1-3 ヴィ―リビアの国の水の王女 砂漠地帯へ

★★☆


 ヴィーリビアから続く海路はやがて途切れた。上陸すると、すぐに闇市が見えた。その後には市街地。様々な商品がアイラの目を引く。


(結構繁盛してる。スメラギが商売したいって言う意味もわかるな)


 石の道が続き、広大な砂漠が姿を見せ始めた。奴隷たちを連れた王族はぞろぞろと馬車に乗り込んだ。後から、警備用の駱駝を引いた兵士が数人続いた。

 ラティーク王子の側でなんやかやと世話を焼いている男は背が大きい。


 乗り込んだ四人馬車の正面には、そら恐ろしいほどの美貌を晒して、ラティーク王子が既に居眠りの船を漕いでいた。顔色が悪い。口を軽く開けて喘いでいる。


「ね、何か苦しそうだけど……大丈夫かな。具合悪そうよ?」


「熱射病ですよ。普段不健康な暮らしをしているのに、太陽の真下にいらした。奴隷が来ると聞くと、いそいそと出かけるは良いが、後の容態の悪化は眼も当てられません。砂漠の大国の王子なのに熱射病。このアリザム、お付きとして情けない話です」


「でも、こう暑いと水分が欲しくなるんじゃない? じゃあ今も、熱射病?」


「いえ、これは、ただの昼寝です」アリザムと名乗った男はぴしゃりと告げ、そっぽを向いた。事務的な喋り。格好も色味を抑えたトーブに、一縷も髪を零さない頭布。冷徹な事務官そのものだ。


 つまらなくなって、足を揺らすと、ラティークの睫もふるふると揺れ始めた。


(そういえば、サシャーと離れてしまったな)


 アイラは縛り上げた髪をいじくりながら、前を走る大型馬車を見詰めた。骨太の駱駝が引っ張っているから、速い。アイラの馬車は小型で、身を乗り出させた途端、手首の小さな腕輪に気がついた。


 細いロープが伸びており、眼で辿ってゆくと、ラティーク王子の手首に行き着いた。


「あたし、束縛大嫌い!」怒鳴ったアイラの声で、ラティークが薄目になった。


「寝足りない。大声やめてくれるか、奴隷。寝室で好きなだけ叫ばせてやるよ……」


 また、スウと瞼を下ろして夢の中に帰って行った。


「王子は絶好調。特に案ずる箇所はなし」アリザムがぼやいた。


(勝手にすれば! その美貌、台無しよ!)


 馬車は石蕗をひたすら走った。オレンジのヴェールを空が被る。重苦しい木々が揺れる音。小さな砂嵐が通り過ぎた。宮殿に向かう馬車の対向には、荷物を載せられすぎてヨロヨロしている駱駝の群れ。


 どれもこれも、海の国では見た覚えがない。文化がこんなにも違う事実に驚きを隠せない。と、ようやくうたた寝のラティーク王子が瞼を上げた。


(あ、眼が金色に緑がかってる)アイラはまじまじとラティークを凝視した。男にしておくには勿体ないくらいの綺麗な顔。反らせた首には汗がじんわり滲んでいた。


「気分が至極悪い。揺らすなと伝えてくれ。アリザム」


「それは結構。では大人しく執務室へ連行しますラティーク王子」


(……本当、ヘンな王子とお付きの変な会話)


 ラティークは金銀を巻き付けた頭布を指でぐいと上げると、今度はアイラをじろじろと眺め始めた。何かを見つけようとする虎の獰猛な瞳に似ている。怯えたアイラに気付き、ラティークは目付きを柔らかくした。


 車輪の音が変わった。馬車は左右に揺れながら、地面に少しめり込み始めた。


「砂漠地帯への港が近づいたんだよ。外、見てごらん、奴隷」


 ラティークは心底嫌そうに、馬車の外を示した。盗賊崩れの男たち、商人のおじさんたち、元気一杯な男の子たち、仕事帰りらしい荷物を提げた男たち。

 やがて馬車は進み、眼の前に広大な砂漠と、樹海が見え始めた。砂漠なのに船が走っている。砂船など、聞いた覚えもない。


 驚くアイラにラティークは誇らしげな声音になった。


「ラマージャのイーシュカ港。国の貿易を一手に引き受けている巨大港だ」

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