自主撤去

 天昇園土木とシルバーコードは共同して森井町の処分場に投棄された医療系廃棄物の撤去工事に着手した。天昇園土木の持田が現場に重機を持ち込み、シルバーコードが運搬車両を出して勝馬の処分場まで持ち帰るのだ。県はシルバーコードの許可取消しを既に決めていたが、本課の宮越が県庁の産業廃棄物課に掛け合い、撤去が終わるまで行政手続法による聴聞の通知を控えることになった。そうとは知らずお千代さんは撤去すれば処分を一等免じてもらえるものと期待していた。今まではそうだったが今回は県庁も厳しい処分で臨む方針だった。事情を知っている伊刈は内心忸怩たる思いだったが真実を告げるわけにはいかなかった。法による命令に基づかない自主的な撤去工事だったにもかかわらず、槍田課長は工事現場をメディアに公開した。医療系廃棄物の撤去だと聞いて興味を持った多数の報道関係者が取材に訪れた。サンダルに生足で注射器の散らかった現場に入ってくるテレビ局の女性レポーターもいた。

 「あのババアはまだ来ないのか」自ら運転してきた回送車からユンボを下ろすと持田は伊刈に毒ついた。

 「ババアは失礼でしょう。まだ若いんですよ。今に来ますから」

 「へえそうかい。先に作業を始めていいのか」

 「いいですよ」

 「あの連中は誰が入っていいと言ったんだ」持田はレポーターや記者の群れをちらりと見た。

 「本課ですよ」

 「ふうんなるほど。話してもいいのか」

 「どうぞ」

 「わかった」持田はつかつかと自分から報道関係者に近付いた。すかさずレポーターたちがマイクを向けた。

 「私は今回の撤去に協力させていただくことになった天昇園土木の持田というものです」持田は一番若いミニスカート姿の女性レポーターに正対した。

 「市の発表では原因者に対する指導による自主撤去となっていますが」水を向けられたレポーターが質問した。テレビカメラがアングルを求めて横へと移動した。他のベテラン記者たちは少し離れた場所からうさんくさそうな顔で二人のやりとりを眺めていた。

 「それは市の勝手な言い分ですよ。私は指導は受けていない。文書一枚貰っていませんよ」

 「それならどうしてご協力をされるのですか」

 「市民のご迷惑を考えてのことですよ。たとえ注射器一本であっても医療系廃棄物となればご心配でしょう。私は土建屋でしてね、だから病院の廃棄物を受け入れることはありえない。そのことは市にも説明済みです。たまたまこの土地を買ったために事件に巻き込まれた。むしろ被害者ですよ。そこを誤解のないようにお伝えいただきたい」

 「撤去の期間はどれくらいですか」

 「やってみなければわかりませんがせいぜい一週間でしょう」

 「ここにある廃棄物をすべて撤去されるのですか」

 「いやいやここは合法的な処分場です。病院のゴミだけを片すんです」

 「合法的とは許可があるってことですか」

 「許可の要らない処分場なんですよ」

 「ちょっとわかりにくいですね」

 「法律のことはあっちにいる市の職員に聞くといいですよ」持田は自分の言い分だけ言うとユンボの回送車に戻った。

 「黒い袋だけ掘り出せばいいんだな」持田は伊刈に念を押すように言った。

 「残りのはまた今度ってことで」

 「おいおいそれは話が違うじゃねえか」

 「ほかのゴミも天昇園土木の自社物か調べますよ」

 「そんなこと言うなら俺は帰るぞ」

 「今回は自主撤去ですが、やってくれないなら本課から文書で命令を出してもらいます」

 「お役人らしい言い草だな。とにかく今日は病院のだけ出せばいいんだな」持田社長はユンボを回送車から降ろすと崖っぷちに寄せ、沢に崩れた産廃の回収を始めた。バケットで一掬いする度に熱の籠った廃棄物からもうもうと湯気が立ち上り霧がかかったようになった。

 お千代さんは赤いディオールのスーツという派手ないでたちで遅れてやってきた。報道陣が来ると聞いて化粧に時間がかかったのかもしれなかった。

 「ここわかりにくくて迷ったわよ。犬咬は遠いわね」

 お千代さんはいかにも初めて見たといわんばかりきょろきょろと現場を見回した。もう報道関係者は全員引き上げた後だった。一日中取材を続けるほどの事件ではない。市から発表があったので現場を確認したが、持田の口ぶりからたいした記事にはならないと判断したのだ。

 「持田さんがざっくりとゴミを掘りだしますから医療系を分けてください」

 「わかってるわよ。どうせ工場は暇だから人数は揃えてきたわ」持田が自ら運転してきた旧式のトヨタクラウンの後ろについたワゴン車からシルバーコードの作業員がぞろぞろと降り立った。作業員たちはさっそく手馴れた様子で掘り出された廃棄物から医療系廃棄物の袋だけをより分けていった。

 「これはねえ」お千代さんは作業を見守りながら言った。

 「なんですか?」

 「医療系には違いないけどほとんどうちのじゃないわね」

 「どういうことですか」

 「うちの責任にするためにわざと目立つようにしたのね。ほかのは埋まってるのにどうしてうちのだけが沢に落ちてたの。今度の雑誌の記事といいおかしいわねえ。どうもやらせっぽいのよ」

