第2話
保安官事務所では、押し問答が行われていた。
「だから……ソイツは無理なんですって、ウィルキスさん。こっちの立場もわかってくださいよ」
ベルトールの秘書――ウィルキスは、保安官と七度目の交渉に出向いていた。両脇に武装した大男を連れ、まるで恫喝しているようだ。彼は何としても衛兵のガンボを、開放してほしいという。
「いつもみたいに、町の連中からの訴えだけなら……融通をつけてきましたよ? でも今回ばかりは無理だ。法務官に逆らったら、俺は仕事を失っちまう――いや、下手すりゃ命だって危うい」
保安官制度は地元の人間に、町の治安維持を任せる制度だ。前皇帝までは、それが地方における主な法と秩序を維持するシステムとなっていた。
だが、土地との縁が強い人間が任命されることが常であるため、地元の権力者と癒着してしまうことが多い。
「以前とは違うんですよ。俺にもできないことがあるんだ。どうか……わかってください」
保安官はあくまで、帝国から任命されるものである。その人事は、地元領主ではなく、皇帝直下の組織が仕切っている。癒着はあっても、何でも地元の有力者の自由にはならない。特に、今は。
「本当に――本当に、どうにもならないのですか? もしも、あの娘がいなくなるとしても?」
「ウィルキスさん、あんた一体何を……まさか! 相手は女の子だぞ! そんなこと……」
「だ・か・ら――ですよ? 地元のことを知らない女が、町中で消えてしまう……何も不思議なことじゃあない。世の中、何が起こるかわかりませんから」
保安官は、前にいる男の言葉に冷や汗をかく。口にした言葉を恐れたからではない。恐ろしいことを言いながら、彼がニヤリと笑っていたからだ。
「あの娘が消えて残るのはなんです? 領主様に逆らった、という事実だけですよ。それでも、どうにもならない――と?」
「あ、あんた……わかったよ。俺はしばらく巡回に行ってくる。部下たちもしばらくは戻ってこないはずだ。だから、牢を開ける奴がいても、誰だかはわからない」
「はい。それで構いません。あなたが話のわかる方で良かった。今後もよろしくお願いしますね?」
保安官は静かに事務所から出て行く。町の喧騒が、彼の耳に入ってきた。こんなことをこれまで何度繰り返してきたか……だが、これも生きていくため――何もなかったかのように振る舞いながら、保安官は道へと歩み出した。
保安官事務所の地下――何かしらの罪で捕まった者を一時的に拘留する牢がある。地方の町には犯罪を裁くための施設がない。ここに入れられた者は、定期的に訪れる搬送団に預けられ、大きな街へと移送される。
「遅いじゃねぇか! 何チンタラしてやがったんだ! さっさとここから出せよ!」
衛兵ガンボは、助けにきたウィルキスたちに食ってかかる。それを無視し、ウィルキスは牢を開けた。
「へへっ! これで自由ってわけだ。くそ、あの女……次は徹底的に」
バゴッッッ!!
ウィルキスの連れていた大男が、ガンボを思いきり殴り飛ばす。ガンボの体は吹き飛び、牢の中に戻ってしまう。口から血を流しながら、ガンボが叫ぶ。
「て、めえ! 何しやがるんだ! 俺がいなけりゃ……」
「図に乗ってんじゃねぇぞ、このグズが!」
ウィルキスは、痩せた青白い顔とは不釣り合いな大声を上げる。その迫力に、ガンボは大きな口を開けたまま、黙り込んでしまう。
「お前のおかげで、こちらは危ない橋を渡るハメになったんだ! 何もなければ法務官の小娘をやり過ごすだけで済んだのに――責任はきっちり取ってもらうぞ!!」
「そ、そんなこと言われても……俺に、何しろっていうんだ……」
普段のガンボとは違う、しょげた声で言う。だが彼の質問に対して、ウィルキスは首を横に振る。
「お前じゃあない。お前たちで何とかするんだよ。いいか? これは我々とお前たちの死活に関わる問題だ。ヤツに伝えてこい、今すぐに……だ」
ウィルキスは、ガンボに一枚の紙を手渡す。それを見て、ガンボの顔から血の気が引いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺のミスでこんなことになったなんて知れたら、俺ぁ殺されちまう!!」
「そんなことは知らん! だが、役に立たないお前を生かしておく理由は、こちらにもないぞ? それはわかるよな?」
ウィルキスの顔には、全く表情が浮かんでいない。それはガンボの心臓を凍りつかせるには十分なものだった。彼は促されるままマントで顔を隠しつつ、急いで外へと出て行った。
それを見送るウィルキスに対し、随伴していた大男の片方が声をかけてくる。
「ウィルキスさん、向こうの牢にも三人いるようですが……どうします?」
「ああ、例の三人だな……これ以上面倒事を抱え込めるものか。放っておけ」
そう言うと、ウィルキスと大男二人も事務所から出て行く。周りの視線を気にしながら、彼は報告のために領主の館へと帰っていく。
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