第3話
パルレカルムの大通りは、町の正面口から港へと続くものだ。町全体を貫くようにできた道は、石畳でしっかりと整備され、非常に綺麗である。
大通りに面した店は、どれも新しい建物ばかりだ。発展を始めたのが、ここ十年ほどのことだったため、町全体に活気が見られる。
だが、アリシアはそのキラキラとした喧騒の中で、全く別のことを考えていた。
――どこも同じようなものですね。見えなくするのがお得意で。
アリシアは、この町を崖の上から――俯瞰するように眺めていた。だからこそ、見えないものがあることも、すぐにわかったのだ。
――ですが、それは私の仕事ではありませんし……。
胸がチクリと痛くなるが、彼女はそのことを考えないと決めた。自分にできること、するべきことが何なのか……アリシアにはよくわかっているからだ。
ドンッ!!
考え事をしながら歩いていたせいか、彼女は自分の目の前に急に現れた影とぶつかってしまう。痛みは感じながったが、咄嗟に避けようとしたため、バランスを崩す。そのせいで、アリシアは衝撃で体を少し弾かれてしまった。
「どこ見てやがんだ! 気をつけやがれ!」
アリシアにぶつかった影――ハンチング帽をかぶった少年は、彼女に向かって悪態をつく。だが、すぐに向きを変え、その場から立ち去ろうとした。だが――
ビーーーーン!! ドテッ!!
彼は勢いよくすっ転んでしまう。手に持っていた袋には紐が付いていた――アリシアの腰ベルトに繋がる紐が。
少年は必死になって袋を引っ張る。だが、紐は――そしてアリシアも――微動だにしなかった。
その様子を、アリシアは冷めた表情で見つめる。必死に袋を――彼女の財布を持ち去ろうとする少年。彼女はハッキリと言い放つ。
「帝国法第千百十二条、他者の所有物を盗む者は、盗んだ財貨に倍する罰金を科すものとする」
「はぁ?? うるせえな、このヨソ者が! さっさと紐外せよ!!」
少年は怒りと焦りで、筋の通らないことを言い始める。盗みがバレているのに、盗んだものを寄越せと言っているのだから。
アリシアはため息を吐く。
――さて、どうしたものか……大切な用事がありますのに。
そこでアリシアは、財布に繋がる紐へと右手を伸ばす。軽く握ってから、力を込めて紐を引っ張った。
ふわっ……ズルルルゥゥゥ!!
スリの小年の体は、勢いよく空中へと浮かび上がる。そして地面を滑り、アリシアまで引き寄せられてしまう。
「な、なななな何だ?? てっめぇ! 何しやがった!」
自分よりも背の低い少女に、体ごと引っ張られた――その事実に少年は、目を見開いて叫びを上げた。
「優しく言って差し上げましょう。盗みは罪です。盗んだ物の倍に相当するお金を、あなたから取り上げますわ」
足元に転がっている少年に向かって、アリシアは言う。だが、少年は手に持っていた袋を、彼女に向かって投げつけた。
思いがけない出来事に、アリシアは一瞬怯んでしまう。そのちょっとした隙に、少年は走って逃げ去る。
「このラルミド様を馬鹿にしたこと、絶対に後悔させてやるぞ!!」
捨て台詞を吐いて逃げる少年を、アリシアは黙って見送った。追いかけようとも思ったが、今は時間が惜しかったからだ。それに……。
――自分で名乗っては世話がないでしょうに。
そのあまりの間抜けっぷりに、彼女は呆れて、追いかける気を失ってしまったのだ。
気を取り直し、彼女は再び大通りを歩き始める。領主の館へと向かうアリシアだが、その背後には、睨みつけるような視線が浴びせられていた。
宿屋の店主が言ったとおり、アリシアはすぐに領主の館を見つけることができた。周りのどの建物よりも大きく、広い庭を持った――悪い意味で目立つ屋敷の前に彼女は立っていた。
屋敷の門には、二人の衛兵が立っている。彼女は年齢が高そうなほうに声をかける。
「こちら、パルレカルム領主様の館で間違いありませんか? お目通りをお願いしたいのですが」
「領主様の館なのは間違いないが……貴様のような小娘に、ベルトール様がお会いになるわけがなかろう。それとも、約束でもしているのか?」
威張り散らすような物言いをする衛兵に、アリシアは眉毛をぴくりとさせる。
――話が通じそうなほうを選んだつもりでしたが。
――どうやらハズレだったようですね。
アリシアは、不快な気持ちを抑えつつ、ゆっくりと説明する。
「約束はしておりません。ですが、私には領主様と面会する権利がございます。お取次ぎをお願いします」
「ダメだダメだ!! 何を言ってるんだ貴様は! あまり下らないことを言っていると、この場で叩き斬ってやるぞ!」
高圧的な――そして乱暴な言葉を吐きながら、衛兵は腰に指した剣の柄に手を置く。あまりにも物騒な対応だ。アリシアも揉め事が起こることは想定していたが、まさかここまで話が通じないとは思っていなかった。
その様子を見て、そばにいた別の衛兵が、彼を止めようとした。
「ちょっと待ってください! 相手は女の子ですよ? それにここまで言うなら、何か理由があるのかもしれませんよ。一度領主様に……」
「うるせえぞ、新入り! 俺がダメだって言ったら、ダメなんだよ! それとも何か? お前がこの娘に代わりに斬られたいのか?」
一体何に腹を立てているのか、今度はもう一人の衛兵に絡み始める男。
――本当にハズレを引いてしまったようですね。
――初めからあちらの方に声をかけておけば良かったかも。
小さな後悔を胸に走らせるアリシアだが、すぐにそれを打ち消した。仮にそうしていても、結局絡まれたに違いないと思ったからだ。
どうしたものかと、思案する彼女だが、目の前の状況は悪化の一途をたどる。恫喝された新人衛兵が、何を思ったのか、反抗の意思を見せたからだ。
「いくら何でも、それは乱暴すぎるでしょう! 先輩だからって、言っていいことと悪いことがありますよ!」
「ああん? いい度胸してるじゃないか、貴様! 暴漢に襲われて真っ二つにされたって報告しといてやるよ!!」
剣を抜く男の姿を見て、アリシアは考える。
――結局、いつも通りになってしまいますか……仕方ありません。
トスッ!
乾いた音がする。同時に、剣を抜いた衛兵の体は、そのまま地面に倒れ込んだ。新人の衛兵は、目の前の状況を理解できず、ぽかんと口を開けている。だが、彼はすぐに口を閉じ、地面とキスをすることになった。
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