第7話 幸せな場所へ 4



 シゲルが召喚獣になって迎える初めての朝。


 洞窟の入り口から差し込む光にうっすらと目を開けたノノは、凝り固まった手足をん~、っと伸ばして、宙に浮かぶ青い炎に目を向けた。


「ちゃんとある……」


 昨日の出来事はすべて夢で、自分はまだムチを振るわれる場所にいるのではないか。


 そんな思いがノノの頭をよぎるものの、そうではないと宙に浮かぶ炎が言っているように見えた。


 周囲から聞こえるのは木々のざわめきと、小鳥たちの声。


 ワラもない地面に寝そべっていただけなのに、その青い炎を眺めていれば、不思議と心が安らいだ。


(もう、朝だよね?)


 シゲルさん、来てくれますか?


 そう言葉にしようとして息を吸い込んだものの、ふとした拍子に気持ちが萎えていく。


 視界の端に写るのは、昨日の夜ご飯として食べた妖精のリンゴの芯。


「まだ早いよね……」


 あふれ出す恥じらいを胸に、リンゴの芯を握りしめて、洞窟の出入り口から顔を出した。


「うん、今日もいい天気」


 周囲を彩る木々の葉に載った水滴が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。


 今日もシゲルさんと一緒に森の中を歩くのだろう。

 今日は迷惑をかけないように頑張ろう。


 そんなことを思いながら、草むらに向けてリンゴの芯を、えい、と投げた。


 きれいな放物線を描いて、リンゴの芯が飛んでいく。

 カサカサと音を立てながら大木の側へと落ちていった。


――そんな時、


「キュィーーーー!!」


 芯が飛んでいった辺りから、不思議な鳴き声が聞こえた。


 草が大きく揺れ始め、そのすき間から半透明の丸い生物が姿を見せる。


(グリーンスライムっ!!)


 森の中で1番弱いと言われる魔物が飛び跳ねていた。


 目や口などはないが、その意識はまっすぐこちらを捕らえているように思える。


 ぽてん、ぽてん、と音を立てながらグリーンスライムが道なき道を進めば、小さな草や邪魔な枝がその身に触れて溶かされていた。


 そんな木々の姿が、自分の行く末と重なって見える。


(にげないと……)


 迫り来る恐怖に唇が震える。

 膝もガタガタと音が鳴る。


 あとずさるように背を向けて、必死に走り出した。


「はっ、……はっ、……」


 向かう先は洞窟の中。

 苦しい胸を手で押さえながら走れば、部屋の最奥に手が届いた。


(あれが魔物……)


 まぶたを閉じれば、先ほどまでの恐怖が浮かんでくる。

 もしあのまま外にいたら、骨すら残さずに溶かされて、死んでいたのだろう。


 そんな思いを胸にノノがホッと息を吐き出せば、背後からなにかの動く音がした。


「いゃっ…………」


 室内を映し出すのは、外から差し込む光だけ。

 その光を背に、グリーンスライムが弾んでいた。


 部屋の中にまで侵入してきた魔物の姿に、ノノが腰から崩れ落ちる。


 逃げ出そうにもほかに出口はない。


「シゲルさん!!!!!」


 気が付けば悲鳴のような声を上げて叫んでいた。


 そんな声に呼応するかのように、天井から光の粒が降りてくる。


 光沢のある真っ黒な靴に、折り目の付いたズボン、色気のあるジャケット、白髪交じりの髪。


「おはよう。ゆっくり眠れたかな?」


 昨日と変わらない微笑みを浮かべたシゲルが、その姿を見せてくれた。

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