1-4 ヴィ―リビアの国の水の王女 王子のハレムへ
☆★☆
(どういう仕組みなんだろ。砂の上を、帆船がちゃんと走ってる)
砂船の甲板に立つラティークを見やるが、答えなど見つかるはずもなく。帆船は緩やかに砂の海を滑り、金色の砂地を颯爽と走る。
蜃気楼が揺らめいて、空気を光らせる中、船はノスタルジックな金の宮殿に辿り着いた。
「これが、大国……」迫力に呑まれ、アイラは呆然と風景を見回した。ラティークは船から降りると、「兄貴はどこだ」と青年に駆け寄っていった。
ラティークの兄ことヴィーリビア第一王子ルシュディは年頃のラティークとは違い、トーブを落ち着いた色合いで揃えている。背中を向けているので、ターバンの羽だけがふよふよと揺れて見えた。
(サシャーを連れて行った、手紙を寄越した第一王子? 一見普通に見えるどころか、優しげだけどな……)
〝永久に闇に閉ざされ、光を喪う〟。文面を思い出してゾッとするアイラに、アリザムが答えた。
「ラティーク王子の腹違いの兄、次期王のルシュディ王子です。珍しく一緒になったので、話をしているのでしょう。お側衆が聞き耳を立てるほどでもありますまい」
言いながら、アリザムは「ふむ」と聞き耳を立てた。
「王は目覚めない、か……王位継承をどうするつもりなのでしょうかね」
「第一王子さまが引き受けるのがスジよ。ちゃっかり聞き耳、怒られるんじゃない?」
「ふむ。しかし、その継承を執り行う王が昏睡状態に陥って、早くも二年だ。決定権は王にある以上、世継ぎだと公言ができない状態です」
「代理を立てたら? それか、第一子権限で……」
「随分、博識だな。おまえ、奴隷にしては、物知りだ。口が滑った。忘れろ」
あまり喋ると王女の素性がばれてしまう。面倒な王位継承問題に巻き込まれたくないし、自由に動けなくなる。口を閉じたアイラの前を大きな壺を抱えた男たちが通り過ぎた。今度は絨毯を女官三人が運んで行った。
ラティークは腰に手を当てて、ルシュディの話に頷いていたが、突如爪先を砂に打ちつけ始めた。その度に腰に括り付けたランプがガンガン太腿に下げた宝飾に当たって歪な音を響かせている。どうみても邪魔そうだ。
(邪魔なら外せばいいのに。ヘンなの。太腿痣だらけじゃないの?)
「アリザム! 執務はしないぞ!」
カンコン、ゴゴン。ラティークが賑やかに通り過ぎた。チラとランプを見たが、持ち手は禿げているし、昔のデザインだしで、お世辞にもお洒落とは言えない。
(本当に、なんなんだろ、あの腰に括った汚いランプ。金物屋でもやるのか)
……と、金物屋の音が止んだ。ラティークが足を止めて振り返った。
「その奴隷を着飾らせ、僕の宮殿のハレム部屋に寄越してくれ。兄貴の顔を見たくない。執務は代理を任命し、僕は好きにさせて貰う。命令だ、アリザム」
「……かしこまりました。ではすぐに手配を」
苦虫を噛み潰した表情で、アリザムは深く頭を下げた。ラティークはまたガコガコランプを蹴飛ばしながら、王宮の奥に消えた。
(……邪魔なら、持ち歩かなければいいのに。王子さまのお考え、わかりません)
アリザムは肩を竦め、女官を呼んだ。
「この奴隷を王子の離宮に迎え入れる手筈を。早急にだ」
(ちょっと待て。王子の離宮?)何か話が見えなくなってきた。
アイラの見開いた眼に気付き、アリザムは「おまえ風情に説明は不要だが」とでも言いたげな横柄な説明をしてくれた。
「この宮殿の最奥。ラティーク王子は第二宮殿の主だ。王宮は三つ。本殿、第一王子の宮殿、そして我が主の非常に趣味の宜しい第二宮殿」
「三つもあるの? ここだって相当広いのに!」
(まずい展開だ。第二宮殿に放り込まれたら、レシュも、コイヌールも探せない!)
アイラは掌を見せて、首を振った。
「王子の宮殿なんか行かない。あたしは、奴隷として来たの。お仕事ちょうだい」
アリザムは「何だ今頃」とでも言いたそうに軽蔑の一瞥を投げつけた。
「奴隷商人の売り文句が本当であれば、それが貴女の役目だ」
(スメラギ! とんだ設定で売りつけてくれて! 覚えてなさいよ!)
素早く扉を開け、アリザムは憤るアイラをさっさと部屋へ押し込んだ。
(え?)と思う間もなく集まっていた女官がにじりよじりアイラに近づいて来た。
「ちょっと、くすぐったい! やめて! あっはははははははは!」
着替えさせられ、白粉を叩き込まれ、芳香を吹っかけられて、今度は廊下に「いってらっしゃいませ」とばかりにぽいと引き出された。呆然自失で見下ろせば、立派な赤いトーブに髪を大胆に結われている。ハレム参加の格好に変わっていた。ラヴィアンの女官、恐るべし。
(ああもう、こんな暇はないのっ! 命令かよ、感じ、わる!)
期限は限られている。親友と秘宝を見つけ、民を逃がす。やるべき事項はてんこもり。砂漠の熱射病王子と懇ろになる暇はないのに。
「では行きましょう。第二王子のハレム部屋へ」
憮然としているアイラの横をアリザムがさっさと素通りした。慌てて後を追った。
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