第一章「辺境法務官、見参!」
第1話
少女は崖の上から、素晴らしい景色を楽しんでいた。
そこから見えるのは、美しい港町の姿だ。窪んだ形の湾に沿って作られた町には、多くの帆船の往来がある。おそらく商船らしき巨大な船が、港にいくつも停泊している姿は壮観だ。距離があっても見応えがあるのだから、近くまで行けば、さらに迫力満載だろう。
これから足を運ぶことになる街を眺めながら、少女――アリシアは心を躍らせていた。
「てめぇ……ハァハァ……この野郎! ようやく追いついたぜ!!」
アリシアの後ろから、荒っぽい男の声が聞こえる。息切れが激しく、何を言っているのか聞き取りづらい。男の数は三人。三十分ほど前から、アリシアのことを追いかけてきていた。
その服装はみすぼらしく、真っ当な生活をしているようには見えない。
「へへっ! 残念だがここが行き止まりだぞ! 死にたくなけりゃあ、身ぐるみ全部置いていけ!」
お決まりのセリフを吐く彼らは、いわゆる追剥という奴である。街へと至る道の途中、アリシアを見つけて襲い掛かろうとしたが――ここまで逃げられていた。
「意外に根性がおありのようで。少し関心しましたわ」
アリシアは苦笑いしながら言う。すると彼女は一礼――くたびれたジャケットの裾をドレスのように摘み上げながら――をしてから、彼らに尋ねた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアリシアと申します。あなた方のお名前を教えていただけますか?」
アリシアの所作は美しいものだった。しかし男たちには、馬鹿にされたように感じたのだろう。あからさまに機嫌を悪くした。
「名前だぁあ? 俺たちを舐めてんのかぁぁ! ちっと脚が早いくらいで、いい気になってんじゃねぇぞ!」
一人が言うと、別の男が下品な笑いを浮かべながら続けた。
「やっぱりよぅ……身ぐるみ剥ぐだけじゃ気が済まねぇぜ! コイツも娼館に売っ払おう! もちろん、その前に……お、俺たちで楽しんでからなぁ――じゅるりっ」
一人がそう言うと、他の男も顔を赤くして少女を見る。
身長は低く小柄な印象だが、なかなかに豊かなモノを持っている……「十分売れるな」と、一人が呟いたのを、アリシアは聞いた。それを聞いて、アリシアは笑ってしまう。
「まさか、ここまで頭が悪いとは……間抜け過ぎますね」
彼女の一言は、今度こそ男たちの逆鱗に触れた。腰に下げた剣を一人が抜くと、残る二人も順番に剣を構える。
「まだ何か言いたいことがあるか? ああん!」
男は恫喝するように、少女へと怒鳴り声を上げた。その声に応じるように、アリシアは難しい言葉を口にする。
「あなた方の行為は、帝国法の禁則事項に当たります。即時武装を解除し、投降しなさい。この警告が聞き入れられない場合、対処行動を取らせていただきます」
意味の分からない言葉を並べられ、男たちは眉をひそめる。だが、少女が拳を構える姿を見て、彼女が言いたいことを――言葉の意味は分からないが――理解した。
男たちは激昂し、少女に向かって剣を振り下ろす。アリシアは、口元を笑みを浮かべながら、男たちを睨み付けていた。
港町パルレカルム――帝国領東部にある港町であり、交易で栄えた町でもある。多くの商人が拠点とし、賑わいを見せていた。バストラード帝国内で、港を持つ町は多くない。だからこそ、ここは船を使った交易で稼ごうとする商人たちが、自然と集まって大きくなった町なのだ。
パルレカルムの正面口、そのほど近くにある宿屋の一階――そこにアリシアの姿があった。
テーブルの前に座り、店主に〈お湯〉を頼む。言われた通りに、お湯を沸かす店主を見ながら、アリシアは自分のカバンを開いた。中からティーポットとカップを取り出し、お茶の葉をポットに静かに入れる。店主が慌てた様子で持ってきた鍋入りのお湯を、ポットに注ぐ。
「ようやく一息つけますね――あ、どうもありがとうございました……えーと、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
アリシアは手に持っていた鍋を店主に返す。すると、店主はようやく声を出すことができた。
「ああ、俺はボルドー。この宿の主人だよ。いやぁしかし、たまげたよ。こんなお嬢さんが――まさか本当に盗賊共を捕まえてたなんて……」
アリシアは町を訪れるとすぐ、この宿に立ち寄った。そして店主を通じて、「山の上の木に追剥を縛り付けてある」と、保安官に伝えるよう言った。
小さな少女の話を聞いて、宿にいた人々は大笑いして彼女をバカにした。
「こんな嬢ちゃんが盗賊を退治できるなら、俺はドラゴンを倒せるぞ」
「ここは子どもの来るところじゃねぇぞ! お父ちゃんはどこにいるんだ?」
「ベッドの上でなら、いくらでも褒めてやるけどな」
下品で下世話な野次が飛んだ。彼女にとっては不快な話だが、全く意に介さない様子だった。代わりにゆっくりと、宿屋の店主へと歩み寄る。
アリシアは静かに店主へと差し出した――追剥の持っていた指輪を。
「おそらく、奥様の持ち物でしょう。店の名前、〈トルマーナ〉と、内側に掘られていましたので」
店主は驚き、指輪を確認する。それはたしかに、三か月前に盗賊に襲われて奪われた物だった。
店主はすぐ、保安官のところに使いを出した。
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