第8話
「ラルミドですか? ああ、知ってますとも。この町じゃ一番の悪ガキですからねぁ」
宿に戻ったアリシアは、店主にラルミドのことを訪ねていた。
彼はいわゆる孤児だという。数年前から町に住み着き、ヨソ者から金などを盗んで暮らしていた。町の人間は何度も、彼に真っ当な生き方をするよう言ってきたが、彼は頑として聞き入れないという。
「私もね、うちで働くよう進めたことがあるんです。でも断られた。アイツは、自分が悪いことしてるのがわかってるんですよ。だから、カタギの人間とは一緒に生きられないと思ってる……全く不器用な奴で、手を焼いてるんです」
厄介だと言いながら、宿の店主はどこか笑顔を浮かべていた。アリシアは、少しだけ昔のことを思い出してしまう。
小さい頃、彼女は帝都に住む乞食として暮らしていた。自分が生きるためなら、どんなことでもする……そこに倫理や道徳が入る隙間などない。奪わなければ生きられない、殴らねば奪われる――暴力だけが、彼女が自分を救う唯一の方法だった。
――もしも、あの世界に身を置き続けていたら……。
アリシアは、今でも自分の幸運に感謝する。そんな地獄の底のような世界から、彼女を連れ出してくれた暖かい手があったことを。
「ラルミドが……何かしたのかい?」
心配そうに声をかけてくる店主の声で、アリシアは我に帰る。
「いいえ、そういうわけでは……ただ、彼はずいぶんと町の人から好かれているな、と」
ラルミドがガンボを蹴り倒したとき、それを見ていた人たちからはかなりの歓声が上がっていた。さらに、彼が逃げるときに、野次馬はわざと道を開けていた。
つまり、町の人間の中には、彼に味方する者が少なからず存在するということだ。
「そりゃあ、アイツくらいですからね。正面切ってる領主に文句を言ってるのは……」
アリシアは、ふと視線上げた。店主の顔は、どこか悔しそうな――寂しそうな顔に見える。だがすぐに表情を崩し、ニッコリと笑ってみせた。
「いやぁ、つまらない話をしてしまいましたね。私は明日の仕込みもありますから、ここで失礼しますよ」
「お手数おかけしました。お話、ありがとうございます」
店主は店の裏に入っていく。アリシアも自分の部屋に戻るために、歩き始めた。
――私の勘は外れたわけではなさそうですね。
アリシアは、自室に戻ると、カバンの中を漁る。そこから自分の手帳を出して、メモ書きを始める。その手帳の表紙には三つの文言が刻まれていた。
一つ、疑いを以て裁きを行ってはならない。
一つ、罪は証拠によってのみ定まる。
一つ、証拠とは歩いて探すものである。
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