第10話 幸せな場所へ 7

「リトル・ドラゴンを瞬殺だなんて……」


「シゲルさんは、すっごく強いんですよ」


 ホッと一息入れれば、背後から2人の声が聞こえてくる。


(神様から借りただけのレンタル品だけどね)


 惜しみない賞賛の声に心の中で苦笑を浮かべながら、平然を装ってネクタイを締め直した。


「お疲れ様。こちらのお嬢さんにケガはなかったかい?」


「はい。大丈夫みたいです」


 笑顔で待ち受けるノノに近付き、髪に手を伸ばす。

 抵抗なく受け入れた彼女は、少しだけくすぐったそうに目を細めてくれた。


 そうして心を落ち着かせながら隣にたたずむ女性へと視線を向ければ、洗礼されたお辞儀が帰ってくる。


「助かりました。ありがとうございます」


「礼なら雇用主マスターにね。僕は雇われの身だからさ。それと、話しやすい口調で構わないよ」


「……そう? わかったわ。助けてくれたお礼をしたいのだけど、あいにくと手持ちがないのよ……」


 そう言葉にして、女性が視線をさげる。


 詳しく話を聞けば、彼女はミレイと言う名の商人らしく、この近くの町で仕入れを済ませて帰る途中にリトル・ドラゴンに襲われたらしい。


 立派な馬につながれた荷台を流し見れば、錬成前の鉱物と思われる石が山のように積み上がっていた。


 炭鉱の街か、それに準ずる場所に行っていたのだろう。


「あの手の魔物は頻繁に出るのかい?」


「そうね……、魔物と遭遇するのは、5回に1回ってところかしら。普段はスライムが1匹か2匹なんだけどね」


 そんな言葉と共に、ミレイが肩をすくめて見せた。


 投げつけて逃げるような食料はなく、護衛を雇えるほどのコネも金もないと言う。


(リスクより、利益の方が多いかな)


 申し訳なさそうに話すミレイの澄んだ瞳と背後に倒れるリトル・ドラゴンを流し見て、シゲルの心が決まった。


 意味ありげな視線をノノへと向ければ、不思議そうに首をかしげながらもうなずいてくれる。

 その唇が、お任せします、と動いたように見えた。


 それならばと、リトル・ドラゴンに近付き、手をかざす。


「<収納>」


 小さくつぶやけば、2メートル近い体が手のひらの中へと消えていった。


「収納、魔法……」


 ハッと息を飲む声を尻目に、残る5体を次々と収納していく。


「凄腕の剣士なうえに、王家クラスの魔法使いだなんて……。私は夢でも見ているのかしら……」


「王家クラスなのかい? 平凡なオジサンってことにしておいてはくれないかな?」


 聞こえてくるつぶやきに苦笑を漏らせば、ミレイが大きく肩をすくめて見せた。


「あなたのような人が大勢いてくれたら、魔物退治も少しは進むのだけど」


 遠くを見るように視線をあげて、ミレイがしみじみとつぶやく。


 彼女もまた、この世界で苦労を重ねてきたうちの1人なのだろう。


 そんなことを思いながら、馬車の荷台に足を向けた。


「僕たちを荷台に乗せてはもらえないかな? 向かう先は同じなんだけど、少々歩き疲れてしまってね」


 そう言葉にすれば、ミレイが不思議そうに首をかしげる。


「それはかまわないのだけど……」


 荷台にはこれでもか、と言うほど鉱物が山積みにされており、どう見ても乗れるような場所はない。


「<収納>」


 そんな場所も一瞬にして片付いてしまった。


「魔物だけじゃなくて、鉄鉱石まで収納出来るだなんて……」


 あきれの混じり始めたミレイの声に振り向いて、曖昧な笑みを浮かべて見せる。


「改めてなんだけど、僕たちを護衛として雇ってはもらえないかな? 報酬は街に入る時の手続きと、魔法が使えると口外しないこと。どうかな?」


 そう言葉にすれば、はぁ、とため息を吐いて、がっくりと肩を落とされてしまった。


「そんな魔法、誰にも言えないわよ……。うすうすは感じていたけど、訳ありなのね?」


「そうだね。出自を探られたくないくらいには。あぁ、もちろん、出来る限りでかまわないよ。どうかな?」


「もちろん。命を助けられたんですもの、そのくらいはさせてもらうわよ。むしろ、こちらの利益の方が多いわ。もう少しぼったくってもいいのよ?」


 表情を緩めたミレイが、色気をなびかせて髪をかき上げて見せた。


 膝を折ってノノと視線を合わせて、優しい笑みを浮かべて見せる。


「私の街まで案内するわ。おいしい物もいっぱいあるから、楽しみにしていてね」


「……はい! よろしくお願いします!」


 ノノの無邪気な声が、森の中に広がった。

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