第3話
ウィルキスは苛立ちを隠さず、屋敷の中を駆け回っていた。護衛に二人の大男を連れているが、彼らもウィルキスの機嫌が悪いことで、バツの悪そうな様子だ。
「あのデブ!! 何であんた大事なものを、机の中になんぞ置いておくんだ!!」
ラルミドは、ベルトールが泥棒を捕まえるよう叫ぶ声にいち早く反応した。すぐ彼の元へと急ぎ、何があったのかを確認した。
「何が、『計画書を盗まれたぞ、早く取り戻せ』だ! とっくに処分したもんだと思ったのに……あそこにはハッキリ、私の名前が書いてあるというのに!」
ウィルキスは一瞬、それがベルトールの目的かとも考える。何かあったとき、自分に全ての罪を着せるため、あえて隠していた……そんな考えが頭をよぎる。
だが、彼はその考えをすぐに打ち消した――あのデブにそんな頭はない、と。
「理由はどうあれ、アレが盗まれたのは事実だ。くそ! ただでさえ、法務官の件で頭が痛いっていうのに!!」
ガタガタッ……。
ウィルキスは立ち止まる。ちょうど通りかかった扉――その向こうから物音がしたからだ。屋敷の中が泥棒騒ぎで大わらわになっている最中に、部屋の中でコソコソする者がいるとしたら……。
ウィルキスは、すぐに扉を開き、中を確かめようとした。
「おい、誰かいる……べぼぁぁ!!」
扉が開くと同時に、ウィルキスの顔面には二本の脚が綺麗に刺さる。彼の顔は大きく歪み、そのまま反対側の壁まで体が吹き飛んだ。
蹴りを入れたのはラルミドだ。飛び蹴りの勢いで廊下まで飛び出る――そして、そのまま廊下を駆けていった。
「だ、大丈夫ですか……ウィルキスさん!」
「べはぁぁ! うるへぇ! げほっげほっっ!! そんなことより――さっさとあのガキ追いかけろ!!!」
連れの大男たちに命令するウィルキス。二人の男は慌ててラルミドを追って廊下を走っていく。ウィルキスは口元に付いた自分の血を拭う。手についた赤を眺めると、彼は額に青筋を立てた。
「どいつもこいつも……俺の立てた計画の邪魔しやがって!! まあ、いいさ――最後にゃ皆、泣いて許しを請うんだからな!」
そうつぶやくと、ウィルキスもラルミドが駆けていった方向へと、走り始める。
パルレカルムで最も大きな屋敷――ベルトールの館の正面にある巨大な門が勢いよく開く。まるで重さを感じさせない、凄まじい勢いで開く門の向こうから、アリシアはゆっくりと屋敷の庭へと入っていく。
――さて、ここなら問題ないでしょう。
周りの様子を伺うが、日が暮れた庭には、人影は見当たらない。屋敷の入口と門をつなぐ道の中央――そこは庭園の中で、最も開けた場所だったため、アリシアはそこで足を止める。
「てめぇ……このガキィィ!! よくも俺様を……ハァハァ! こんなに走り回らせやがって!!」
ジスタンダは息を切らせながらも、屋敷の門までアリシアを追いかけてきた。他の盗賊たちも、皆、肩を上下させている。ガンボなど、縄に縛られながら走らされたせいで、顔を真っ赤にして地面に倒れている。
「散々言っときながら、領主に助けを求めようってか! ご立派なことだなぁ、おい!」
領主の館に駆け込んだアリシアに対し、ジスタンダは言い放つ――だが、その顔は汗にまみれてはいても、慌てた様子はまったく浮かんでいない。
――やはり、動じませんか……これはほぼ確定ですね。
アリシアは、ジスタンダの落ち着いた対応に、疑念を膨らませる。どれだけ実力がある盗賊団だろうと、領主と正面から事を構えるなど、バカバカしくて話にもならないはず。
「ジスタンダさん――でしたね。ここまで追いかけてきた、ということは……私を殺すつもりなのですね?」
「ああ? 今さら何言ってやがんだ! こっちはハナから、そういってんだろうがぁぁ!!」
アリシアの一言にジスタンダは叫ぶように応える。
バダンッ!!
