宮殿を涙目で見つめた。


 横顔は決意の滲み出た凛々しさに満ちていた。


 ラティークは靜かに告げた。視線は立ち尽くしたアイラにだけ、向いていた。


「これで先手は打った。みすみす殺されてなるものか」



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