四季の中つ国
星 雪花
第1話 凪
『最後の四神——朱雀が目覚めんとき、選ばれたるもの、その姿を変化し、この世に新たなる災いをもたらしめん——』
「四季の中つ国神話 第一の予言」より
夜風が優しく吹き渡ってゆく。
その感触を頰に感じながら、
遠く、霞みがかった天空には、ひとつ、ふたつ、星が見えている。
その星のまたたきを見つめながら、緊張している自分を自覚した。
普段、凪をはじめ、
多くの【忍び烏】がいる夏の宮と、
夏昊殿は、これから登極する巫女姫の神聖な居場所であり、一部の者しか立ち入りを許されない。
そこに凪は、宮代を務める篠竹に急遽呼ばれたのだ。
夏昊殿を眺めることはあっても、入るのは初めてだった。
——おそらく、登極について話があるんだろう。
この国——
『四季の中つ国』は、四つに分けられている。
それぞれ、春の郷、夏の郷、秋の郷、冬の郷と呼ばれ、凪がいるのは南の夏の郷だ。
四つの郷は、四人の巫女姫が治める。
巫女姫は、十五になると登極する。
それを陰ひなたで支えるのが、夏の宮に住む【忍び烏】の役目だった。
「おお、凪。来たか」
凪の訪れを知ると、
篠竹が、既にくつろいだ様子で座っていた。
篠竹は、壮年になる古参の【忍び烏】で、登極前の巫女姫の代わりに郷を治めている。
黒い袍をまとい、見目、押し出しのよい風貌で、年長者特有の余裕が感じられた。
「話とは、なんですか」
凪が切りだすと、
「まあ、かけなさい」
そう言って、篠竹は卓の前の椅子を凪にすすめ、自らもその目の前に腰かけた。
「お前も知っているように、この郷の巫女姫である《葵の宮》は、この夏至に登極される。
しかしその前にひとつ、気がかりなことがあるのだ」
篠竹は顔をしかめると、続けて凪に聞いた。
「四つの郷には、四人の【四獣】がいる。それは知っているか」
その質問に、凪はすぐに答えられなかった。
その話を聞いたことはあっても、ここで篠竹が口にするとは思わなかったのだ。
「——はい。巫女姫を守護する神獣、ですよね」
凪が答えると、篠竹は、ふっと微笑みに近いものをもらした。
「お前が戸惑うのも無理はない。四獣は巫女姫のもの。実際目にしたことも、今までないだろう」
「篠竹さまは、四獣をご存知なのですか」
凪は、話につられて思わず口にした。
登極の日は近い。
巫女姫が登極するためには、巫女姫自身が、四獣を見出さなければならないとされている。
篠竹は、ただ曖昧に首をふった。
「この郷のどこかに、四獣はいるだろう。しかし、私が気がかりなのは、それとはまた別のことなのだ」
凪は黙って、先をうながした。
篠竹は、再び言った。
「今、一番力を持っているのは、冬の郷の四獣と言われている。
その四獣が、夏昊殿にひそんでいるという噂があるのだよ」
凪は、思わぬ話に言葉を失った。
冬の郷の四獣が、まだ登極も果たしていない郷に、一体何の用があるというのだろう。
「冬の四獣が力で勝るのは、治世が長いのもあるが、それだけ冬の郷の巫女姫——《柊の宮》の力が強いからだ。
その四獣の強さも、《転変》できるかどうかも、すべて巫女姫の力量にかかっている。
《葵の宮》が登極する前に、《柊の宮》の真意を探らねばなるまい。
そこで凪——お前には、秋の郷の巫女姫に、この現状を伝えてほしいのだ」
「俺が——ですか」
篠竹はうなずいた。
「真に、他の郷の四獣がひそんでいるとあれば、事態は一刻を争う。
秋の郷の【影獅子】と呼ばれる者達に、助力を得られないか、秋の郷の《楓の宮》に願い出てもらえないか」
宮代を務める篠竹の顔には、心なしか、疲労がにじんでいる。
他の郷を巻きこむのはよくないとわかっていても、登極という重大な責務を果たすために、彼自身も必死なのだろう。
「わかりました。なんとか助けてもらえるよう、行って頼んでみます」
凪が承諾すると、
篠竹は、その表情をやわらげた。
「ぜひ、そうしてくれ。《葵の宮》のおかれた窮状を《楓の宮》が知れば、きっと【影獅子】を仕向けてくれるだろう」
「秋の郷の四獣は、《転変》できるのですか」
ふと気になって、凪はそう聞いた。
「《転変》はできると聞く。
だが、本来の姿になれるのは、冬の四獣だけだ」
本来の姿。
それが何か質問する前に、凪の視線を受けて篠竹は再び言った。
「四獣とは、すなわち伝説の四神のことだ。
冬の郷の四獣は、五行説で北方に配し、水の神で、亀に蛇がいくえにも巻きついている——すなわち玄武を指す。
玄武が目覚めると、世界は闇に沈み、冬の時代がやってきてしまう。
《柊の宮》の力を肥大させないためにも、我々は結束して、対抗する必要があるのだよ」
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