第6話

 ベルトールの屋敷の裏口――そこから路地を抜けた先に、荷物を運ぶための馬車が用意されていた。違法な品物を運ぶために用意された荷車なのだろう。

 ウィルキスは、その馬車を使って逃げ出そうとしていた。

「くそ! 何が六大盟家だ!! 俺の計画が……ベルトールを使って、のし上がってやるつもりだったのに! 全部台無しじゃないか!」

 愚痴を零しながら、逃げる支度を進めるウィルキス。彼が馬車に運び入れているのは、大量の茶葉だった。

「コイツは貴族たちに高値で売れる……いや、取り入るための貢ぎ物にしてもいいな。大丈夫だ。俺ならまた、すぐに巻き返せる!! 見てろよ、あの女ァァ! いつか俺の前に頭を下げさせ……」

「まったく、逃げ足速いねぇ。さすがの俺も、感心しちまうぜ」

 逃支度をしていたウィルキスに声をかけたのは、ラルミドだった。彼の言葉に驚き、ウィルキスは持っていた荷物を落としてしまう。

「き、貴様……いや、待て――丁度いいぞ。お前、私を手伝え! 分け前ならやるぞ? 見たことない大金になる。貴族共から金をせしめてやるのさ! どうだ? 悪い話じゃないだろ?」

「ああ? お前、何言ってんだ! お前とあの豚のせいで! 町の連中が――スラムの奴らがどんな目にあったと!」

 ラルミドは声を荒げる。だが、ウィルキスは彼の言葉を歯牙にもかけない様子だ。むしろ、小さく笑いながら言葉を返す。

「それがどうした! 貧乏人共がどうなろうと知ったことか!! アイツらには、力がないんだよ! 俺は違うぞ――この頭があるからな!! 金を掴んでやる! のし上がってやる!! どいつもこいつも全員、俺の足元に……ベブホォォ!!」

 ウィルキスの世迷言は、ラルミドの拳で止まる。勢いよく吹っ飛び、ウィルキスは地面に倒れこむ。ラルミドは、彼の上に馬乗りになり、さらに拳を構えた。

「てめえの御託はわかったぜ! 次は俺の理屈だ! ムカつくヤツは、思いっきりブン殴ってや……」

 ラルミドは振りかぶった拳を止める。彼は一つの記憶を手繰り寄せた。それは自分を育てた男の言葉だ。

『盗みは悪。どんな理由があろうと、俺たちは悪党だ。だから、てめえの悪行が必要かどうか……そいつをしっかり見極めな。でなきゃ、悪党どころか、クソ野郎にしかなれねぇぞ』

 ラルミドは目の前の男を見る。殴られた勢いで気を失いかけているウィルキス。

「これ以上は……必要ねぇ――か」

 ぼそりと呟くと、ラルミドはウィルキスの担ぎ上げ、ゆっくりと歩き始めた。


 ベルトールの屋敷――その庭では、保安官たちが倒れた男たちを手分けして運んでいる。アリシアはその様子を眺めながら、一枚の手紙を綴っていた。帝都に犯罪者を搬送するための応援を要請するものだ。

 そこにラルミドが歩いて近づいてくる。肩の上には、気絶したウィルキスを乗せていた。

「おい、一人忘れてるぞ。コイツも連れて行け!」

 ラルミドは、近くにいた保安官にウィルキスを預ける。驚いた保安官は、アリシアのほうへと視線を向けた。彼女が目配せしつつ静かに頷くと、保安官はウィルキスを担いで運んでいく。

 それを確認してから、ラルミドはアリシアの元へ歩いていく。

「約束だ。ほら!」

 ラルミドはアリシアに両手を揃えて突き出した。だが、彼女は目をぱちくりさせる。

「約束……ですか? いったい何のお話でしょうか?」

「言ったろ! 罪は償うって。 俺はこの屋敷に盗みに入った――アンタの財布も盗んだし、これまでだってたくさん……だから、大人しく捕まる」

 揃えた両手を、再度突き出すラルミド。その表情には、決意が見て取れる。

 けれど、アリシアは彼の行動を無視した。そのまま手紙を書き続けるアリシアに、ラルミドが苛立ちながら言う。

「おい! こっちは覚悟決めてるんだぞ! さっさと俺を捕まえろよ!」

 すると、アリシアは一枚のクシャクシャな紙を見せる。それはラルミドが盗んだ計画書だ。

「あなたが盗んだのは――紙一枚です。それも使用済みの。内容も他人には価値のないものですよ? そうですね、償うとすれば、保安官のお手伝いでもしてください。それで不問としましょう」

「はぁ? いやでも……俺は他人の財布を……いろんなもん盗んでいきてきたんだ! そいつをきちっと償わないとなんねぇだろうが!」

 動揺するラルミドをよそに、アリシアは落ち着いた様子で手紙を書き終える。すると、立ち上がり、ラルミドの顔をまっすぐに見据える。

「証拠がなければ、罪を問うことはできません。私には、ラルミドさんが盗みをした証拠がないのです。もし、それでも自分の悪事を償いたいなら――法に従うのではなく、ご自分の良心に従ってください」

 それだけ言うと、アリシアは庭の外へと向かって歩き出す。途中、保安官に手紙を預けると、そのまま宿へ向かっていく。

 ラルミドは、アリシアの言葉を自分なりに考えてみる。そして、男たちを運ぶ保安官に手を貸すことにした。

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