第4話

 彼女にできるのは、ウィルキスが言うように、せいぜい集るハエを叩き落とすことくらい――アリシアは、ゆっくりと盗賊たちへと向きを変えた。

 その時だ。

 ポイッ……コロコロ……。

 アリシアの足元に、一枚の丸まった羊皮紙が転がる。気がついたアリシアは、すぐにそれを拾い上げた。

「何ですか、これは?」

 アリシアは、それを投げた男――ラルミドへと視線を移す。

「中を見てみろよ……そしたら、わかるはずだぜ!」

 ラルミドの行動に、ベルトールとウィルキスは驚く。

「このコソ泥が!! よくも……」

 ウィルキスはそう叫ぶと、もう一度ラルミドの顔を蹴ろうとする。だが、ラルミドは右手で彼の足を受け止める。

「ああ、そうさ……俺はチンケなコソ泥だよ。生きるためだろうが、何だろうが――人の懐掠めて生きるクズさ! んなこた、百も承知だよ!! だがなぁ、スラムの連中は違うだろうが!! お前らみたいな奴だけが、肥えて太るために……アイツらが腹減らすなんて許せねぇ!!」

 ラルミドが右腕に力を込める。すると、バランスを崩したウィルキスは尻餅をつく。

 そのやりとりを気にかけず、アリシアはくしゃくしゃに丸まった紙を広げ、中身を確認した。

「ラルミドさん、また盗みをしたのですか? 何度も言いましたよね、それは違法なことだと」

「ああ、わかってるよ! 俺に罰が必要だってんなら、いくらでも受けてやる! だから……」

 アリシアは「はぁぁ」と大きく息を吐いた。その様子に、ラルミドは目を丸くする。

「おい、まさか……ソイツじゃ足りないのか? コイツらが悪党だっていうショウコにはならないのかよ」

 アリシアは空いている左手で目を覆う。その手をゆっくりと下げ、今度は口元を抑えるポーズを取った。

「全く……まさか、私が探していたものを、あなたが盗んで来るなんて――驚きです」

 ラルミドの口元に笑みが浮かぶ。逆にベルトールは火が付いたように怒り出した。

「な、ななな何を言っとるんだ!! こんなコソ泥の言うことを……信じるというのか!!」

「いろいろと不思議なことが多かったのですよ。帳尻のあった書類――けれど、明らかに船の積載量には誤りがありました。書類に書かれていた量を積めば、船から船員がいなくなるそうです」

 ベルトールの怒りを無視して、アリシアは淡々と話を続ける。

「盗賊団が現れているのに、町の活気は失われず――けれど、市中に回る物品には不足が起こっていました。加えて、元織物商だったバゴットさんのお話です。〈旗〉を買わなかったそうですね、こちらの紋章入りの。半年ほど前に、いきなり法外なお金を求められたから――そう話していらっしゃいましたよ。直後、盗賊に襲われてスラム暮らしになったとか」

 ベルトールの赤い顔が、みるみる青くなっていく。アリシアはその様子を確認してから、持っていた紙を相手に向ける。

「極めつけはこの計画書です。あなたの印章とサインがある以上、言い逃れは不可能ですよ」

 ラルミドが盗んできた紙に書かれた内容――要約すると次の通り。


■街を出る商人などを、盗賊団に襲わせる。

■盗賊団が奪った交易品を、安値で買い取る。

■紋章付きの旗を高値で売り、旗を掲げたものは盗賊団が襲わないようにさせる。


 つまりベルトールたちは、盗賊団と結託して、荒稼ぎをしていたということだ。ベルトールは慌てて言い逃れようとする。

「し、ししし知らん! 私は知らないぞ、そんなもの……ぐみゅば!」

 ベルトールの顔を押さえ、前に出てきたのはウィルキスだ。彼の手で口をふさがれたベルトールは、うまく声が出せずにもがいている。

「だったら何だ? どうせお前も、このガキも死ぬんだよ!! 今さら、そんな紙切れに意味ないぞ!! はっはっは! バカな奴らだよ、お前ら!」

 ウィルキスがそう言うと、今度はアリシアの背後から、ジスタンダが声を上げる。

「話は終わったのかい? ったくよぅ……よくもまぁ、ガン無視してくれたもんだぜ――そろそろ楽しませてもらうぜぇぇ!」

 手に持った剣に舌を這わせ、ニタリと笑うジスタンダ。

 気がつけば、アリシアは領主の私兵――そして盗賊団に挟まれる形になっていた。ベルトールの計画を暴いたことで、結果として彼女は自ら窮地を招く。

 だが、彼女の顔に焦りもなければ、恐れもない。ただゆっくりと息を吸い込む。そして――。

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