 「やらせっていうと?」

 「うちに恨みがあるのか、それとも…」

 「なんですか」

 「ここを掘らせて何か見つけさせるつもりかしら」

 「そんなことありえますか」

 「なんでもいいわ。約束した以上ここの医療系は全部持って帰るわよ」

 「なんだか変だよな」持田社長もユンボを運転する手を休めて首をかしげた。

 「どうしました?」

 「普通な、医療系ってのは深く埋めるんだよ。見つかると何かとやっかいだからな。だけどここのは浅いんだよ。わざと崩れるように埋めたかもしれないな」

 「そうですか」

 「やっぱりなあ。こりゃあ嵌められたな」持田は運転席でタバコに火を点けるとシルバーコードの作業員たちの分別作業をバカにしたように見下ろした。

 報道機関の撤去現場取材は初日だけで二日目からは落ち着いた作業になった。医療系廃棄物は思ったほど多くなく、三日がかりで掘り出されたのは保冷車で一、二台分にすぎなかった。今日で作業を終えようという日、現場からお千代さんがあせった声で伊刈に連絡してきた。

「とんでもないものが出ちゃったわ」

 「なんですか」

 「とにかく来てよ」

 「それじゃ三十分待ってください」現場にかけつけるとお千代さんと持田が掘り出した廃棄物の前に立っていた。

 「これはなんですか?」より分けた廃棄物の中に黒っぽい破片が見えた。

 「調べてもらわなければわからないけど人骨だと思うわ。普通の人は見逃すでしょうけど私はわかるわ」

 「胎児のですか」

 「いいえ大人よ。胎児なら溶けてしまうわよ。ひょっとして誰かがこれを私に掘らせるつもりだったのかしらねえ」

 「なんのために?」

 「とにかくこれは不法投棄より大きい事件だわね。ばらばら死体みたいだわよ。自殺や行き倒れだったら死体が自力で袋には入らないものね」

 「所轄には届け出たのか」長嶋が警察官の口調で言った。

 「もちろんよ。もう来るころじゃないかしら」

 ほどなく警察が鑑識を伴って到着し大掛かりな捜索が始まった。第一発見者のお千代さんと持田は参考人としてパトカーで所轄に向かった。

 「二人はどうなるでしょうねえ」伊刈は長嶋に水を向けた。

 「ほんとに人骨だとすれば刑事課の担当すから自分らにはなんとも。時間のかかるヤマだと現場はこのままになりますね。たぶん所轄が人海戦術でゴミをひっくりかえすでしょう」

 お千代さんが発見した骨は人骨だと確認され、長嶋が言ったとおり大勢の捜査員が投入されて現場に残っていた医療系廃棄物は一つ残らず掘り出された。人骨発見のニュースはメディアにリークされ再び報道陣が現場に訪れた。シルバーコードが撤去した廃棄物もすべて証拠として保全された。しかし人骨はそれ以上発見されなかった。お千代さんと持田は一週間毎日県警本部の捜査一課に呼び出されて尋問を受けたが嫌疑は受けなかった。

 県庁の後輩の小糸が環境事務所に伊刈を尋ねてきた。

 「どうした、わざわざこんなとこまで」

 「天昇園土木の処分場を見せてもらおうと思いまして」

 「それじゃいよいよシルバーをやるのか」

 「ええ雑誌の記事が出た上に今度は人骨発見のニュースですからね。今までのように甘い処分じゃ済まされません」

 「いつやるんだ」

 「来週にも聴聞(許可取消などの不利益処分の前段として弁明の機会を与える行政手続法の手続き)を通知します。宮越さんには撤去が終わるまで処分は待って欲しいと言われていましたが事態の急変でもう待てなくなりました」

 「だろうな」

 「今から現場に案内してもらっていいですか」

 「いいけど行っても何もないよ。結論は動かないだろう」

 「かまわないです。現場を見もしないで処分をするのはちょっと仁義に反するかなと思いまして」

 「なるほど小糸さんらしいな」

 現場に案内した後ちょうどお昼時になったので伊刈は小糸を昼食に誘った。刺身定食にするつもりだったが、どこで調べてきたのか小糸は猿楽神社の鳥居脇にある蕎麦屋を希望した。更科粉を使った蕎麦は真っ白で、ちょっと目には稲庭うどんに見えた。食感もほとんどうどんだった。盛りのいい店で普通盛りが大盛くらいあり、大盛を頼むと皿にのりきれないほどてんこ盛りの蕎麦が出た。それが人気の理由なのか、周りに人家もろくにない田舎とは思えないくらいの盛況で続々と客が入ってきた。

 「伊刈さんが市に行ってからすっかりお株を奪われちゃいましたね。二十四時間パトロールも市に先を越されちゃったし」

 「それは本課の宮越がやってるんだよ」

 「県庁では伊刈さんを怖がってるんです。次は何をやるのかって戦々恐々ですよ」

 「何も怖がることないじゃない」

 「でもなんたって撤去の達人ですからね」

 「昔のことじゃないか」

 「伊刈さんがいれば犬咬は安心ですね。うちの課に来てほしかったですね」

 てんこ盛りの蕎麦で満腹したあと小糸を犬咬駅に送り届けて分かれた。

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