特ダネ砲
「おい本屋でパーラメントって雑誌を探して来い」仙道が朝一番、喜多に指示した。
「何か載ってるんですか?」
「いまブンヤから聞いたんだ。シルバーコードが載ってるらしいよ」
「ほんとですか」喜多はすぐに駅前の書店にかけつけた。
表紙から既に『本誌独占特ダネ 産科病院と産廃業者 堕胎児闇焼却の実態』というセンセーショナルな見出しが躍っていた。チーム全員に記事の写しが配られた。
本誌独占特ダネ! 悪徳産科病院とブラック産廃業者が結託! 堕胎児闇焼却請負ビジネスの実態! 本誌取材班が追跡取材決行! その血塗られた構造を暴く!
墓地埋葬法という法律をご存知だろうか。堕胎した胎児でも妊娠十二週以上なら埋葬許可を取らなければならない。だが不法滞在外国人や未成年の堕胎が急増し、埋葬どころか遺体の引取りすら拒否する例が増えている。見捨てられた堕胎児はどこに行くのか追跡してみた。その結果、驚くべき闇焼却ルートが明らかとなった。埋葬の必要な堕胎児が産業廃棄物として焼却されていたのだ。さらには高額の埋葬費用を請求しながら、遺体を廃棄物にして費用を着服している病院があるという噂を聞き、その検証を試みた。
Y病院は都内有数の風俗街に近接することから外国人の受診者が多いことで知られる産科病院だ。アジア系、アフリカ系、南米系など患者の国際色も豊かだ。この病院で堕胎手術を受けた外国人の大半が、胎児の遺体引取りを拒否するという。それどころか手術代すら払わずに逃亡する者も少なくない。ところがこの病院が堕胎児の埋葬代を前金で徴収しながら、実際には埋葬せずに恒常的に産廃として処分しているのではないかという疑惑が持ち上がった。その発端は本紙に届いた一通の告発状だった。この病院は月齢にかかわらず胎児を引き取らなくていいかわり、高額の埋葬料を請求しているというのだ。区役所に問い合わせたところ、この病院から埋葬許可申請が出たことはなかった。堕胎児はどこに消えたのか。病院に取材を試みたが応じてもらえなかった。
墓地埋葬法が適用される月齢に達していない胎児を産廃としても違法ではない。しかし月齢の診断は最終月経の自己申告による曖昧なものである。取材班は堕胎児を引き取っている産廃業者を突き止めることにした。
そこで病院に出入りしている産廃の回収車両を待ち伏せして追跡を決行した。その日はときおり小雨がぱらつく、追跡にはうってつけの日和だった。アルミボディの保冷車(医療系廃棄物専用運搬車)が病院に巡回回収にやってきたのは昼すぎだった。裏玄関前に保冷車が駐車し、緑の作業服を着た運転手が、保管庫から廃棄物の入ったグレーのプラスチック容器を持ち出して積み込んだ。車両には特別管理産業廃棄物収集運搬業S株式会社と書かれていた。
いよいよ追跡開始だ。保冷車はさらにいくつかの病院を巡回したのち、首都高速に乗って都県境を越え、幸徳ICで降りた。インターから数分で、幸徳市内の産廃業者のヤードに入ったが、焼却施設らしいものは見当たらなかった。看板を見るとS社積替保管場と書かれていた。産廃を一時ストックするヤードである。どんな会社か産廃業者名簿で調べると、都心から片道百キロ、太平洋に面した勝馬市に焼却場を保有している業者だとわかった。
勝間はリアス式海岸が美しい景勝地だった。近海マグロ、タイ、ひらめ、アワビなどの高級魚か水揚げされる漁港を有し、海岸沿いには和風旅館や洋風のリゾートホテルが立ち並んぶ有数の観光地だった。
取材班は地図をたよりに、海岸に迫る崖上に、S社の焼却場を探し当てた。周囲には海岸通りの賑わいとは打って変わった農家もまばらな純農村地帯ののどかな風景が広がっていた。
固く閉ざされた門扉の奥に銀色に塗装された煙突が見えた。ここで病院の廃棄物が焼却されているのだ。そしておそらく堕胎児も。インターフォンを押しても応答がなかった。しばらく待っているとアルミボディ車がやってきた。取材を試みたが運転手は無言のまま場内に消えた。門扉が開いた一瞬に場内の撮影に成功した。ヤードには黒いゴミ袋がうずたかく積まれていた。
全国に無数にあるこうした医療系廃棄物の焼却場には、堕胎された胎児だけではなく切除された臓器、切断された腕などが毎日運ばれてくる。そのかなりの部分が不法投棄されているという噂も聴いた。さらにはかつて埋め立ての規制が厳しくなかった時代には、病院敷地内のいたるところに医療系廃棄物が埋められ、それが病院敷地の再開発でざくざくと掘り出されるという。
実際、新東京国際空港がある成田市で大規模な医療系廃棄物不法投棄事件が起こり、県庁が行政代執行によって撤去したばかりだった。その時、S社の関与も疑われたが立件されなかった。
