【季節ネタ】桜井桃果と七夕

 ある日のバイト終わり、友人である桜井桃果さくらいとうかと店の裏手で雑談をしていたときのことだ。壁にかけられたカレンダーを見て、モモが言う。


「もうすぐ、七夕だね」

「そういえばそうだね」

「わたし、毎年七月七日って梅雨の時期だから、結構雨の心配をすることが多いんだけど、今年はそんな心配をしなくて済みそうだね」

「今年の梅雨明けは本当に早かったもんね~」


 今年は七月に入っていない段階ですでに梅雨明けしちゃったもんな。貯水池や河川での渇水が気になると言えば気になるけど、ずっと雨で不快指数が上がるより、俺はそっちの方が良い。雨の日は、外出するのも面倒だしね。


「けど、七月七日が雨だと、モモはなんで心配するの?」

「何言っているの、翔平くん? 七月七日は織姫と彦星が唯一会うことのできる日なんだよ? 雨が降ったら、二人が会えなくなっちゃうでしょ?」

「あ、あーなるほど!」


 現実的なところがある俺には、そこまで頭が回っていなかった……。俺は一応、デリカシーというものは持ち合わせているため、ここであえてモモの乙女な発想を否定するということはしない。むしろ、そのようなロマンチックな考え方を持つモモに好印象を覚えるのみだ。


「七夕といえば、短冊に願い事っていう方が俺はイメージが強いな~」

「確かに、色んなところでそういうイベントをやっているもんね」


 確か、喫茶店『ブラウン』でも笹と短冊を用意して、お客さんが自由に短冊を吊るせるような軽い七夕イベントを開くんだよね。マスターが企画していたはずだ。


「モモは、何をお願いするの?」

「え、わたし!? ……わたしはゴニョゴニョ……」

「?」


 何だか口元でゴニョゴニョ言ってるぞ? 言いづらい願い事なんだろうか?


「ふむ……」


 と、厨房からマスターが渋い声でつぶやいた。手には新聞を持っており、表情は何となく残念そうだ。

 俺たち二人は、マスターの言葉が渋い一言にしか聞こえないが、その表情とマスターの見ていた天気予報のコーナーを見て、言っていることを察する。


「今年、七月七日は雨だね……」


 降水確率百パーセント。台風の影響だ。前後二日も雨で、ちょうど台風のど真ん中。せっかく梅雨が明けたのに、まるで意味がない……。


「……わたし、七月七日に雨が降りませんようにってお願いするよ」

「……俺もそうする」


 星になった二人にとっては一年に一度の特別な日。晴れを祈って俺たちは短冊に願いを書いたのだった。


 *


 なお、七夕の日に雨が降ることはむしろ良いとされているらしい。願い事を書くのは、体についたケガレを洗い流すことが目的であり、雨だとより洗い流せるからだそうだ。


 晴れでも雨でも、良い七夕を。

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