第11話 幸せな場所へ 8

「ノノくんには少し高いかもしれないね。こっちに寄ってもらえるかな?」


「んん? わかりました……」


 荷台に手をかけて手招きをすれば、首をかしげながらもノノが近寄ってきてくれる


「きゃっ……」


 彼女の腰に手を伸ばして抱き上げて荷台に飛び乗れば、木のタイヤがミシリと揺れた。


「ごめんね。痛かったかい?」


「いっ、いえ。大丈夫です……」


 狭い荷台の中で手を離せば、軽く頬を染めたノノに目をそらされてしまった。


 そうしながらも、ピタリと寄り添って離れないところを見る限り、嫌われている訳ではないのだろう。


「はぁ、ノノちゃんみたいな娘と、シゲルさんみたいな旦那様。どこかに落ちていないかしら……」


 御者台に座るミレイのそんなつぶやきに続いて、ペチリという軽いムチの音が鳴り、荷台がきしみをあげた。


 簡素な作りのタイヤがゆっくりと回り始め、地面の凹凸がダイレクトに伝わってくる。


「きゃっ!」


「おっと、……大丈夫かい?」


「はい……、ありがとう、ございます」


 車内はお世辞にも乗りやすいとは言えず、大きな石につまずくたびに強い揺れを感じた。日本の車などとは到底比べようもない。


 だがそれでも、自分の足で歩くよりは遙かに快適な速度で、3人を乗せた荷馬車が深い森の中を進んでいった。



 そうして1時間ほど進んだ頃だろうか。


 周囲に生える木々がまばらになり、草木に覆われた地面が土を固めただけの簡単な路面へと変わった。


――そんな矢先、


「痛っ……」


「シゲルさん!」


 シゲルの腰が、痛みを訴え始めた。


「どうかしたの? 止める?」


 御者席に座るミレイまでもが振り返り、心配そうな瞳を向けてくれる。


 そんな彼女たちに対して、頬をかきながら苦笑いを浮かべて見せた。


「いや、問題ないよ。ただのぎっくり腰だね。いやはや、歳はとりたくないものだよ」


 早めに慣れなくてはいけないね、と笑いながら手を振れば、横からノノの細い腕が伸びて来る。


 おや? と思いながら、視線を向ければ、ノノの瞳が湿り気を帯びていた。


「シゲルさんばかりに無理をさせてしまってごめんなさい……」


 消え入りそうな声に続いて、小さな手のひらが腰に当てられる。


「痛みが消え去りますように……」


 祈りを捧げるかのようにつぶやかれた声が風に乗り、不思議と心が吸い寄せられた。


 ノノの手のひらから青い光の球があふれ出し、腰へと吸い込まれていく。


「回復、魔法……」


「あっ……! えっと……、あのー……」


 衝動か、無意識か。


 ミレイの驚いたような声に、ノノが慌てて両手を横に振る。


「違うんです。今のは、えーっと……」


 その後の言葉は出てこなかった。


 両手を胸に当てて、泣き出しそうなノノが視線をうつむかせる。


「悪いね。今のも内緒にしてもらえるかな?」


「……そっ、そうよね。わかったわ。……まさかシゲルさんよりもノノちゃんの爆弾の方が大きかったなんて、夢にも思わなかったわね……」


 あははー、とミレイが乾いた笑いを響かせた。


 オホン、と軽く咳払いをして、ミレイが少しだけ鋭くなった視線をノノへと向ける。


「ノノちゃん、わかってはいると思うんだけど、その力は無闇に使っちゃダメよ? 自分が絶対に必要だって思うときだけね。わかったかしら?」


「はい……、ごめんなさい……」


「あっ、ううん、違うの。悪いのは私たち強欲な大人の方。ノノちゃんは間違ってないわよ。だからね、絶対に必要、って思った時はバンバン使っちゃったら良いわよ。後処理はシゲルさんに任せちゃったらいいの」


 そう言って、ミレイは茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せた。


「絶対に、必要……。そうですね、わかりました。ありがとうございます!」


 何かがノノの琴線に触れたのか、彼女の瞳が一層のかがやきに包まれた。


 そんなノノに目尻を細めながら、御者台へと目を向ける。


「どうして回復魔法だってわかったんだい? 見たら誰でもわかるものなのかな?」


「いいえ、その点は大丈夫よ。知識の乏しい人に見られたら、光の球が出るだけの魔法って言えばいいわ。私が知っていたのはたまたまね。大司祭様がお使いになるところを遠目に見たことがあったのよ。それもお祭りの抽選に当たったってだけだから、一般人は知らないわね」


「……なるほど。大司祭様か」


 どれほど力を持っているのかも知らないが、教会の関係者には細心の注意を払うとしよう。


 そんなことを思いながら軽くなった腰の調子を確かめていれば、遙か遠くに巨大な壁に囲まれた街が見えてきた。


 これでようやく、長かった森での生活が終わりを迎える。


 空高く上がった太陽が、2人の行く先を明るく照らしているように見えた。

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