第5話 幸せな場所へ 2


「……んん??」


「おや、起こしてしまったかな?」


「……わわっ!!」


「ふふふ、もう少し寝てても良いからね」


 森を進み始めて7時間あまり。


 代わり映えのしない森の中で野宿に耐えられそうな場所を探しながら進んでいれば、背中で眠り続けていたノノが目を覚ました。


「気分はどうかな?」


「えっと……。シゲルさんの背中、すごく寝やすかったです……」


「おや? ふふふ、そうかい? それは良かったよ」


 声に恥じらいを混ぜながら彼女が答えてくれる。

 眠ることで緊張もほぐれたのか、子供らしい透き通った声だった。


 目的地である隣の国までは、残り半分と言ったところ。

 長時間の移動で腰の調子が悪いが、引き換えに彼女が元気になったのであれば、後悔はなかった。


(筋肉痛は2日遅れるか、3日遅れるか……)


 近い将来起こりえる事態に苦笑を浮かべながら木々のすき間を進んでいけば、首元から声が聞こえてくる。


「降りますよ?」


「いや、そのままで大丈夫だよ。それよりも、周囲に食べられるものがないか見てもらえないかな?」


「食べ物ですね。わかりました。任せてください!」


 昼間とは違う元気な返事に心をほころばせながら、ゆっくりと足を進ませていった。


 人里から離れた深い森の中であっても、人が食べられるようなものはそう簡単に見つけられないようで、背後から悔しそうなノノのうめき声が聞こえてくる。


 そんな心地良い声を耳にしながら進めば、食料よりも先に寝床の候補が見えてきた。


「ちょっとだけ寄り道してもいいかな?」


「え? えっと……、あそこに行くんですか?」


「そう、今日の宿にどうかなと思ってね」


 視線の先にあったのは、何かが住み着いていそうな洞窟。


 地獄の入り口でも開いたかのように、大樹の根元にポッカリと大きな穴が口を開けていた。


 もし中に何かがいたとしても、今の自分なら対処出来るだろう。

 むしろ、強敵が住み着いていてくれた方が、その臭いを恐れてほかの魔物が近付くことなく、彼女の安全がより強度を増す。


 そんな思いを胸に、ノノを背中から下ろして、ゆっくりと洞窟の中へと足を踏み入れた。


 入り口を過ぎれば、中は立ち上がれるほどに広い。

 奥行きは外の光が届くほどしかなく、そこに巨大な熊が横たわっていた。


「マウントベア……!」


 入り口から顔をのぞかせたノノの瞳に、恐怖の色が広がっていく。


 全長は3メートルほどだろうか?


「ブモァァァァァ」


 その巨体を持ち上げて、マウントベアが両手を掲げて見せる。

 予想以上の大物に、自分の選択を後悔したが、もはや後には引けなかった。


「悪いね。僕たちも生きることに必死なんだよ」


 切っ先を正面に向け、ノノから距離を取るべく地面を蹴り付ける。


「ふっ!」


 気合いの声と共に斬りかかれば、殺意の籠もった視線を返された。


 飛び込んだ勢いと共に放った剣が左手1本で止められ、残る右手が振るわれる。


「おっと……」


 間一髪のところで後ろに飛び、回避すれば、おぞましいほどの勢いで目の前を鋭い爪が通り過ぎていった。


 ホッと息をつく暇もなく、体をかがめたマウントベアが、頭から飛びかかってくる。


「シゲルさんっ!!」


 悲鳴を上げるノノの声を聞きながらも、体は冷静だった。


 腹を狙ってくるような動きに体をひねってその牙を回避し、えぐろうとする爪を紙一重で避ける。

 そしてその巨体の横へと体を滑り込ませて、腹部に切っ先を突き立てた。


「はぁっ!」


 気合いの声と共に全身の力を集約させて、分厚い毛皮を切り裂いていく。

 強い手応えと共に剣先がマウントベアの体内へと吸い込まれていった。


 根元までしっかりと刺さった剣からは、おびただしい量の血が流れ出る。


「ブモ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛」


 洞窟の中に、マウントベアの断末魔が響き渡った。


――その瞬間、


「くっ!!!!!」


 3メートルを超える巨体がクルリと周り、鋭い爪がなぎ払われる。


 避けられない。


 そんな思いに次いで、焼き付くような熱さが腹をえぐった。


「シゲルさんっ!!!!!」


 ノノの口から悲鳴が漏れ、マウントベアの血に自分の血が混じり始める。


 言うことを聞かない体を流し見れば、マウントベアの鋭い爪が、深々と突き刺さっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る