第5話

『全員、動くな!!!!』

 空気が震える。その小さな体から発せられたとは思えない――轟音。

 あまりの音量に、その場にいた全員が耳を塞ぐ。中には「ひぃぃ」と怯えて伏せてしまう者さえいた。

 アリシアは少しだけ音を小さくし――それでもなお大きな声で、自分を囲む男たちに告げる。

「帝国法、特例事項――辺境法務官特権により、この場にいる全員を拘束する。少しでも動く者があれば、強制執行対象に指定――力づくで制圧する!!」

 アリシアが言い終えると、周囲から音が消える。その迫力に押され、全員が一瞬、言葉を失ったからだ。

 その静寂を最初に破ったのは、ジスタンダだった。

「がっはっは! 威勢だけは一端だなぁ! これだけの人数に囲まれて、いい啖呵切るじゃねぇか――が、多勢に無勢だぜ。諦めて大人しく殺されな。サクッと死なせてやるからよぉぉ」

 ジスタンダ率いる盗賊はおよそ八十。ベルトールの私兵も五十は下らない。全てが敵になる状況で、それでもアリシアは怖気づけない。

 もう一度だけ警告します。すぐに武装を解除しなさい、ここにいる全員。武器を所持し続けるなら、それだけで執行対象とします。これが最後通牒です」

「調子に乗るなよ、小娘が! お前たち、この女をさっさと始末しろ!!」

 先に動いたのはウィルキス――彼の命令で、鎧を纏った私兵三人がアリシアに襲いかかる。

 ゴーーーーン!!

 その瞬間、巨大な音が響いた。金属と金属がぶつかる音――金が響くような特徴のある音が辺りに響く。

 同時に、アリシアに襲いかかろうとしていた兵士の一人が吹き飛ぶ――体を〈くの字〉に曲げて。

 遥か後方に吹き飛んだ兵士に、ウィルキスとベルトールは目を丸くする。「いったい何が起きたのか」と声を上げる前に、残りの二人も同じように吹っ飛ぶ。

「反抗の意志ありと断定――これより、この場を強制的に制圧します。投降を希望する者は、頭を下げて平伏しなさい!!」

「ふざけるなよ! おい、てめぇら!! 遠慮するこたぁねぇ!! この女、ズタズタにしてやれ!!」

 今度はジスタンダが叫ぶ。後ろにいた盗賊たちが雪崩を打って、アリシアに向かう――が、一人二人と、先ほどの兵と同じように吹き飛ぶ。

 ラルミドは、その光景が奇妙で仕方なかった。彼女に近づく人間は、悉く反対方向に飛んでいく――本をぶつけられて。

 同じ光景を眺めていたジスタンダも、思わず声を漏らした。

「なんだ? てめぇ……何だよ、その本は!!」

「これは帝国法典――その最初の六冊〈六法原書(ブック・オブ・シックス)〉ですよ。法の力、思い知りなさい!」

 アリシアは投げた本は、その手首と鎖でつながれていた。それを引き、本を戻すと同時に、再び敵に投げつける。その衝撃で、人が吹き飛んでいくと、今度は鎖を横に引っ張る。

 彼女を中心に、法典はぐるりと周り、敵を横薙ぎにした。盗賊たちもベルトールの私兵も関係ない――アリシアに近づくものは、全て吹き飛び、打ちのめされていく。

「なんで……何で、本なんかで人が吹き飛ぶんだ? 一体何がどうなって……」

 ウィルキスは驚き、慄く。その背後で、ベルトールが目玉が飛び出すほど、瞼をかっ開いていた。

「六法原書だと? じゃ、じゃあ……あの娘は――六大盟家の!! しかも、鋼鉄の表紙(フルメタル・ジャケット)……鋼鉄のアシュリアル? ひぃぃいい!! 何で、こんなところに盟家の人間がぁぁ!」

 六大盟家――バストラード帝国建国に最も貢献した初代皇帝の友人たち。彼らの血筋を引くとされる六つの家には、帝国法典の原本となる書物が与えられていた。それこそが六法原書である。

「おいおい、マジかよ!! 何で本で人間が吹き飛びやがる!! そいつは一体、どんな重さしてやがるんだ!!」

 仲間たちが次々と吹き飛ばされる中、ジスタンダは声を上げた。アリシアは、鋼鉄の法典を振り回しながら、その質問に答える。

「およそ成人男性四人分――これで殴られれば、痛いですよ」

 二百キロを超える鋼鉄の塊――そんなもので殴られて、痛いで済むはずがない。アリシアの攻撃を受けた者は、身動きが取れなくなっている。すでに五十人ほどが吹き飛んだ。残った兵も盗賊たちも、ほとんどが戦意を失い、武器を捨ててヘタリ込んでいる。

 アリシアの周りは、いわば鋼鉄の嵐――踏み込めば鋼鉄の塊で殴られるか、鎖に体を薙ぎ払われるかのどちらかである。通常の神経なら、抵抗などできないだろう。

「バカ言ってんじゃねぇ!! そんなもん、てめぇみたいな小娘が、振り回せる訳ねえだろうがぁぁ!!」

 ジスタンダは手に持った剣――自身の身長と並ぶほどの曲刀を、アリシアに向かって振り下ろす――が、鎖が刃に巻き付き、動きを止められてしまう。

「バカが!! コイツでてめぇを引っ張れば……うおっ!!」

 ジスタンダは、全膂力を込めて、アリシアを引っ張ろうとする。だが、彼女はびくとも動かない。それどころか、ジリジリと自分のほうが引きずられてしまう。

「な、何でだ!! 何で俺が引っ張られてんだよ!! 嘘だろぉ? こんな女に、力で負け……」

「これでも鍛えていますからね、私は」

 そういうと、アリシアは鎖を思いきり引っ張る。鎖の巻き付いた曲刀は、刃を砕かれる。同時に、ジスタンダは前のめりに倒れ込み、アリシアの足元に頭を落とす。

「く、クソがァァ! てめぇ、絶対に許さねぇぞ!! 絶対にぶっ殺して――」

「全ての罪に裁きを下す!! 我らの法が!!」

 ドゴオォォォ!!

 アリシアは、鋼鉄の法典をジスタンダの頭に思いきり落とす。その衝撃でジスタンダの額は割れ、そのまま気を失ってしまった。

 アリシアは周囲を見渡し、抵抗する者がいなくなったことを確認する――と、自分の腰に抱き着く者がいることに気づく。領主のベルトールだ。

「も、ももも申し訳ありません!! 私は……騙されただけで、何も――ぶべらぁぁ!!」

 アリシアの拳が、ベルトールの顔面にめり込む。そのまま倒れ込むベルトール。

「動かず平伏せ――と申し上げたはずですよ、領主様。さてと……あら? 彼がいませんね。たしか、ウィルキスというお名前の」

 アリシアが周りを見渡したとき、そこには二人の影が消えていた。ウィルキスと――ラルミドの。

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