第6話 幸せの場所へ 3
霞ゆく意識の中で見えたのは、涙を流しながら走り込んでくるノノの悲痛な表情。
「シゲルさん、死んじゃヤダ!」
耳元で叫ぶ少女の声も、どこか遠くの出来事のように思えた。
ボロボロの布を真っ赤な血で汚しながら、ノノが抱きついてくる。
痛みを遮断した脳は、その感触すらも拾い上げてはくれなかった。
大丈夫だよ、こんな傷、放っておいたら直るからね。
そんな言葉を紡ごうと思っても、口はうまく動いてくれない。
音の消えた洞窟の中に、ノノの泣きじゃくる声だけが響き渡る。
「ヤダ、私をもう1人にしないで!!!!」
年相応の声を絞り出しながら、深い傷口にすがりついていた。
――そんな時、
「えっ……?」
少女の手から淡い光を放つ球が浮かび上がった。
「傷が…………」
緑色の優しい光が降り注ぎ、全身に痛みが戻ってくる。
「うぐっ!」
「シゲルさん!!!!」
思わず漏れた声に、ノノがハッと目を開いた。
血でぬれた袖口で目元を拭い、心配そうに顔をのぞき込んでくる。
宙に浮いた光の球からは、絶えず暖かな光が降り注いでいた。
全身を走り抜ける痛みに耐えて体を起こし、突き刺さった腕を引き抜けば、浮かび上がっていた光の球が傷口に飛び込んでいく。
「はっ、はっ、はっ…………」
額にびっしりと浮かび上がった汗を拭えば、みるみるうちに腹の傷が消えていった。
そこに残ったのは、引き裂かれたスーツと見慣れた素肌。
すーーーー、ふぅーー……、と大きく息をして、首元のネクタイを緩めた。
「倒したと思って油断しちゃったね。助けてくれてありがとう」
「シゲルさん……」
感謝の気持ちを込めて微笑みを向ければ、彼女の瞳いっぱいに涙が広がった。
「血がいっぱいで……、シゲルさんが、シゲルさんが……」
傷のなくなった腹に顔を埋めて、ノノが泣きじゃくる。
その声を聞きながら、小さな体を優しく抱き留めた。
「心配をかけてしまったね。もう2度とケガはしないと誓うよ」
「ぜったい、ぜったいですよ!?」
「うん。ごめんね」
まっすぐに伸びた髪を見下ろして、優しくなでる。
持ち上げた腕も、肘も、肩も。あれほど強く感じていた痛みは、どこにもない。
(今のはノノくんの力かな?)
おそらくは、回復魔法や治癒スキルに該当するものだと思う。
素直な良い子だとは思ったが、神がこの子を指名した理由は、それだけではないのかもしれない。
(どちらにしろ、僕には知識がまるで足りていないね。ノノくんに頼って欲しいと願いながら、僕自身が彼女を信じ切れていなかったのかな)
そんな反省点を心に刻みながら、ギュッと抱きつく彼女の髪をなでるのだった。
それから20分ほどが経過し、涙を浮かべていたノノの顔に笑みが戻ってくる。
命を救ってもらったことに感謝の意を述べた後で、彼女のことについて質問を投げかけてみた。
「私の能力、ですか?」
「そう。差し支えなければで良いんだけど、教えてはもらえないかな?」
まずは先ほど見た回復魔法についてだ。
そう思っていたのだが、
「私に能力なんてありませんよ。そういうのを持っているのは、王族貴族の皆様と賢者様に魔法使い様だけですね」
そんな答えが返ってきてしまった。
落ち着きを取り戻したノノ曰く、実用レベルの魔法を使える者は100人に1人。魔物と戦うレベルになれば、1000人に1人だと言う。
生まれながらに持つ者、高度な知識を駆使して会得する者、ダンジョンから出土するアイテムを使って手に入れる者。
貴族の子であれば、博付けに親が与えることもあるらしいが、平民や奴隷には縁のない世界だそうだ。
考えていた以上に、魔法は貴重なものらしい。
(そんな世界に、死にかけの傷を治すレベルの回復魔法、か……)
それが、幸せにする対象として彼女が指名された理由なのだろう。
個人がそのような力を持てば、彼女を巡って戦争が起きてもおかしくはない。
(人の命に順位を付けるのは好きじゃないけどね。彼女が素直な良い子なのは、確かかな……)
そう思い直して、ノノの透き通った瞳を見詰め返す。
「僕の傷を治したのは、ノノくん。キミだね。あれは僕の力じゃない」
様々な思いを込めてそう言葉にすれば、キョトンとした表情を見せたノノの顔色が、徐々に険しいものへと変わっていった。
降ってわいたすごい力に幸運を叫ぶ訳でもなく、彼女の視線が宙をさまよった。
次いでその瞳が、シゲルへと向かう。
「シゲルさん、神様はこの力をどう使えとおっしゃっていましたか?」
おそらくは同じ結論にたどり着いたのだろう。悲しみが見え隠れるする視線を向けて、ノノがそう言葉を紡いだ。
(賢い子だ)
そう思いながら、ゆっくりと言葉を選んでいく。
救い方はおぬしが思う通りで良い。あの時の老人はそう言っていた。
少なくともシゲル自身は、彼女の意思を尊重しようと思っている。
これだけ話を交わした情があり、命を救ってもらった恩がある。
そしてなにより、子供が行きたいという道を切り開くのが、親の仕事だろう。
「僕が言われたことは、キミの召喚獣になれ、って言葉だけだね。もしキミが神の怒りに触れたなら、僕は神に刃を向けるよ。キミの召喚獣としてね」
「…………そう、ですか……」
うれしさと不安が入り交じったような表情を浮かべて、ノノが視線をさげる。
出会ってまだ数時間。
信頼なんてないかもしれないが、賢い彼女ならいずれわかってくれるだろう。
そんな思いを胸に、シゲルはメニューと小さくつぶやいた。
「次は僕の能力について話をしようか」
「……いいんですか? そういうのって隠しておくべきなんじゃ……」
「前にも言ったけど、この世界の常識には疎くてね。相談をさせて欲しいんだよ」
パチン、と片目を閉じて見せれば、ノノが苦笑交じりの笑みを浮かべてくれた。
メニューが見えないと言う彼女に向けて、神様からもらえるポイントのこと、獲得出来るスキルや物品について話をしていく。
「ポイントは全部スキルに使うべきです。物なんてもったいないですよ」
出てきた答えがそれだった。
「そうなのかい?」
「はい。狙ったスキルをもらえるなんて、王様でも無理だと思います。ぜーったい、スキルですよ!」
そうして出てきたノノのおすすめに従って、剣術と体力増強のレベルを2に上げる。
魔除けのスキルだけは、彼女の制止を振り切って新しく取得した。
これで残るポイントはゼロ。
「僕が来るまでここを離れちゃいけないよ? ……それじゃ、良い夢を」
そしてそのまま召喚終了の時間が近付き、光の粒になってその日の仕事が終わりを告げた。
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