第3話 召喚獣と神の使い
慌てて少女のもとへと駆け寄れば、荒い呼吸音が聞こえてきた。
ギュッと手を握りしめて、必死に前へと進もうとしているように見える。
「無理はしないこと。いいね? ちょっとだけ待っていてくれるかな?」
そう声をかければ、首をコクリと動かしてくれた。
(……強い子だ)
生きたいという願いは、自分を遙かにしのぐだろう。
そんな思いを胸に、老人の言葉を思い出してメニューと小さくつぶやいた。
「本当に出たね……」
目の前に現れたのは、半透明のメニュー画面。
パソコンの液晶を思わせるそこには、残り時間、購入ポイント、スキルの購入、物資の購入などの文字が並んでいる。
悩む間もなく物資の購入を押せば、残り100ポイントの文字と共に、購入可能なアイテムが表示された。
その中の1つに手を伸ばす。
「ポーション、体力を20回復か……」
20という数字が多いのか少ないのか判断出来ないものの、上位のポーション類は100ポイント以上必要なため、ほかに選択肢もない。
購入の文字に触れれば、ポイントが20減り、フラスコに入れられたピンク色の液体が手の中に収まっていた。
「飲めるかい?」
フラスコの栓を外して、少女を両手で抱え起こす。
彼女の口元に近付ければ、コクリ、コクリと飲んでくれた。
(軽すぎる……)
見た目からもわかっていたが、それでも予想以上だった。
そうして少女の状況に悲痛な思いを感じていると、背後からガサガサと葉を揺らす音が聞こえて来る。
フラスコの残りは半分と言ったところか。
「すまないけど、残りは1人で飲めるかな?」
「はい……」
初めて聞いた少女の声は、鈴の音のように澄んでいた。
「あせらなくていいからね」
徐々に力が戻ってきた少女に背を向けて、再びメニュー画面を開く。
1番安い剣を購入して、残りのポイントを剣術1、体力増強1、敏捷性1、免疫1に割り振った。
(不思議と緊張感は感じないね。体も学生の時のようだよ)
凝りのなくなった肩、痛みを感じない腰。
重たいと聞いたことがある真剣も、今はなぜか普通に扱える気がした。
そうして自分の体と向き合っていれば、ガサガサと音を立てていた茂みの中から、1匹のオオカミが姿を見せた。
こちらの様子をうかがうかのように、鋭い視線を向けたまま、ジリジリと近付いてくる。
ふぅ、と言う吐息と共に気合いを入れ直して、近付いてくるオオカミに切っ先を向けた。
「来ないのかな?」
挑発でもするかのように微笑んで見せれば、一瞬の呼吸の後で、オオカミが動く。
音もなく地面を蹴り、草木を超えて飛びかかってくる。
だが、あまり早くは感じなかった。
(これもスキルとやらのおかげなのかな?)
そんな思いを胸に、ギュッと剣を握りしめた。
――その瞬間、両脇にあった深い茂みの中から、2匹のオオカミが飛び出してきた。
「おっと……」
首元に迫り来る牙をかいくぐり、丸見えになった腹を切りつける。
あふれかえる血の臭いの中で、2匹目の首を切り落とした。
その勢いを保ったまま、正面から飛び込んで来た先後の一体に切っ先を向ける。
タイミングを合わせて突きを放てば、狙い通りに眉間を貫いた。
周囲に目を向けて次の襲撃に備えるものの、どうやら3匹だけだったらしい。
「ふぅ……。まさか、おとりだったとはね。ヒヤリとしたよ……」
ホッと気を緩めれば、木々のざわめきが心地良く感じられた。
「ハンターウルフを一瞬で……」
驚くような声を耳にして背後に目を向ければ、いつの間にか起き上がっていた少女が、深々と頭を下げてくれる。
見渡す限りにあった打撲やミミズ腫れが、今は嘘のように消えていた。
「ありがとうございます。……回復薬なんて、高級品を……」
「いや、良いんだよ。それに、僕のためでもあるからね」
「えっと……?」
キョトンとした表情を浮かべて、少女が首をかしげて見せる。
さて、どう説明したものか。
「僕はね、キミを幸せにするためにここに来たんだ。怪しいオジサンで悪いんだけど、キミの側にいさせてはもらえないかな?」
「…………????」
ありのままを話してみたのだが、彼女はしきりに首をかしげていた。
そんな少女の様子に、オホン、と咳払いをして、ネクタイを締め直す。
「まずは自己紹介をさせてもらうよ。僕の名前は、
出来る限りの優しい微笑みを浮かべて、少女に問いかける。
「キミを助けることが出来れば、願い事を叶えてくれると神様に言われたんだ。善意の行動じゃない。それでも召喚獣としてキミのそばにいさせてはもらえないかな?」
「……神様の、召喚獣さん?」
「ん?? ……まぁ、そうとも言えるかな」
本当の召喚者は目の前にいる少女になると思うのだが、そう伝えても余計に混乱させるだけだろう。
少女曰く、召喚獣とは一流の魔法使いが持つことが出来る使い魔のことらしく、人型の召喚獣など聞いたことがないそうだ。
それならばと、少女の勘違いをそのまま採用する形で、話を進めることにする。
「……そうだね。そういう話は後回しにしようか。僕はキミと取り引きがしたいんだ。聞いてくれるかい?」
「取り引き、ですか……」
「そう、取り引きだね。僕は出来る限りの力を使って、キミの手助けをするよ。その代わりに、キミは僕の側にいて、この世界の知識を教えてはくれないかな?」
一方的な施しよりは信頼出来るだろう。
そう願って彼女の瞳の揺れを眺めていれば、ほんの少しの静寂の後に、深々と頭を下げてくれた。
「よろしくお願いします。精一杯頑張ります!」
差し出された手を握り返せば、少女がホッとした表情を浮かべてくれる。
魔物が出る森の中で戦う力はない。断るという選択はなかったと思う。
「私も自己紹介をします。名前はノノで、伯爵様の奴隷をしています。いえ、奴隷をしていました! よろしくお願いします!」
「ノノくんだね? こちらこそ、よろしくね」
「はい!」
血色の良くなった肌に笑みを浮かべて、ノノが目を輝かせてくれた。
そんな彼女に微笑みを返しながら、背後に倒れるオオカミに目を向ける。
「早速で悪いんだけど、この後の処置はわかるかい?」
「ハンターウルフの処置、ですか? えーっと、冒険者ギルドに持ち込むのが一般的だと思います。牙と毛皮、肉なんかも買い取ってもらえますよ?」
「そうなんだ。わかったよ。ありがとう」
戸惑いながら話す少女の髪を優しくなでて、先ほど倒した3匹のオオカミに目を向ける。
(そういえば、メニュー画面に持ち物のタブが見えたね……)
物は試しと地面に横たわる1体に手をかざして、収納、と小さくつぶやく。すると、一瞬にしてその大きな体が視界から消え去り、持ち物のタブの中にハンターウルフ×1の文字が追加された。
(これは便利かもしれないね)
ホッと安堵の息を吐き出せば、背後から少女のつぶやきが聞こえてくる。
「空間魔法……。さすが天使様……」
どうやら盛大な勘違いをされてしまったらしい。
心の中で苦笑を浮かべながら、残りの2体を収納していった。
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