そのとき、屋敷の正面扉が勢いよく開かれ、中から人影が飛び出してきた。唐突な出来事に、アリシアは振り返る。ジスタンダと盗賊たちも、そちらに目を奪われた。
最初に飛び出してきた影は一つ。だが、それを追いかけるように、何十という影が飛び出てくる。
足を引きずるように走る影は、次第にアリシアのほう――つまり、屋敷の門に向かって駆けていく。しかし、後ろの影に飛びつかれ、倒れ込んでしまう。アリシアは、その影の将来を見て、口元に手を当てて驚く。
「あなたは……ラルミドさん? こんなところで何をしているのですか?」
「いってて!! くっそ……って、あんたこそ何でここに!」
驚く二人を尻目に、ラルミドを追いかけてきた影が、続々と集まってくる。それは、ベルトールが囲う私兵たちだ。
鎧に身を包んだ男たちに囲まれたラルミド。そして、兵たちをかき分けるように、ベルトールとウィルキスが現れた。
「こんのコソ泥がぁぁ! よくも私の屋敷に入りおって!! どうなるか、わかっているんだろうな!!」
「うるせぇ!! このエロじじいが!! いい年こいて、『愛しの君』だ――ちったぁ鏡ぐらい見やがれ!!」
抑え付けられながらも、悪態をつくラルミド。彼の一言に、バルトールの顔は真っ赤になる。まるで熱したヤカンのように蒸気し、唾を吐き散らしながら叫ぶ。
「このクソガキがぁぁ!! 出せ! どこに隠した!! 私の机から盗んだ……」
「お待ちください、ベルトール様」
怒り狂うベルトールの言葉を遮ったのは、ウィルキスだった。ベルトールとラルミドの間に立った彼だが、その視線はアリシアに向いていた。
状況がよく飲み込めないアリシアだが、領主が現れたのは好都合だった。そこで、ベルトールに向かい、お辞儀をする。
「ご機嫌麗しゅう、領主様。火急の要件なので、約束もせずにお邪魔してしまいました。無礼をお許しください。ところで、大変申し訳ないのですが、領主様のお力をお借りいただけませんか? この町に野蛮な賊が現れておりまして――ほら、あちらに。どうか、あなた様もお力で、追い払っていただけないでしょうか?」
アリシアの言葉に、ベルトールは視線を門のほうへと向ける。そこには、ボロボロな衣服をまとった盗賊たちが立っていた。その先頭に立つ大柄な男――ジスタンダは、ニヤニヤしながら、ベルトールたちを眺めている。
眉をひそめるベルトール。代わりに言葉を返してきたのは、ウィルキスだった。
「あなたが法務官さまですか? 大変申し訳ありませんが、こちらも立て込んでいまして。とてもあなたに手を貸せる状況ではありません。そう、このコソ泥のおかげで――ね!!」
バゴッ!!
ウィルキスは、ラルミドの顔を思いきり蹴り上げた。体を抑えつけられているため、ラルミドは抵抗もできない。彼は口から血を吐く。
「まったく! こんなガキのせいで!! 不要な手間を!! しかも! 私の顔に!! 蹴りまで入れやがって!!」
ウィルキスはそう言いながら、ラルミドの頭に何度も蹴りを入れる。ただされるがままのラルミドを、アリシアは静かに見つめている。
「ハァハァ……と、言うわけで――こちらからは手助けできかねます。どうか、法務官さま。あなたのお力で、我々の町をお救いください。それが――お仕事なのでしょうから」
そう言うと、ウィルキスは小馬鹿にするように笑ってみせる。
「ベルトール様は、盗賊をお見逃しになると? それでよろしいのですか?」
「そんなこと、貴様の知ったことか!! 私には私のやり方がある! 法務官風情が、偉そうな口を利くな!!」
それまでとは全く違う、傲慢で嫌味ったらしい物言い。アリシアは、その様子に大きく嘆息をもらす。それを怯えと受け取ったのか、ウィルキスが言葉を加える。
「彼らはあなたが招いたものでしょう? 降りかかる火の粉くらい、ご自分で払ってくださいよ。わざわざ帝都からいらっしゃっているのですから」
――私のせい、ですか。
――どうしてソレを知っているのか……そういうのを語るに落ちるというのですが。
アリシアは呆れてしまう。だが、証拠がない以上、相手の言質だけで話を進める訳にはいかない。
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