第4話 幸せの場所へ
ふぅ、と息を整えて、メニュー画面に表示された地図を眺める。
クルリと振り返り、森の奥を眺めた。
「隣の国はこっちの方向みたいだよ。大丈夫かい?」
「はい! 体力には自信があります!」
コクリとうなずいたノノが、優しい笑みを浮かべてくれる。
地図を見る限り、最寄りの街までは徒歩で1時間程度。
だがそこは、もとの雇い主であった伯爵が管理する街らしい。
伯爵が帰らぬ人となったにも関わらず、奴隷の少女が生き残ったと知られれば、処刑は免れない。
そんな彼女に残された唯一の道は、国を渡ること。
隣国のマドロアームにたどり着きさえすれば、亡命者として保護してもらえると聞いたことがあると彼女は言う。
だがそれは、魔物が暮らす森を最低2日は歩き続け、強敵と出会えば一瞬で命を落とし、迷えば一生出られることはない。そんな道だ。
「ゆっくりと、着実に歩けば良いからね? 辛かったらすぐに言うんだよ?」
「わかりました」
おびえを覆い隠したような苦い笑みを浮かべて、ノノがギュッと手を握りしめた。
「それじゃぁ、行こうか」
「はい!」
剣で邪魔な枝を切り落としながら道なき道を進んでいく。
地図には隣国まで続く道が表示されてはいるものの、今の2人が使うことは出来ない。
(むしろ、僕の体力が持つかが心配だね。だけど、この子の前で不安な顔は出来ないかな)
キョロキョロと周囲に目を向け、真剣に敵の気配を探るノノの様子をのぞき見て、ふぅと気合いを入れ直した。
迷彩色のオオカミを倒し、ノノを救ったお礼として100ポイントが振り込まれていたが、それは保険として残しておくべきだと思う。
(栄養の足りない彼女に無理はさせたくないけど、森の中に1人残すのはもっと不安だね。さて、どうするべきか……)
シゲルがこの世界にいられる時間は残り7時間。
その間に有効な手立てを見つけなければならない。
そうして背後の少女に悟られないように悩みながら深い森の中を進んでいると、シゲルの瞳が見慣れぬものを視界に入れた。
「ノノくん。あれに見覚えはあるかな?」
「んん?」
見上げる視線の先にあったのは、リンゴに似た紫色の果実。
大きな葉の裏に隠れるようにして、つやのある色合いがたわわに実っていた。
そんな果実を見上げて、ノノが瞳を輝かせる。
「妖精のリンゴだと思います。シャキシャキした食感がおいしくて、お祝い事で食べるって聞きました」
「そうなんだ。ノノくんは物知りだね」
ここの世界に来てから初めての朗報に、思わず笑みが浮かんだ。
周囲に落ちていた身長よりも長い枝を剣で整えて、その先端を頭上に伸ばす。
見上げる先にあったリンゴの根元に差し込み、クルリと回せば、あっけないほど簡単に妖精のリンゴが落ちてきた。
「生のまま、食べて良いのかな?」
落ちてきた妖精のリンゴを捕まえて振り返れば、驚いた表情を浮かべるノノがコクリとうなずいてくれる。
「採れたては格別だって聞いたことがあります」
「そうなんだ」
微笑みを返しながら剣を抜き、リンゴを空中に放り投げて、8つに切り分ける。
「<収納>」
地面に落ちる前にアイテムボックスの中へと放り込み、そのうちの1つを取り出した。
紫色の皮に包まれた果肉は、やはりリンゴに近い。
一口かじれば、熟れた
チラリとメニュー画面を見ても、警告らしきものは現れない。
彼女の記憶通り、毒などのない果実のようだ。
「おひとつ、どうぞ」
「……良いんですか!?」
「もちろん」
種や皮を切り落として差し出せば、彼女の喉がゴクリと鳴った。
ためらいながらも素直に手を伸ばして、小さく歯を立てる。
シャクシャクという心地良い音が、彼女の口から漏れ聞こえた。
「甘いです! こんなに甘いの、初めて食べました!」
「それは良かったよ。もう1つ食べられるかな?」
「……えーっと……」
「ふふふ、女性はね。遠慮なんて知らなくても良いんだよ」
ためらいがちに視線をさまよわせた彼女のためにひとかけらを取り出して、その手に握らせる。
「あっ、……ありがとう、ございます」
「ゆっくりと噛んで食べるんだよ?」
そんな言葉と共に彼女の髪へと手を伸ばし、ポンポンと優しくなでた。
(食糧の問題はある程度解決かな。飲み水は最悪の場合魔法に頼るとして、寝床の確保か……)
チラリと地図を流し見たものの、これまでに進んだ距離は10パーセントもないように見える。
深い森の中を歩き始めて2時間あまり。
弱音こそ口に出さないものの、彼女の小さな体には重い疲労がたまっているように見えた。
そんな彼女に背を向けて、届きそうな場所になっていた果実を落とし、アイテムボックスの中へと納めていく。
「少しだけ時間がかかりそうだから、そこで休んでいてくれるかな?」
「えっと、お手伝いを……」
「今日はまだまだ歩かなきゃ行けないからね。少しでも体力を残しておいてくれるかな?」
「…………わかりました。……ありがとうございます」
ほんの少しだけ悔しそうな表情を浮かべたものの、大きな幹に寄りかかって素直に目を閉じてくれた。
(本当に、ノノくんは良い子だね……)
そんな彼女の様子に心の中で目を細めながら、妖精のリンゴを集めていく。
物音を立てないようにゆっくりと拾い集めていれば、背後から可愛らしい寝息が聞こえてきた。
満身創痍の体でハンターウルフに襲われ、それからもずっと気を張り詰めていては無理もない。
「もう少しだけ頼ってくれてもいいんだよ?」
眠る彼女にそう声をかけながら、艶やかな髪を優しくなでた。
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