植木屋崩れ再び
天昇園土木の持田社長の自宅は植木屋が本業だったころのなごりで庭木がきれいに剪定された農家住宅だった。本所と組んだ箭内にしてもそうだったが植木屋が産廃屋に転業する例は犬咬では珍しくなかった。伐採樹木の処分で産廃業者と付き合いがあり、そんなに産廃が儲かるものなら自分でやってみようと思うのは自然のなりゆきだった。時流にあわせて商売替えをしていくのは悪いことではない。しかしそういつもいつも商売替えが当たるものではない。箭内や持田のようにおかしな道に迷い込んでしまう者も多かった。
持田社長は裏庭に積み上げた残土の整理をしているところだった。
「持田さんですね」伊刈が挨拶した。
「おうなんだい。ああそうか環境事務所が来るんだったな」持田は五十がらみのいかにも現場で叩き上げたというガタイのしっかりした男だった。根っからの産廃屋ではないからゴミを触るにしてもどこかに中途半端なところがあった。
「あれなんだい駐在さんじゃないすか」持田は長嶋の顔を知っている様子で馴れ馴れしく話しかけてきた。「今はなんすかゴミの担当やってるんすか」
「環境事務所だよ。おめえらが面倒ばっか起こすからだ」長嶋は渋い顔で言った。
「俺は地元に迷惑のかかることは一切やりませんよ」
「森井川でちょっと問題のある廃棄物が出たのでお伺いしました」伊刈が説明を続けた。
「ああそのことかい。森井区長の坪内さんから聞いたよ。注射針が出たんだってな。とんでもないよな。だけどそれと俺となんの関係があんだよ」
「医療系がごっそり出たのは持田さんの処分場ですよ。そこから川に流出した可能性が高いです」
「あ? どういうことだか説明しろよ」
「持田さんの処分場の崖が崩れて医療系が沢に溢れ出しているんです」
「ありえねえな。もしもそうだとしたって俺が買う前に不法投棄されたものだろうよ」
「権利を承継すれば前のオーナーがやった行為の責任も負うことになりますよ」
「俺がやってないのにか」
「不法投棄に直接関与していないなら刑事責任はないと思いますが、産廃の処分場だと承知で買われたんですから、そこに処分されていた産廃に問題があれば行政上や民事上の責任は生じますよ」
「難しい理屈はいいよ。俺に何をしろって言うんだ」
「持田さんが持ち込まれたんではないにせよ、誰かが持ち込んだことは間違いありません。心当たりはありませんか」
「さあねえ前のオーナーは大黒堂建設って会社だけど、聞いたって注射針なんか知らないって言うだろうな」
「一応そこの連絡先を教えてもらえますか」
「あんたらの方が詳しいだろう」
「一応です」
「最近連絡してねえからつながるかどうかわからんよ」持田は携帯のアドレス帳から大黒堂建設の連絡先を探した。「ところであんたらどっかもっとましな処分場知らないか。あそこじゃ許可が取れないだろう。俺はちゃんとした許可がほしいんだよ」
「その前に確認された医療系を撤去してもらわないといけませんね」
「おいおいちょっと待ってくれよ。それはおかしいだろう。俺がやってなくても不法投棄の責任取れって言うのか」
「現在の管理者の責任ですから」
「冗談じゃないよ。片せって言うんだったら逮捕状でも命令書でもなんでも出しなよ。俺は逃げも隠れもしねえ。俺には信念があるんだ」
「信念というと?」
「さっきも言ったようにちゃんとした処分場を作るんだよ。そうすりゃあんたらにも四の五の言われねえだろう」
「逮捕されたら処分場は作れませんよ」
「逮捕なんかされるわけねえだろう。俺がやったんじゃねえんだからよ」
「それはまだ断定できませんよ。現場で確認した医療系廃棄物なんですが実は日付が今年のなんです。前のオーナーが捨てたかもしれないと言われましたが持田さんが処分場を買われた以降のものだと思いますよ」
「なんでそれを早く言わねえんだよ、きったねえなあ。へえ新しいゴミねえ。まあどっちみち俺は医療系なんて知らないよ。内緒で誰かが不法投棄したんだろう。それしかありえねえな」
「鍵がかかっているのにですか」
「あんな南京錠なんか手先の器用なやつなら簡単に外せるだろう。俺がやったっていう証拠があるなら出してみなよ」
「処分場の鍵は持田さんお一人がお持ちなんですね」
「そうだよ。ああ倅にも念のために持たせてるがね」
「倅さんですか」
「なんだよ倅がやったてのか。それはねえだろう」
「前のオーナーとのトラブルはないですか」
「それがな実はあるんだよ。俺は確かに買ったんだが先方は売ってねえ貸しただけだって抜かしてんだよ」
「なるほど」
「もしかして大黒堂がはらいせにやりやがったのか。だったらただおかねえ」
「医療系とは関係なさそうな会社ですがありえなくはないですね」
「いや大いにありえる。嫌がらせだよ。わざと目立つとこに注射針なんか投げやがったんだ」
「大黒堂建設に行くのはちょっと待ってもらえますか」
「なんで」
「証拠隠滅されかねませんから。病院の調査をこれから始めるところなんです。そっちから医療系のルートが判明するかもしれません。調査結果が出たら連絡しますよ」
「そうかなるほど。それは理屈だわ」
「それまで新規の搬入は自粛してもらえますか。それから錠前は取り替えてください。誰かが合鍵を作ったかもしれないですから」
「あんたほんとに信用できんだろうな」持田は渋い顔で伊刈を睨みつけた。
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