第9話 幸せな場所へ 6


 代わり映えのしない木々を抜け、2人がゆっくりと歩みを進める。


 1時間、2時間、3時間……。


 薄暗い森の中をただひたすらに歩いていった。


「はっ、はっ、はっ……」


「……そろそろ休憩にしようか」


「まだまだ、だいじょうぶ、です……」


 昨日と比べて進むスピードは落ちている、それでも着実に前へと向かっていた。


「そろそろおやつの時間だね。また背中に乗ってくれるかな?」


「はっ、はっ、はっ……、わかり、ました」


 何かに理由を付けて彼女を背中に乗せ、食べられそうなものを探してもらう。


 昨日のリンゴに続いて、杏やブドウに似た果実を見つけることが出来ていた。


「これも甘くておいしいです」


「ふふ、そうだね。これもノノくんのおかげかな」


 沢を見つけて喉を潤し、山の幸で腹を満たした。


 何を見つけても彼女は無邪気に笑ってくれて、その笑顔を見ていると疲れもどこかへ飛んでいく。


 どこまでも頑張る彼女に、シゲル自身が励まされているように思えた。


「さてと、結構な距離を来たかな。もうそろそろ森を抜けるかもしれないね」


 メニューの地図を眺めながら背中に乗るノノに声をかければ、ハッと息を飲む音が聞こえて来る。


「抜ける……。ありがとう、ございます……」


「思ったよりも早いかな。ノノくんが頑張ってくれたおかげだね」


 そう言葉にすれば、涙の混じった吐息と共に、回した腕にギュッと力が込められた。


――そんな矢先、木々のざわめきに紛れて、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。


「シゲルさん!!」


「僕も聞こえたよ。しっかり捕まっていてくれるかな?」


「はい。お願いします」


 ノノの声にうなずきを返して、悲鳴の聞こえた方向へと走り出す。


 邪魔な枝を剣で切り裂いて、出来る限りのスピードで森の中を駆け抜けた。


「……シゲルさん、あそこ!!」


「いたね」


 減り始めた木々のすき間に見えたのは、崖に追い詰められた女性と荷馬車の姿。


 その周囲を6体の大きなトカゲが取り囲んでいた。


「リトル・ドラゴン……」


 どうやらノノが知る魔物だったらしく、背後からハッと息を飲む声が聞こえてくる。


「強いのかい?」


「はい。シゲルさんが倒したマウントベアほどじゃないんですが、集団だとリトル・ドラゴンの方が厄介だって聞いたことがあります。口から火の玉を吐くこともあるとか」


「……なるほどね」


 獣が火を操るなど、さすがは魔法の世界。


 だが、それでも、女性を見捨てるという選択肢はなかった。


「そのまま行ってください」


「……わかったよ。無理はしないこと、いいね?」


「はい!」


 ノノの言葉に従って、木々のすき間を駆け抜ける。


 剣を鞘に収めたままリトル・ドラゴンに近付き、力の限り蹴り上げれば、女性を取り囲んでいたうちの1体が、崖を転げ落ちていった。


 これで残るは5体。


 トカゲと女性との間に体を滑り込ませてノノに声をかける。


「ノノくん。彼女の保護をお願い出来るかな?」


「はいっ! 任せてください!」


 気合いの乗った声と共に背中を飛び降りたノノが、女性の元へと駆けていく。


 チラリと背後を流し見れば、驚きの表情を浮かべた女性の姿が見えた。


(あちらは大丈夫そうだね。さてと……)


 剣を抜き放ち、視線を向ければ、殺気の籠もった瞳を向けられた。


 感じる恐怖を小さな息と共に吐き捨てて、力を込めて地面を蹴る。


「はぁぁっ!」


 気合いの声と共に剣を振るえば、1体の首が転げ落ちた。


 残るは4体。


 ヒヤリとした物を背筋に感じれば、背後から鋭い牙が迫っていた。


 慌てて地に伏せ、宙を見上げる。


 頭上を通過しようとしていた真っ白な腹を目掛けて、剣を突き出せば、淡い手応えと共に真っ赤な血が流れ出した。


「……なるほど。数の力とは恐ろしいね」


 地面に落ちるリトル・ドラゴンを横目で追いながら体勢を立て直せば、いつの間にか3方向を囲まれていた。


 それぞれの口の中に、燃えさかる炎の姿が見える。


「ふっ!」


 考える間もなく、そのうちの1体に向けて飛びかかった。


 口を閉じさせようと地面すれすれを切り上げれば、行き場をなくした炎がリトル・ドラゴンの鼻から漏れ出す。


 転がるように横へと避ければ、巨大な2つの火の玉が通り過ぎていった。


「ノノくんに聞いておいて良かった」


 焼け焦げたリトル・ドラゴンの首を切り落とし、残る2体へと駆け寄る。


 先ほど放った火の玉で体力を使い果たしたのだろうか?


 鈍くなった攻撃を難なく避けて剣を振るう。


「安らかにお眠り」


 最後の1体の首を刈り取れば、周囲から明確な殺意が消え去った。

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