堕胎は戦後のベビーブームによる人口爆発を終焉させるために、先進国に先駆けて解禁された人工妊娠中絶の遺産である。その後、欧米では経口避妊薬、さらに経口堕胎薬によって人口を調節してきたが、わが国では母体に与える危険が高い堕胎手術がいまも主流となっている。これは堕胎手術の診療報酬が高いからと言われる。世界でもっとも早熟(初潮年齢が若い)と言われる日本の女子児童生徒や、外国人風俗嬢の望まれざる妊娠によって、いまなお中絶手術数は高水準のままである。手術の失敗や自己流の堕胎で命を落としたり、不妊になってしまう母体も少なくない。
「私たちが引き受けなかったら誰が引き受けるというのかしら」ようやく電話インタビューに応じたS社の女性社長が取材に応じた。
「だからといって埋葬が必要な胎児を産廃として焼却していいんですか」
「焼却しているんじゃないの。この児たちを荼毘に付してあげてるの」
社会の歪が生んだ堕胎の犠牲者を産廃処理施設が引き受けるのは必要悪かもしれない。だがその矛盾が生み出した闇のビジネスで潤っている病院と産廃業者があるとすれば、どうしても許せない気がする。
記事を読み終えた伊刈は放心したように自席の椅子に体を預けて沈黙した。
「おい、これはおまえらが調べてたシルバーコードと四谷記念病院のことなんだろう」仙道の方から伊刈に声をかけた。
「参りましたね。撤去させる予定がこの記事で台無しだ」
「なんで? 渡りに船じゃねえのか」
「墓地埋葬法違反で摘発されたら許可取消しですよね。そしたら撤去どころじゃない」
「なるほど」
「県庁に様子を聞いてみますよ」
「そうだな、県の管轄だからな」
伊刈は県庁産業廃棄物課の小糸に電話をかけた。小糸は生え抜きの化学技師で伊刈よりも後輩ながら産廃行政の経験はずっと長かった。髪が薄くなりかけているので老けて見えたがまだ三十代で、よく見れば顔の色艶は年齢相応だった。化学技師なのに産廃指導課では法務を担当していた。山砂採取を担当している鉱業保安課にいたことがあって、当時土木部国有財産課にいた伊刈との付き合いが始まったのだ。
「どうなってんだ、パーラメントの記事は」
「ご覧になったんですか。あれはシルバーコードです。社名は伏せられていますが医療系やってる女性社長は県内には他にいませんし間違いないですね」
「わかってるよ。実はうちの市でもお千代さんが問題を起こしててね」
「そうでしたか。今回の記事は事前の取材がなくて、こっちも寝耳に水だったものですからパニックですよ。記事を読んだ他社から次々と取材の申し入れがあるんですが、社名がぼかされてるものですからうちからリークすることもできなくて困ってます。かえってはっきり書いてもらったほうがよかったです。ただもう取材に来る記者はシルバーのことだって知ってますけどね」
「この記事の中に載ってる写真はシルバーの炉なのか」
「それがはっきりしないんです。施設の全景じゃないし看板も写ってないんで」
「やっぱ雑誌なんてそんなもんか。追跡したっぽく書いてるけど実際は行ってないのかな」
「わかりません。地理の描写はわりと正確ですよ。でも取材した記者とライターは別人かもしれないし」
「お千代さんの証言の部分も捏造かな。あの女がそうやすやすと取材に応じたわけがないし、電話ぐらいは出たとしたってあんなこと言うはずないな」
「僕もそう思いますね」
「このライター、産科医療に詳しいし痛いところをついてるのは確かだな」
「告発状が届いたって記事に書いてありますけどタレコミってたいてい同業者なんです。病院からの内部告発みたいに書いてますけどシルバーの従業員とかかもしれません。しょっちゅう運転手の首を切るみたいですから」
「それにしても堕胎児の焼却はまずいなあ。記事にあるとおり墓地埋葬法違反なのか」
「ええそこは間違いないと思います。お千代さんもとうとう年貢の納め時ですね。それはそうとシルバーコードって銀の線じゃないって知ってましたか」
「えっ? それじゃなに?」
「臍の緒ですよ」
「へえさすがコメディカルだね」
「そんなこじゃれた言葉どこで覚えられたんですか」
「医療も担当してたからな」
「県の医療監視が甘かったってきっとメディアに叩かれますね。最後のおちはいつも行政ですよね」
「しょうがないよ。なんでも政治家か役人の責任にするのがメディアのスケープゴートなんだから」
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