第6話

「本当にどうにか――なるんだろうな? 失敗しましたじゃ、済まされないんだぞ!!」

 ベルトールは自室で叫んだ。豪華な彫り物を施した机の前――片手にはワインのグラスを持っている。

 彼の言葉を聞いたウィルキスは、自分の右目の端に指を当てる。

「はい。ただし、騒ぎが起こります――町中で。それについて、ベルトール様が責任を追及される可能性はあります。もちろん、対処はこちらでいたしますが……」

「ふざけるな! 何で私がそんな目に!! 大体、これも全部お前の計画のせいだろうが! どうにかお前だけでケリを付けろ!!」

 秘書の報告に、食い気味に応えるベルトール。椅子に座りながら、ずっと貧乏ゆすりを続けている――それだけ、不安を抱いているという表れだろう。

「お言葉ですが、ベルトール様も喜んで賛成しておりました。すでに私一人が犠牲になってどうにかなる段階ではありません。全ては一連託生――全員が生きるか、全員が死ぬかです」

 ウィルキスの静かな――それでいて迫力のある言葉に、ベルトールは反論できない。持っていたグラスに口をつけ、残っていたワインを飲み干す。

「ですが、安心してください。だからこそ、彼らも必死で行動するでしょう。そうなれば、あの娘一人にできることはありません。それで、何もかも元通りです」

「……わかった。お前の好きにしろ――だが、こちらの損害は最小限だぞ!」

「心得ております。では、準備がありますので」

 そう言ってウィルキスは一礼をして部屋から出る。それを見送ったベルトールは、机の一番下――鍵のついた引き出しを開く。中には書簡が一枚。

 その書簡を見つめ、彼は一度ため息を吐く。そして、ベルトールは引き出しを閉め、鍵をかけた。


 アリシアは、保安官事務所を訪れ、保安官の話を聞いていた。

「いやあ、参りました。ほんのちょっと目を離していた隙に、誰かが牢を開けたようで。大変申し訳ない!」

 保安官の話は、まるで他人事のようだ。アリシアはイスに座りながら、彼の話を聞いていたが、特に苛立ちなどは覚えなかった。

 ――どこも同じようなものですね。

 ――だから、私たちの仕事が必要なのですが。

 アリシアは捕まえたガンボに話を聞くために保安官事務所へと訪れた。しかし、彼は何者かによって、解放されていた。その原因を問い質した結果、保安官の一人から、先ほどの謝罪が返ってきた。

 だが、アリシアは動揺をせず、静かにイスから立ち上がった。

「え、ええと……もうお帰りですか? いや、無駄足を踏ませてしまって、大変申し訳……」

「いいえ、まだ帰りませんよ。こちらの留置所に、私が捕まえた者たちがいましたね?」

「ですから、ガンボの奴は誰かが逃がして……」

「そちらではありません。私が町に来たとき、引き渡した三人の追い剥ぎです」

 保安官は目をパチクリさせて、アリシアを見つめた。そして、「ああ、はい」という返事をする。彼女はそれを聞いて、地下にある牢へと降りていった。

 保安官がついて来ようとしたので、アリシアはそれを止めた。「一人で大丈夫です」と言うと、保安官は諦め、一階の事務所で静かに葉巻をふかし始めた。

 地下に降りたアリシアは、三人が交流されている牢の前に来る。それぞれ別の牢に入れられた男たちは、用意された敷物の上で横になっていた。

 その中の一人が、アリシアに気づく。その瞬間、怯えた表情を見せた男に対し、アリシアは自分の口の前で人差し指を立てる。怯えていた男は、彼女の行為の意味を理解し、両手で口を抑えた。

「あなたに聞きたいことがあります。素直に答えていただけるとありがたいのですが……」

「何だよ……悪いが、俺らは仲間を売ったりしねぇぞ!」

 ――他に仲間がいると自白しているのですが……まあいいでしょう。

 アリシアは目の前の男が、聞いてもいないのに情報を漏らしたことに呆れる。だが、彼女が聞きたいのはもっと別のことだ。

「お仲間のことについて聞くつもりはありません。私が聞きたいのは、あなた方の仕事についてです――つまり、追い剥ぎの」

「追い剥ぎについて? あんた、そんなことも知らねぇのか? 俺たちゃな、旅人やら商人やらを襲って金目の物を奪うのよ。それが追い剥ぎさ」

 もちろん、アリシアは「追い剥ぎが何か」などと聞く気はない。だが、彼女は相手の話に合わせるように、新しい質問をぶつける。

「旅人や商人なら、誰でも襲うのですか? 相手は選ばない? 一切?」

「そんなわけないだろ。傭兵を雇ってるとか、明らかにヤバイ雰囲気を感じる奴は避けるね。とくに俺は、慎重派だからな!! 弱そうな男や女ばっか狙ってたぜ!」

 慎重派を名乗る男は、牢の中で笑っている。そんな馬鹿げた状況にも、アリシアは表情を崩すこともなく、さらに質問を続けた。

「それだけですか? 何か特別な条件とか……アレを襲えなり、コレは襲うななり――言われていませんでしたか?」

「……そんなこと言われたって。ああ、そういや一つだけあったな。ここの領主の旗。あれはヤバイから絶対に手を出すなって言われたなぁ。滅法強い傭兵だか何だかがいるからって」

 ――やはり、そういうことでしたか。

 ――これで辻褄が合いますね。

 アリシアはふぅっとため息を吐く。そして質問に答えた男に向かって、小さく頭を下げる。

「ありがとうございました。おかげで胸のつかえが取れたので。ただ――もう、あなたとは二度とお会いすることはないでしょうけれど、一つだけ忠告を。弱い者ばかり狙っていた――などと吹聴するのは、罰を重くしてくれと言っているようなものですよ」

 それだけ告げると、口をぽかんと開けた男を置いて、アリシアはゆっくりと階段を昇っていった。

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