第二章「この世界に正義なし」
第1話
「くそぉ! あの女、なんてことをしてくれたんだ!!」
町一番の大きな屋敷――ベルトールは自室で地団駄を踏みながら、苦々しい顔を浮かべている。思いもよらぬ横槍が入ったことで、計画に支障が生じたからだ。
「もしかして、私の計画に気づいて……それでガンボを捕まえたんじゃ!!」
「いいえ、そういうわけではないようです。ガンボが町で暴れ、それを止めたという話らしいですが」
秘書らしき男の報告に、ベルトールは親指の爪を噛み始める。
「アイツ!! また、余計なことをしたのか! 何度命令しても態度を改めようとせん! おかげで余計な仕事が増えるではないか! どうして止められなかった!!」
「どうもあの男、我々に従うのが気に入らないようで……自分の主はベルトール様ではないとの一点張り――どうしたものかと悩んでいた矢先のことで……」
ベルトールは自分の机の上にあったカップを、秘書に向けて投げつける。それは頭に直撃し、秘書は額から血を流した。
「言い訳はいい! とにかくガンボを引っ張り出せ! アイツがいないと、こっちからは話を付けられないだろう!」
秘書はハンカチを取り出し、自分の額から血を拭う。痛みに耐えながら、落ち着いた声で言う。
「それが……簡単にはいきません。保安官が言うには、法務官の権限がある以上、融通は利かせられないと。破れば、自分のクビが飛ぶと言って懐柔に応じません」
「ぬおおおおお!! あの女が来たせいで、何もかもメチャクチャだぁぁ! こうなったら、アイツを……」
「そのためにも、まずはガンボを牢から出さなければいけません。少し荒っぽい手段になりますが……よろしいですか?」
「何でもいい! アイツを外に出して、野良犬を始末するんだ! できるだけ、早く!」
イライラを募らせながら、ベルトールは窓の外を眺める。
――この町は私のものだ! 全てが私の意のままになるべきだ!
――そうならないものは、一つとして許しはしないぞ!
目を血走らせた彼の顔は、まるで飢えたオオカミのような凶器を孕んでいた。
「はぁ、流石に――大きいですねぇ」
アリシアは感嘆の声を上げていた。目の前には、巨大な船が何艘も停泊している。自分の身長の何倍もある帆船を見て、彼女は世界は広いものだと感心していたのだ。
「お嬢ちゃんはバレオス船は初めてかい? うちのは特にデカいからねぇ、見ごたえあるだろう!」
港で船を見ていたアリシアに、一人の船乗りが声を変えてきた。日に焼けた黒い肌に、真っ白い歯――そして鍛え抜かれた筋肉は、まさに海の男といった雰囲気だ。
「俺の名前はガレット! 大海を股にかけるベテランの船乗りだ! 何? 自分で言うなって? しょうがねえさ! 誰も俺を褒めてくれねぇから、自分で褒めるしかないもんでなぁ! がっはっは!」
一人で勝手に盛り上がる男に、アリシアは一瞬無視しようかとも考えた。だが、自分が何のために港に足を運んだのかを思い出す。
「ガレットさん……ですか。少しお伺いしたいことがありますが、よろしいですか?」
「おお、こんな可愛らしいお嬢ちゃんの頼みじゃあ断れないなぁ。何の話が聞きたいんだい? 俺が海の怪物と死闘を繰り広げた話かい? それとも七人の美女たちと悲しい恋をしたときの話とか……」
「いえ、そういうのは結構です。私が聞きたいのは、この船が運んでいるものについて」
アリシアは、三日かけてベルトールの屋敷にある書類を確認した。だが、書類の上ではきちんと辻褄が合っていた。だが、それだけでは全てがわかるわけではない。
だから、実際に荷物を運んでいる船を確認しに来たのだ。どんな荷物をどの程度運んでいるのか――本物というのは、決して嘘を吐かない。
「うーん、そいつは少し難しいなぁ。さすがに船主の許可がないと……商売全体に関わる話だしなぁ」
――思ったよりも脇が固いようで。
海の男というのは、結束が固いものだ。船の上では誰か一人でも欠ければ、全員が死んでもおかしくない。だからこそ、絆は深く――義理固い。
そこでアリシアは、「船主に会わせてほしい」と告げる。
「それなら大丈夫だ。今、ちょうど積み荷の確認に来てるからな。待ってろ、このガレット様が話を付けてきてやろう!」
そう言って船乗りは自分の帆船へと上がっていった。しばらくすると、悲鳴が聞こえ、海に人間が落ちる――先ほどのガレットという男だ。アリシアは船の下から微かにやりとりを聞いていた。どうやら仕事をサボっていたことがバレて、船から突き落とされたらしい。
すると甲板から初老の男性が顔を出す。
「あんたかい? 俺に話があるっていうのは? ここまで登ってこれるか?」
「ありがとうございます。すぐにそちらへ参ります」
アリシアは縄梯子を昇って、船の甲板へと向かう。
甲板では、船乗りたちが忙しそうに駆け回っていた。もうすぐ、この船は出港するらしい。
「悪いがこれから船が出るんだ。のんびりと話は聞いてられないぞ?」
「これは、魔が悪くて申し訳ありません。私は法務官のアリシアと言います。お名前をうかがっても?」
「俺はジェイダース。この船の船長だ……って、時間はないって言ったろう? 用件は何だい?」
「お聞きしたいのは――たった一つだけです」
アリシアは船主の老人に。簡単な質問をする。老人は、不思議そうな顔をしながらも、すぐに質問に答えた。
「それは……ここにある全ての船で同じですか?」
「まあ、多少の誤差はあるだろうがね。少なくとも、あんたが言うほど多くはないさ。それじゃあ、船員が誰も乗れなくなっちまう」
「ありがとうございました。とても役に立つ話を聞かせていただきました」
アリシアは納得した様子で、船を後にしようとする――が、一つ忘れていたことがあった。
「ついで、なのですが。もう一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「欲張りな嬢ちゃんだな。あんたの可愛さに免じて、もう一つくらいは答えてやるよ、タダで」
「この船はお茶を――茶葉を運んでいたりしませんか?」
「もちろん運んでるさ。貴族連中が好きだからねぇ……俺は酒のほうがずっと好きだがね!」
アリシアはその話を聞くと、さらに質問を続ける。
「では、そのお茶を卸している――いいえ、流しているお店がありますね? それはどこにありますか?」
「ダメだよ、お嬢ちゃん。あと一つって話だったろ? これ以上は答えないぞ、タダじゃあね」
アリシアはすぐに自分の財布へと手を伸ばす。中から銀貨一ベールを取り出すと、初老の男性のポケットに入れる。
「大通りにある果物屋バスタッシュの角を曲がって、八十歩ほど行ったところに真っ白い看板を掲げた店がある」
「わかりました。今回は本当に良い話が聞けました。商売上手な方で助かります」
「そいつは何よりの褒め言葉だ。嬢ちゃんこそ、随分と頭が回るようで」
アリシアは足取り軽く、甲板から降りていく。それを見送った船主に、船員の一人が近づいてきた。
「いいんですかい? 積み荷の話は誰にもするなって領主が言ってた気がしやしたが」
「いいんだよ。俺たちゃ海の男だ。陸の上で起こってることに関心はねぇ。領主の野郎に義理立てする必要もねぇのさ。なら、可愛い嬢ちゃんに味方するほうが、ずっとマシってもんだろう? おかげで銀貨一枚儲けたしなぁ」
船主の言葉に、近くにいた船員たちからは「違いねぇや」という声が聞こえた。
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