モグリ火葬場
シルバーコードの処理場は記事に書かれていたとおり海岸道りの賑わいから隔絶された丘陵の田園地帯にあった。誰もいない工場に一人ぼっちでチームを待っていたお千代さんは意気消沈していた。記事が出た当日から県庁や保健所の検査、取引先やメディアからの問い合わせが相次ぎ、やむなく操業をストップしたのだ。工場敷地は幼稚園くらいの規模で田舎の処理場としては大きい方ではなかった。斜面を掘削して造成した平地の奥に一日二十トン程度の中型のバッチ炉(連続焼却できない炉)が設置されていたが、丘を吹き上げてくる潮風で胴体が真っ赤に錆びていた。場内のあちこちに未処理の医療系廃棄物の容器が転がり、焼却炉の灰出しもされないまま放置されていた。
「記者に嵌められたのよ」お千代さんは悔しそうに臍をかんだ。
「書かれたことは本当なんですか」伊刈が尋ねた。
「誇張があるわよね。妊娠十二週未満なら廃棄物でいいんだから、法律違反してないと思ってるわ。遺体か廃棄物かの判断は病院がするんだからさ」
「どうして堕胎児の処分を引き受けたんですか」
「不法就労の外国人やヤンきーな中高生なんかでけっこう中絶は多くて、たいていは遺体を引き取らないで病院で処分してくれって言うのよ。そこは記事に書かれてたとおりよ」
「病院は墓地埋葬法の説明をしないんですか」
「助産士長が説明してるわ。だけどどうしてもって頼まれるとねえ。逃げちゃう外国人だって確かにいるし。それでどうしようもなくなった病院から頼まれたのよ。病院だって葬儀を挙げるわけにはいかないしさ。それでもうちの炉の脇に線香をそなえて供養はしていたのよ」
「処分料金は貰っていたわけでしょう」
「胎児の処分代なんて貰ってないわよ。うちはもともと処分代が安くて感染性でもキロ二百円よ。堕胎児が百グラムとして二十円なのよ。それで儲けてたって言える? それなのにまるで闇の火葬場やってたみたいに騒ぎ立てて、すっかり強欲な毒婦に仕立て上げられてしまったわ。だいたい惰胎児を見たこともないくせに。まさか赤ちゃんを燃やしてるわけないじゃないの」
「利益は取引の総額でしょう。病院に恩を売って仕事を貰っていたんでしょう」
「そう言われたらそうかもしれないわね」
「堕胎児は医薬品メーカーに売られているという話も聞きますが」
「胎盤も臍の緒も新鮮なうちに凍結しておけば医薬品メーカーや大学に売れるわよ。幹細胞も取れるし、ホルモンも取れるし。でも実はそんなに大量には要らないしね」
「警察には呼び出されましたか?」
「刑事事件は大丈夫よ。だって胎児が何か月目だったかなんて私は知らなかったもの」
「見れば何週目なのかわかるんじゃないですか」
「いちいち袋を開けて確かめたりしないでしょう。一番悪いのは無責任な母親よ」
「妊娠させた男が悪いとは言わないんですか」
「男なんてもともと無責任なものよ。産む気もないないのに妊娠したのは母親の責任が大きいわよ。避妊の方法はいくらでもあるじゃないの」
「病院も悪いんじゃないんですか」
「悪い病院だってないよりいいでしょう。自宅で堕胎したら母体も死ぬわよ」
「中絶手術は儲かると聞きましたが」
「たいしたことないわよ。やっぱりちゃんと分娩してもらわないとね。このごろは未熟児が多くて産科はだんだん難しくなってるのよ」
「五百グラムでも助かるって記事を読みましたよ」
「二百五十グラムでもなんとかなるわ。もちろん周産期母子医療センター(母体胎児集中治療室(MFICU)と新生児集中治療室(NICU)を備えた高度救急救命センター。周産期は妊娠二十二週から出生後七日までをさす)の話だけど」
「堕胎した胎児が蘇生してしまうって可能性もあるんじゃないですか」
「あなたそれはね」
「どうしたんですか血相を変えて」
「実はね、一度だけそういうことがあったの。廃棄物として受け取った胎児がね、心臓が動いてたのよ」
「ほんとですか」
「うん」
「で、どうしたんですか」
「生きてるんだから助けないと殺人罪(保護義務者遺棄致死罪)でしょう。前に勤務してた病院に連絡して迎えにきてもらったわ。保育器がないと運べないからさ」
「それで助かったんですか」
「だめだったわ」
「そうですか」
「今でもその子の夢をときどき見るわよ。可愛そうなことしたわ。病院にいたら立派に育ったでしょうにね。その時こんな仕事やめようかと思ったけど逆にあたしがやるしかないかなと思い直したのよ。だからお金儲けじゃないのよ。ただ会社を続けるにはいろいろあるのよ」
「場内を見せてもらってもいいですか」
「ご自由にどうぞ」
「まさかあそこに積んである容器の中にも」伊刈は黒い袋の山を見上げて言った。
「胎児や臓器はないわ。それは特別の容器に入れて持ってきてたからね」
「じゃやっぱり病院も確信犯だったってことですね」
「私もう死にたい」お千代さんは顔を覆って泣き崩れた。
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