第2話 日記Ⅰ-1

 随分濡れてしまった。髪をそこら辺に落ちていたタオルで拭い、適当に服を着替えた後、必死に抱えてきた鞄を床に置いた。


 さて本番である。ついに彼と対面する時が来た。


 日記は五冊ある。結構分厚めのものが5冊。改めて見るとやはり、読むのも骨が折れそうだが、それだけ中身が濃いように思える。量に対してやる気が落ちることは無かった。


 最初の一冊。ボロボロの表紙を見つめる。1と数字が書かれているのみ。名前は書かれていなかった。かなり前のことだろうか。


 1ページ目。10年前の5月21日とある。予想以上に前。何はともあれ、さぁスタートだ。


「今日から日記をつけることにした。どことなく憧れがあった習慣を始めることにする。しかし自分は飽き性で長続きしないのが常だから、なるべく習慣となるまでは意識的に物事を書くことにしたい。 阪間賢人」


 まず名前が判明した。サカマケント。ありふれているようであまりいないような、不思議な感触である。序言ということもあろうが、普通極まりない。後に気が触れるか疲れ果てるような要素はない。報道では24歳と言っていたから…中学二年生の頃ってことか。一言一句に勝手に納得しながら、夢中になって読み進める。



5月23日 早速一日飛ばしてしまったがあまり気にはしていない。部活の後の塾はどうにも集中できない。またウトウトしていたら怒られた。もう予習が済んでいるせいで退屈だったこともある。予習しなければもっとわくわくしながら聞けるのだろうか。でも僕はそれが耐えられない。どうしたものか。


5月25日 僕は人からからかわれることが耐えられない。だから冗談も苦手である。冗談といって裏でクスクスされると疑り深くなってしまう、そんな自分が情けない。しかし気にしていてもしょうがないから、耐えることにする。


5月29日 友人と遊んだ。ゲーム内のキャラを交換して図鑑がコンプリートだ。一つ達成出来た。そのあと、塾の宿題を解いて終わり。面倒だがやれと言われたからやる。与えられているだけまだましなのか。何もない、教えられない状況で、分かれ!と言われても無理があるよな。独学できる人は本当にすごいと思う。


6月2日 中間テスト。所々分らなかったが9割は堅いはずだ。また一番はもらった。母さんとゲームを買う約束をした、今度こそ守ってもらわないと困る。いつもお菓子になるのはもう許せない。


6月4日 成績表が返却。全教科1位であった。パーフェクトは気持ちの良いものだ。しかし不満。約束はまた果たされなかった。しかも褒められることもない。当たり前だと思っているのだろうか。いつもながら不満。また、本気でゲーム脳を信じている節がある。これも理由の一つであろう。読めとうるさいからそれについて書かれた本を読んだが、眉唾である。…布団の中で前クリアしたゲームを最初からすることにした。



 勉強が出来、よく言えば真面目、悪く言えば融通が利かない性格だったようだ。冗談と本気の区別がつかないくらいには言葉を正面で捉えていたと読み取れる。冗談の一つ、彼もついたことあるだろうに、いやついたら自分に嫌悪感を催していたのだろうか?何とも難儀な性格だ。


 また、親との関係は物を欲しがれるぐらいには普通の関係だったようだ。要求は叶えられていないようだが、実際そんなものだろう。アメばかりでは腑抜けになってしまう。でも何を達成しても見返りが何一つないのは少し寂しい気もした。そういう達成感のない日々は辛かろう。


 ここで一旦振り返る。そうすると、少しだけ、闇が見えた気がした。達成感、愛に飢えながら、周りとなかなかうまくいっていない彼の孤独の根。


 どのように深く根を下ろしていってしまうのか。恐れと期待と、矛盾する二つの感情が私を突き動かす。

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