1-5 ヴィ―リビアの国の水の王女 第二宮殿は趣味の悪さの巣窟か


★3★


(なんだろう、この色合い……第二宮殿とは趣味の悪さの巣窟?)


 辿り着いた第二宮殿は金銀ギラギラ、時折赤に緑で染められている。派手もここに極まれり。噴水まで金銀。お金大好き守銭奴スメラギが喜びそうな色合いだった。


「美しい庭園だったのですけどラティーク樣が金色にしてしまい……」


 女官が残念そうに口にし、はっと顔色を変えた。「なんでもありません」と視線を逸らし、長い礼服を引き摺って歩き去った。


 アイラは時折眼を踊らせては、回廊を進んだ。見れば見るほど極彩色で高級そう。


 大きく空間を空けた天井からぶら下がる高級そうなタペストリは金糸と銀糸で丁寧に編まれている。金の鎖を巻き付けた柱には、水晶が埋め込まれて輝いていた。透かし彫りを施した豪華な大理石の床には、砕かれた宝玉。点々と散らかった衣服に足を取られてみれば、絹の柔らかさと肌触りの良さに驚かされた。


(う、何か、柔らかいモノ、踏んだ)足を上げると、甘酸っぱい香り。葡萄だ。


「なんで、葡萄……? 歩きながら食べたのかな」


 素足の裏に張り付いた葡萄の皮と格闘している内、辿り着いた宮殿の最奥では、大きな虎と、象の彫刻を施した金の扉がアイラを待ち構えていた。


(嫌な予感……もう、既に、このド派手な扉が何だか不吉なカンジがする……)


「ラティーク樣。先ほどの、新しいシリ揉み奴隷をお連れしました」


 扉がゆっくりと、両側に開け放たれた。部屋では着飾った女官がアイラと同じような服を着て、クスクス笑ってごろごろしている。働いていないのか。


 ぽつんと取り残されたアイラに、一人の女がからかいまじりの声を投げてきた。


「ここは第二王子ラティーク様のハレムよ。主のラティーク王子にご挨拶なさい。そちらの垂れ幕の向こうにいらっしゃるわ。礼儀を知らない娘だね」


(こんなハレンチな場所の礼儀なんて存じません!)


 挨拶に向かったが、肝心のラティークは女性の影に隠れていて、頭しか見えていない。垂れ幕越しに窺うと、群がっている図は、まるで砂糖に集る蟻のようだ。


(あたしは、あんな蟻みたいになりたくない! でも……あの中にヴィーリビアの戻らない少女たちがいるかも知れないとしたら――)


 背筋をぴんしゃんと伸ばし、足を進めた前で、寝台への天幕が持ち上げられた――。

★☆★


(あの後の魔法うんぬん、思い出しても苛々する! 初めてだったのに!)


 アイラは回想を終え、ラティークを叩いたお陰でまだひりひりする手を擦った。


(なんで迷惑掛けられたあたしの手が痛む。理不尽だ。もう絶対拘わりたくないし、ハレムに行く必要もない! ううん、逢いたくないし! 顔も見たくない)


 ヴィーリビアの民がいなかった事実が、せめてもの心の慰めかとしょんぼりと歩いていると、山のような土がアイラに向かってのそのそと、進んできた。


「象のうんちが通りますよ~」聞き覚えのある声に、アイラは足を止めた。


「サシャー、何してるの?」


「あ、姫様」すっかり肉体労働に明け暮れた顔で、サシャーはにっこり笑った。


「あたし、第一王子であるルシュディさまにお仕えする話になりまして! 象のお世話を任されたのですわ。でも新人は、うんち運びからだと言われて、こうして捨てに」


「そういう意味じゃない。おまえ、象のお世話しに来たわけじゃないし、あたしも、王子のわけわからん魔法に翻弄されに来たわけじゃないでしょ!」


 半分は、ラティークにすっかり翻弄された、アイラ自身への苛立ち。八つ当たりに気付いて口調を緩めた。


「魔法、ですかぁ……」訝しげなサシャーの前で、アイラは口元を押さえた。


 そもそも。ラティーク王子が風の子供の精霊詰め込んだランプぶら下げてるなんて、信じられない話……。

 つんとした臭いが鼻を掠った。集団で詰まっている象の……が思考の邪魔をしてくる。アイラはちらと山盛りの土を見た。


(ちょうどいい、手車を押してウロウロしてみようか。不審に思われないだろうし、むしろ、笑われて相手にされないくらいが探りやすいかも)


「それ、捨てに行くのよね。あたしも行く」


 しかし、歩き出して後悔した。アイラの赤いトーブはともかく目立った。一目で「ラティークさまの……ヒソヒソ」という具合でハレムでしか通用しない。ちょうど、踊り子が平然と街を闊歩しているようなものだ。いくら小さくても、膨らみが露わになるデザインのトーブは眼を惹く上、「えっちな感じですねぇ」とまたサシャーがコロコロと変に響く妙な声で呟いたりする。


「見世物じゃないのよ! あたしの胸は! 見せる部分、ないし!」


 言いつつ、哀しくなって眼をやると、お誂え向きに男物の服が干してあった。


(今後の探索準備も兼ねてお借りしよう)


 チッパイはすんなりと上着に収まった。長い上着を腰紐で縛り、ようやく人心地のついたアイラにサシャーがぼやいた。


「姫樣、それはかっぱらいと言うのでは……」

「聞こえが悪いよ。あたし、これでも王女よ。かっぱらいはないよ」


 サシャーにウインクして、(確かに)と実感した本心を誤魔化し、道を急いだ。

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