陽ノ下朱里と淑女のたしなみ

「あーー、暑い。なんなのよ、このクソ暑さは」


 喫茶店のアルバイトが終了した午後五時。店の扉を出るやいなや、開口一番に夏の暑さを嘆いたのは、俺のバイト仲間である陽ノ下朱里ひのもとしゅりだった。


「これが地球温暖化によってもたらされた弊害だって言うなら、本当に人間はバカなんじゃないかって思うわね」

「……」


 朱里の意見には俺も同意するところがあるが、それよりも俺は別のことが気になった。


「朱里と緋陽里ひよりさん。同じ環境で育った二人の姉妹で、どうしてこうも差が出てしまったんだろう」


 俺の気になること……、それは、朱里の言葉遣いの乱暴さにあった。


「何? 喧嘩でも売ってるのかしら?」

「それだよ、それ。俺に対してはすぐに喧嘩腰になるその粗暴さは、緋陽里さんとは似ても似つかないな」


 朱里は顔をしかめて不機嫌そうな態度を取る。俺に対する朱里の態度は、ほとんどが良いものではない。俺に対しては……だが。

 一度、敵対心を持たれたからなのか、俺も朱里に喧嘩腰になることが多いからなのか、出会って数ヶ月が過ぎた今でも一向に変わらない。


「何か勘違いしているようだけど、あたしは丁寧な言葉を使うことの方が多いのよ?」

「俺との会話の中ではそんな片鱗、全く見られないけどね」

「なんであなたに丁寧な言葉遣いを心がけなきゃいけないのよ?」


 このやろう。一応、俺の方が歳は上なんだからな?


「まぁけどいいわ。そんな風に言われるとあたしも馬鹿にされている気がするし、見せてあげようじゃない。これでも、言葉遣いの教育はお祖母さまにきつく言われてきたんだから」


 朱里は俺の言葉に感化されたのか、自分の姉のように淑女らしく振舞おうと宣言する。俺も「やれるものならやってみなよ」と挑発的な態度をとって、この日は朱里と別れた。


 *


 次の日。再び朱里と同じシフト。喫茶店の扉を開けてアルバイトにやってきた俺に対して、朱里が聞きなれない挨拶をする。


「おはようございますわ。暑かったでしょう?」


 まるで緋陽里さんのような話し方。所作もどことなく丁寧に行っている。俺は呆気にとられ、口を開いたまま立ち尽くす。


「今日もよろしくお願いしますね、岡村おかむら先輩」


 ゾゾゾッッ! 外は猛暑だというのに、俺の体の表面に鳥肌が立つ。


「気持ち悪っっっ!!」

「あんですってこらーーー!」


 粗暴な口調に戻ってしまったが、どこかしっくり来る俺であった。

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