第2話

 日が暮れ、パルレカルムの町も闇に包まれている。だが、その正面口だけは異様に明るく照らされていた。いくつもの松明の灯りが揺らめいている。

 アリシアは、その松明の群れと対峙した。周りに町の人間は誰もいない。建物の中から、彼女と――盗賊団の様子を伺う視線があるだけだ。

「おいおい、本当にこんな小娘なのか? 話じゃ聞いてたがよ、実際見ると気が抜けちまうぜ――なぁ、ガンボ!」

 盗賊たちの頭目と思しき男が、縄に縛られたガンボに言う。ガンボの顔はボコボコに腫れあがり、口元にはまだ乾いていない血がついていた。

「ゆ、油断しないでくださいよぉ! アイツ、マジでヤバ……ぐぼぁぁ!」

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇぇ!! 黙らねぇとぶん殴るぞ!!」

 そう言って、ガンボを殴る男。それを見たアリシアは、眉をぴくりと動かす。だが、静かにジャケットの裾を持ち上げると、お辞儀をして見せた。

「お初にお目にかかりますわ。私はアリシア=アリム=アシュリアルと申します。あなたがそちらの方々を率いていらっしゃるのですか。よろしければ、お名前を伺いたいのですが?」

「おう、こりゃ丁寧にすまねぇな! 俺はコイツら仕切ってる――ジスタンダってんだ。わるいが嬢ちゃんにゃ、ここで死んでもらうぜ!! うちの仲間に手ぇ出した仕返しってヤツだよ」

 ニヤリと笑いながら、ジスタンダは腰に下げた剣を抜く。同時に、彼の後ろにいた盗賊たちも、それぞれ武器を構える。

 緊迫した空気が流れる――と思いきや、アリシアは笑顔を浮かべた。

「あなたは随分と面白い冗談をおっしゃいますね。盗賊というのは皆、あなたのようにユーモアに溢れた方ばかりなのでしょうか?」

「冗談? おいおい嬢ちゃんよぅ……俺たちゃ、本気でてめぇを殺す気だぜ? ここはお前――助けてくださいお願いしますって、涙流して股開くとこだろうがよ!」

 アリシアの一言を挑発と撮ったジスタンダは、剣を何度も振りながら恫喝する。その非言葉に、後ろにいた仲間たちも笑いながら囃し立てた。だがアリシアは首を横に振る。

「私が冗談だと言ったのは〝仕返しに来た〟という部分です。逃げ帰った仲間に制裁を加えるような人間が、仕返しなんて――笑うしかありませんから」

 クスクスと笑うアリシア。額に青筋を立てながら、ジスタンダは声を上げようとする――が、その前にアリシアが、鋭い視線を彼に向けた。

「本当に仕返しが目的ですか? もっと別の理由がありませんか? そう例えば――誰かに頼まれた、とか」

 ジスタンダは目を見開く。目の前の少女が口にした言葉――それは彼にとって予想外だったからだ。

 ジスタンダはウィルキスの言葉を思い出す――全てがお終いになる。アリシアの態度は、ジスタンダに危機感を抱かせるには十分だった。

「てめぇ……絶対にぶっ殺してやるよぉ」

 どこか余裕を持って話していた先ほどまでと違い、殺意と怒りの篭った低い声――それでも、アリシアは怯えを見せず、慌てもしない。

 ――いくら何でも、ここで一戦交えるのはよろしくありませんね。

 アリシアはチラチラと周りに視線を配る。町の人間は建物の中に隠れている。だが、盗賊たちが押し入るのは不可能なことではない。

「そんなに私の命が欲しいのですか? では、ぜひ奪ってみてください。それが――盗賊というものでしょう?」

 そう言うと、アリシアは盗賊たちに背を向けた。そのまま大通りを駆けていく。

「逃げられると思ってんのかよ! おい、何が何でも、あの女をぶっ殺せ!! いいな!!」

 ジスタンダが呼びかけると、盗賊たちからは「おおぉぉ!」という声が上がる。アリシアを追い、盗賊団は全員、大通りを走り始める。

 アリシアは足を止めずに振り返り、盗賊たちが後ろから付いてくるのを確認した。

 ――さて、彼らをおびき寄せるなら、あそこしかないですね。

 アリシアは大通りの先にある、目的地に向けて走っていく――盗賊たちを置き去りにしない程度の速さで。

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